第13話 吹き矢と罵倒
「これかい? 南方の国にこういうのを操る民族がいるそうでね。せっかくだから矢の先にハシリドリカブトの毒を塗ってみたんだ」
「いや、どちらかと言うとなんでそんな物持ってるんだというのと、命を狙われているのを知ってたのか?」
今まで生きてきて、これほどまでに自分の予想を覆し事態が二転三転する事など、ザハラにはなかった。
レギオス書籍店に現れた黒づくめの男。その外套を脱ぎ捨てると短剣を手に取った。衛兵の剣を抜いて、ザハラが最初に思ったことは剣の長さが逆に邪魔になるような店内の狭さである。
アークが命を狙われるというのは想定の範囲外であるが今考えることではない。であるならば、アークを守るという点においてこの襲撃者をなんとか撃退ないし拘束、場合によっては殺害する必要があった。
しかし、襲撃者が短剣を取り出しこちらへ向かってくるにつれて、この襲撃者は只者ではないというのがザハラには分かった。身のこなしからして、プロの暗殺者である。いくらザハラが内部捜査官だとしても、無傷で制圧できる相手にはどうしても思えなかった。しかも、現在は衛兵の装備しかないのである。アークを守り切るためにするべきことはアークを逃がすことかもしれない、だが逃げた先にこの襲撃者の仲間がいないとは断定できなかった。
腹をくくって戦うしかないとザハラが瞬時に理解する。この狭さでリーチを有利に生かすことのできる戦いは突きを主体とすることだ。一介の衛兵が訓練しているわけではない、刺突専用の剣技を想定し、体の右半面のみを敵に向けた。
一撃必殺。相手のリーチの外から急所を貫くしかない。だが、暗殺のプロにそれが通用するのだろうか。短剣を握る手首に狙いを定めて、まずは指を切り落としにかかったほうが確実に撃退できるかもしれない。ザハラは自分の手首を柔らかく、それでいて握力は最大限に込めるようにとイメージする。敵の攻撃がくる寸前、後の先を狙う。
が、襲撃者はその場に倒れこんだ。倒れる寸前に、襲撃者の腕に何かが刺さるのが見えたような気がする。後ろを振り返るとアークがどこから取り出したのか筒状の物をくわえていた。
痙攣して息ができそうにない襲撃者の気道を確保して、口には猿ぐつわの代わりに布を押し込み、手足をしばっておく。アークの手際の良さに、ザハラは苦笑するしかない。
「こいつの雇い主に思い当たりはないのか?」
「まあ、ネミング卿だろう。ネミング=タバレロ」
「だいぶ大物の名前が出て来たな。それで理由は?」
「研究のことで彼が知って欲しくないことまで僕が知ったのではと疑っているんだ」
「なるほど、その内容を聞いてもいいか?」
「命、狙われちゃうよ?」
ザハラは一瞬だけ迷う。内部捜査官であるザハラとしてはどうしても聞いておかないといけない内容である。だが、ザハラが演じている二等兵は何があっても聞こうとしないだろう。大物貴族の名前が出てきた時点で逃げ出そうとするのが普通だ。
つまり、ここから先に内部捜査官としての任務を優先するとなると、アークには自分がそうであるとばらさなければならなくなるのである。
(さて、どうするか……って迷うまでもない)
「実は、俺は王国内部極秘捜査官なんだ。申し訳ないが、アークが命を狙われているっていう理由の研究内容を教えてくれると非常に助か……驚かないのか?」
「うん、知ってた。僕はね、捜査官に知り合いがいてさ……優秀なのを一人護衛につけてくれって頼み込んだんだよ」
アークはその捜査官の名前を告げる。
「はぁ!? あのクソ女!」
いままでの葛藤は何だったのだろうか。ザハラはその捜査官に今度会ったらただでは済まさないと誓った。
***
「アリアっ! 走って!」
「え!? 何!? なんで短剣なんて持ってるの!?」
背中を押されたアリアは何がどうなっているかもわからずに駆けだした。後ろには短剣を構えたエミリーが、そしてさらに後ろからは黒ずくめの男たちが三人ほど追いかけてきている。
「くそアークめ! 聞いてたのと違うじゃないか! 何が、多分、大丈夫だ!」
「えぇ!? エミリーはお兄ちゃんと知り合いなの!?」
「こんな切羽詰まった状況になるんだったら、回りくどいことしてるんじゃなかった! アリア! とりあえず話はあと!」
そう言うとエミリーは持っていた短剣で先頭を走ってきた男を斬りつけた。男も短めの剣を持っているが、その軌道は紙一重で躱されている。
「あがっ!」
手首をざっくりと切られた男は剣を取り落とした。それを拾うやいなや、エミリーは後ろの男に投げつけた。さすがにそれは男の剣に阻まれてしまったが、その間にアリアは全力疾走で大通りを目指す。
「なんで!?」
「ネミング卿だ! 理由は分かってるだろ?」
「分かんないよっ!」
「くそアークめぇっ!」
エミリーはアークを毒づきながらも走る。大通りまで行っても襲撃者が諦めないかもしれない。人ごみに紛れてやり過ごすのも悪くないが、射程距離から遠く離れてしまうのが最も良かった。だが、馬があるわけでもなければこんな町中で速く移動する方法があるわけでもない。
「とりあえずさっ!」
アリアが後ろを見ながら叫んだ。
「あの二人が追ってこられないようにすればいいんでしょ!?」
「できる!?」
「やってみる!」
アリアは一年間、リナの助手として過ごしてきた。そのほとんどは研究であったりしたのだが、リナに付き添って竜虫の観察にもよく同行していったのである。
女性の二人旅というのは危険でもある。できる限り信頼できる護衛を雇うことにしていた。だが、それでも絡んでくる男というのがいなかったわけではない。最悪の場合、自分の身は自分で守らなければならない。アラバニア王国はそういう場所だった。
(これを使うことになるとはなぁ……)
「何よそれ!?」
「えぇと、吹き矢? こうやって、使うんだよ……プッ!」
アリアはもしもの時のためにアークから渡されていた吹き矢を吹いた。狙いを定めるには練習が必要だったが、最近は暇だったので下宿で練習していたのが功を奏したらしい。それでも走りながらになると、狙いを付けるのは難しく、胴体を狙った矢は大きく外れて前を走っている襲撃者の左腕に当たった。
うめき声をあげて倒れこむ襲撃者と、そのあまりの威力に愕然とするアリアとエミリー。
「なんてものを持ってるのよ!」
「だって、お兄ちゃんがこれ使えって!」
「ある意味くそアークだけど、でかしたわ!」
装填するアリアの手つきがかなり危ういが、それでも毒矢が吹き矢の筒に装填されるのを見て、唯一残った襲撃者がひるんだ。
その隙に二人は大通りに入りこんだ。人ごみの中で、エミリーはアリアの手をとって誘導する。吹き矢で狙われる可能性を考えた襲撃者の踏み込みが甘くなった隙に、エミリーは他の路地に入ってやり過ごすことにした。
平日とはいえ、大通りの人は多く、襲撃者が完全に二人を見失うまでにそこまでは時間がかからなかった。
「アリアの家に帰るのはよしたようが良さそうね」
「なんで? なんでこんな事に? あなたは何者?」
混乱しているのか、それとも情報を分析しているのか分からないが、アリアは矢継ぎ早にエミリーに質問を投げかける。
「今はゆっくり話すわけにはいかないでしょ。こっち来て、私の新聞社の建物の中に入りましょう。通りに立ってるよりはよっぽど安全よ」
そういうとエミリーは日刊アラバニアンの本社方向へとアリアを連れて行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます