第21話 駐留軍の反乱と暗躍
シトラリアで大反乱が起こった。すでに領主は領民たちに殺されてしまい、領主の館と城壁の至るところに革命軍がいた。
王都から派遣された駐留軍の中にも反乱に加担するものが多く、そのほとんどが「心の中の折れない芯」という言葉を叫んでいたという。
著者は不明である。もともと革命軍の幹部たちが声高に主張していた思想の一つであり、その本は最初はベストセラーとして、駐留軍が規制をかけてからが水面下でシトラリア中に広まった。
駐留軍が押収した本のほとんどが駐留軍内部の者たちに流れたというのは皮肉な結果だろう。その本を読んだ者たちは、大半が反乱軍に加担していると考えられる。
これに対して王都から派遣された駐留軍の動きというのは早かった。周辺各地に配備されていたそのほとんどをシトラリア包囲のために動かしたのである。
反乱を予期していた動き。これによってシトラリアはすぐさま鎮圧されるだろうと誰しもが思った。だが、「心の中の折れない芯」は王都にいる軍上層部予想を遥かに上回っているほど、強力な思想だったという。
「レギオス、レッグがヘンリー=ウェスタの所へ行ったらしい。我が駐留軍と争うなと言うんだろう」
「さすがは俺の義理の息子だ。だが、シトラリア駐留軍であらせられるクラッブ将軍はどうするんだ?」
「決まっている。そんな風に嫌味を言うな」
駐留軍将軍であるクラッブ=バイトレントはレギオス夫婦を拘留している兵舎の扉を開け放って言った。兵舎周辺にて駐留軍のほとんどが集められている。
「私の心にも折れない芯ができていたらいいな、と思う」
クラッブの左手には本が握られている。兵舎に集まった駐留軍の前へ立つと言った。
「シトラリア駐留軍は解散とする! これより私はクラッブ=バイオレント個人として革命軍へと加わろうと思う! 去りたいものは去るがよい! 今ならば王都から派遣される駐留軍がここを包囲せんと向かっているはずだ!」
一瞬だけざわついた駐留軍であったが、そのほとんどが残ることを希望していた。中にはクラッブ将軍がいるからこそシトラリアまで来た兵士も多い。
「本当に良いのか?」
「なに、友のためにひと肌脱ぐだけだ」
シトラリア駐留軍の総数は八千。そのほとんどが職業軍人である。加えて革命軍は十万とも十五万とも言われていた。中には女子供もいるであろうが、その数は脅威である。
王都はシトラリアの包囲に十万ほど必要だと予測していたという。しかし、シトラリア周辺へ配備したそれらの兵の何割かがすでに革命軍へと参加するために脱走していたという。
***
「レッグさん……」
「ハリー、とりあえずはこの群衆に声をかけてやれ。誰が「彼」だろうが関係ない。このまま暴力で主張を通して、本当にいいのかと」
「……はい!」
今まで、泣き崩れそうになっていたハリーは立ち上がると眼下の領民たちに向かって叫んだ。
「聞いてくれ!」
それはハリーの言葉でもある。ハリーは、自分が何を言いたいのかをはっきりと分かった気がした。
「シトラリアの民よ! 暴力は何も解決しない! 勇気をもって一度立ち止まろう!」
今まで、口々に指導者を求めて歓声を上げていた群衆が、少しずつ静まっていった。
「もはや「彼」が誰でも構わないじゃないか! 君たちの心の中には折れない芯が出来上がったはずだ! ならば問おう! これでいいのか!?」
心の中の折れない芯は、みずから考えるという事を大事にしていたはずだった。反乱を起こすような事を助長する事は書いてない。しかし、今のシトラリアに対する不満が、反乱へと結びついていた。
「俺たちは集まった! これだけ多くの人間が多くの問いと答えを持っている! もう一度考えて欲しい! これでいいのか!?」
ハリーの言葉は群衆に染みるように伝わった。群衆の多くは、それぞれ思い思いの一説を思い出しながらも、次の行動を自分たちで考えることを望んだ。それが本に書いてあることだったからだ。
「ハリー、とりあえずはご苦労さま」
「レッグさん。それでも俺はレッグさんに導いて欲しいと、まだ思っている」
「今、俺が出てきてもいい事にはならねえよ。それよりもこれからの事を考えるべきだろう」
ハリーはヘンリー=ウェスタとしてシトラリア革命軍でもっとも大きな派閥の代表であった。反乱の責任を問われるような立場なのである。それは処刑を意味していた。
「俺が処刑になって全てが丸く収まるのならば、喜んで死ぬよ」
「それじゃ何の意味もないだろうが」
言いながらもハリー自身がそう思っていないということにレッグは気づいていた。
「駐留軍と話し合いたい。まずはそれからだよな」
もう大丈夫そうだと、レッグは思った。
ハリーたちは群衆を落ち着かせるために、あえてこの広場に集めようと言っていた。既に落ち着き始めた群衆の中に入れてしまえば、頭が冷える者も多いだろうと言ったのはフレイ親方である。
「ハリー、俺はお前と一緒には行けない」
「レッグさん……分かってます」
悲しそうにハリーは言う。だがレッグには他にもやるべきことがあった。
城壁を降りて、レッグはそこで待っていた人物とともに歩き出した。
「さて、暴動が起こってしまった場合にはどうすればよいか」
アークが悪い顔をして言う。監視を始めて数日間、常に一緒にいるが、いまだにアークの事がよく分からないとザハラは思っていた。
「群衆はもう止められないだろう。だったら、止めない方針で物事は進める。頭のいいやつが事態を管理する側にいた場合、それをあえて利用しようとするはずだ」
「アーク兄、本当にこれでいいんだろうな」
「それはお前次第だよ、レッグ」
ハリーは群衆を鎮めることができた。だが、これは局地的なものだろう。シトラリア全土を包んだこの反乱を本気で止められるとは思っていない。
ザハラはこの時期に何故反乱を起こす必要があるのか、いまだに理解しかねていた。たしかにいつか起こってしまうものだったら自分たちの都合で起こしてしまった方がいい。
しかし、反乱が起きてしまえば群衆は管理できないものになってしまう。先ほどレッグが手伝ってヘンリー=ウェスタが沈めた群衆というのは、稀な存在なのである。
元にあるのが怒りである。ならば、その矛先が決まり、拳を振り下ろされない限りは静まることはなり。全てシトラリアの領主の悪政が原因であり、領主を除いて誰もがそれを分かっていた。
ザハラの任務はシトラリア領主の失脚である。あまりにも悪政が過ぎるシトラリア領主は王都からも睨まれていたが、なかなか尻尾をつかませてくれてはいなかった。税に関しても王都からはあまり強く言えないのが封建制度である。シトラリア周辺からの訴えも王都が強権を振るって是正させるというのはできなかった。
そのためにザハラが派遣されている。さらに言えば、シトラリア駐留軍クラッブ将軍にも同じ任務が与えられていた。
「ヘンリー=ウェスタの無事は確認したし、これで彼が駐留軍と戦って死ぬということもなくなったわけだ」
アークは呟いた。
「アーク兄、何を考えてるんだ?」
「僕が考えているのは大切な人の事だけだよ。ちなみにレッグもギリギリその中には含まれるから安心してくれ。それに、犠牲がなかったわけではないけれど、これがシトラリアのためなんじゃないかなと、僕は思っているよ」
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