第31話 潜入と決戦の予感と緊張感
「アークたちは捕えられている。まだ死んではいないな」
ザハラが言った。場所はアラバニア軍の陣営である。朝早くからアラバニア軍は動くと思われていたが、陣営にはそんな動きはなかった。悠々と陣営にもぐりこんだザハラとレッグは少し拍子抜けの気分を味わっている。
「なんでこんなに規律がゆるんでいるんだか」
せっかくいろいろと身分証を偽造したのに、ほとんど使わないじゃないかとザハラがぼやいた。
「ザハラ、大変なことにエミリーが一緒に捕まっているようだ。その他に三人、同じ場所に入れられている。ネミングのテントの近くだ」
ザハラにそう言ったのはアラバニア軍の兵士に化けている捜査官の一人だ。名前は聞いてはいけないとレッグは言われていた。
「エミリーと、アークとリナって奴と……あと一人は誰だ?」
だが、ここでザハラはアークの言葉を思い出した。エミリーはアークの妹、アリアを連れてくると言っていた。アリアはレッグの許嫁とも言っていた気がする。
「まさか……」
「もしそのもう一人がアリアだった場合、俺はネミングって貴族を許さないからな」
「十中八九、そのアリアさんみたいだけどな」
レッグがしずかに怒るのをザハラは初めて見た。
「どちらにせよ、どこかで救いだす必要があるな。シトラリアの占領開始までに処刑されるとかそういう事は聞いているか?」
「ネミングの行動は基本的には極秘だ。いままでリナ=タバレロが兵士との仲介をやっていたが、今は他の人間がやっていてよく分からない。それに竜虫の近くには誰も近寄ろうとしないんだ」
レッグとザハラがいるところからも巨大な竜虫はみることができた。今は眠っているのだろうか、動きはほとんどないようである。竜虫はネミングのテントの近くの地面に座る形で、ネミングが出てくるのを待っていた。
「ザハラさん、俺はあれをどうにかしようと思う」
「気を付けろよ。こっちはエミリーを拘束したネミングを反逆罪の疑いということで一時的に動きを制することくらいしかできない」
貴族であるネミングを拘束するには、もっと正統な証拠が必要になるという。最終的にザハラに与えられている権限は、ネミングの指揮下に入った駐留軍の指揮官たちへの要望に過ぎないのだとか。
王国内部捜査官は王からある程度の権限を与えられているが故に、その強権を発動させるには条件が厳しいのだという。今の状況から言うと、もしエミリーが処刑という事になった場合に中止させるのが精いっぱいなのだとか。逮捕するには、完全な反乱の証拠が必要であり、その逮捕を行えるのは駐留軍の指揮官たちである。
「もともとクラッブ将軍がこの軍を率いる予定だったから、指揮官の数が足りていない。ネミングはその辺りも考えていたんだろうな」
「やはり、反乱をわざと起こさせたか」
「多分、そうだろう。だが、証拠がない」
捜査官同士の話し合いを聞いていてもらちが明かなかった。レッグは竜虫の近くにいくにはどうすればいいかだけを聞いた。
そしてテントの近くを通る時だけ、捜査官が一緒に来てくれた。
「ここからは誰もいないはずだ」
「ありがとう。ザハラさんも言っていたとおりにしてくれないか」
「分かった。すでにシトラリアの方は手配してあるから安心しろ」
ネミングが虐殺を行うというのであれば、虐殺を阻止するまでである。アークはシトラリアの住民の中にわざと抵抗する者を潜り込ませておいて、それを大義名分として鎮圧の際に住民を殺すつもりだろうと言った。
ネミングという貴族のことは知らないが、もしそうだとすると大変な事であり到底許せるものではない。
レッグの考えた対抗策として、抵抗するものはシトラリアの革命軍が拘束、場合によっては処刑するというのを前もって通達するというものである。そしてそれをハリーによって全シトラリアの領民たちに言ってもらうのだ。そこまでしてアラバニア軍にたいして抵抗を見せる者はネミングの手の者であるし、もしそうでなくてもシトラリアにとって害になる考えをもった人物である。
さらにはザハラにも頼んでアラバニア軍の中にもそれを浸透させるというものだった。内部捜査官という身分を使ってできる範囲で指揮官たちを中心にそれを周知させれば、シトラリアが王国に対して反乱を起こそうとしているのではなかったということを形だけでも知らしめることができるのである。虫のいい話ではあるが、あくまでシトラリアは領主に対してのみ不満があったという所にレッグは持っていきたかった。
そして、ネミングの竜虫という一番の大きな問題は、レッグがどうにかするしかないと思っていたのである。レッグには竜虫の体液がある。ネミングもこれを持っているだろうが、先に竜虫に乗ってしまえば、竜虫を遠くにやることができれば……あとはアークが偽造した反乱の証拠をもってザハラたちがネミングをどうにかしてくれるだろう。
全てはレッグが竜虫を操ることができるかどうかにかかっていた。
「俺はレッグの傍にいるぜ。アークとも約束したしな」
「ザハラさん……」
決意をかためたレッグは竜虫の体液を取り出して、両方の腕に塗った。その色は濃い赤の色をしていた。
***
「むー、むー、むー!!」
縛られたアリアたちは身動きできないはずだった。見張りは一人だけである。場所がネミングのテントに近かったこともあり、つまりは竜虫に近いために他の兵士は近寄ろうともしなかった。
「いや、参ったね」
「むー、むー、むー!」
アリアが必死になって騒ごうとしているが、アークは落ち着いたものだった。
「むんめもんなももみみみもむむ!!」
何を言っているか分からないと思うが、アリアが言おうとしたのは「何でお兄ちゃんは喋ってるの!?」である。拘束されてても瞬時に縄抜けをして猿ぐつわを緩めてしまっているあたり、いつの間にそんな特技を覚えていたんだろうかと、エミリーですら呆れていた。
「むーむむー!」
私もとって! とアリアは主張するのであるが、アークはアリアには演技はできないだろうと、それはしなかったようである。逆に、リナの拘束はすでに解かれ、緩い猿ぐつわのみがつけられていた。
「エミリー、捜査官の権限でどうにかならない?」
拘束された際に捜査官であるということを言わなかったのは、何か理由があるのではとアークは思っていた。
「うん、権限よりもね、協力者がこの中にも数人いるしね……ねえ?」
エミリーも縄抜けをしていたのである。そしてその問いに答えたのは意外な人物だった。
「ちょっと、エミリーさん! もうちょっと静かにしててくださいよ!」
牢代わりのテントを見張っている見張りが返事をしたのである。これにはアリアもリナもこれには驚きを隠すことはできなかった。
「むー、むー……」
すでに騒ぐ元気もなくなったアリアであったが、それでも猿ぐつわくらいはどうにかして欲しいと身振り手振りでアピールする。
「仕方ないなぁ」
ついにアークが折れて縄による拘束と猿ぐつわを外した。唯一の見張りが協力者だったならば特に問題はないだろう。
「ぷはっ! まず、なんで皆ここにいるの!?」
「いや待てアリア。それはどっちかというとこっちのセリフだからさ」
アークがそう言うと、エミリーがさっと目を伏せた。
なんでこんなに緊張感がないのだろう、誰かが言ったが答える者はいなかった。
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