第17話 検問と出前

「検問?」

「そう、ネミングのねちっこい性格が現れてるわぁ。失敗した時のためにあらかじめシトラリア方面を塞いでたみたい」


 捜査官らしく、どんな方法なのかは分からなかったが、エミリーは検問の情報を掴んできてアリアに言った。


「このまま直進してたら捕まっちゃうわね」


 王都とシトラリアをつなぐ道はほぼ直線である。途中に宿場町になる場所が数か所あり、ほとんど野営などしなくても旅をすることができた。その内の何か所かに検問が敷かれているらしい。情報がなければあっという間に捕まってしまっていただろう。ついでに王都から追手が迫っているらしい。半日もすれば捕まる可能性があった。


「鳩かなにかで情報のやり取りをしたようね。それか早馬か」


 早馬であれば追い抜かれていてもおかしくはないが、道中にそんなに急いでいる人はいなかったはずである。ネミングという大貴族の情報網は意外にも広く正確なようだ。


「それで、どうするの?」

「うーん、とりあえずこのまま進むのはなしね。次の宿場町には検問が敷かれているのは確実だし。だからと言ってここにとどまるのも危険だわ」


 エミリーは他の情報が書かれている小さい紙を読み込んでいる。鳩が持ってきたのだろうか。しかし、鳩での情報伝達は帰巣本能を用いているはずで、馬車で移動中のエミリーに紙を届けることができるほどの優秀な情報伝達の手段があるとは驚いた。もちろんエミリーはその手段を教えてくれるわけがなかった。

 実際は鳩から情報を得た協力者がすれ違いざまにエミリーたちの馬車に投げ込んだのである。内部捜査官は王国全土に情報網を持っていた。


「北へ向かうか……いやそれだと山の中を進まないと……」


 エミリーはそう言うと馬車を北に向けようとした。北へ行ったとしても街道はシトラリアへは続いていない。どこかで検問のある宿場町を通る必要があった。


「馬車は乗り捨てる必要がありそうね」


 しかし、馬で行くとしても二人乗りで荷物も必要だった。

 だが、幌馬車の荷台で、エミリーにもたらされた情報を読んでいたアリアが言った。


「馬車、捨てなくてもいいんじゃないかな……」



 レギオスと妻が拘束されており、アークがそれを助けようと奔走している。

 アリアはエミリーにそれを聞いていた。さらにはシトラリアからもたらされた情報の中に、革命軍という領主に反発する集団がいることもである。アリアの両親はその革命軍の手助けをした容疑から身柄を拘束されているが、駐屯軍の将軍はレギオスたちが革命軍であるという事を認めていないということだった。


「早く、できるだけ早くシトラリアへ帰らなきゃ」

「でもアークはあなたがいない方が身動きがしやすいから一人で帰ったのよ」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんで動けばいいよ。私は私でやるべきことをするんだから」

「……そういうところは兄妹なのね」


 アークの優秀さも含めて惚れてしまっているエミリーからすると、アリアはアークと似たところがあると思ってしまう。当の本人たちは兄妹なのに顔以外は全く似ていないと思っていた。


「それにシトラリアは私の故郷よ。たしかに一年前からへんな感じだったけど、ここに書いてあるほど危なっかしい町ではなかったはず」


 領主と、領民が一触即発なのである。領主の私兵だけでは町の治安が維持できなくなるなど、前代未聞のことだった。何かあれば、暴動が起きて、それは反乱につながる。反乱が起きたら成功しようが失敗しようが多くの人間が死ぬのが決まっている。その中には確実にアリアの知り合いが入っているのだ。


「アリア、貴方を信頼していないわけではないけど、どうやって検問を越えるっていうの? 馬車も馬もないのに」

「ごめん、エミリー。それを言うわけにはいかないんだ。でも大丈夫絶対に間に合わせる。三日後にシトラリアから一つ前の宿場町で待ち合わせしよう」


 アリアはエミリーに買ってもらった背嚢の中に簡単な旅装を詰め込んだ。一人くらいならば野営が可能である。護身用の吹き矢と毒もすぐに取り出せるようにしていた。さすがに王都にちかいこの辺りに山賊の集団なんかはいない。数人であれば吹き矢で撃退は可能だろうとアリアは思っている。


「本当に信用していいんだね?」


 エミリーは何度も聞く。エミリーだけであれば検問で止められる心配はない。三日かけて待ち合わせの宿場町へと入ってしまえば、シトラリアまではすぐだった。シトラリア領へと入ってしまえばネミングの力では検問を張ることはできない。


「大丈夫だって。信じて」


 アリアの顔をみて、ああまたこの顔に騙されるんだとエミリーは思う。だが、このエミリーが愛しく思っている顔はエミリーにはなびいてくれないくせに、期待は裏切らない。多分、妹も同じなのだろう。


「それじゃ、行くよ」


 アリアだけ、馬車を降りて北へと歩き出した。エミリーはその後ろ姿に不安を感じていたが、他に方法が思いつかなかったのも事実である。街道以外の道を行く装備を今から整えるのにも時間がかかったし、エミリーはともかくもアリアがそんな悪路を何日も旅ができるとは思えなかった。


 もし、アリアに何かあったらどうしようか。アリアと別れてからもエミリーは思ってしまう。なんて事をしてしまったのだろう。だが、そんな事を考えている間にアリアは見えなくなってしまっていた。

 直線距離を馬車で行くエミリーと同時期に宿場町で待ち合わせるなど、どうすると言うのだろうか。


 アリアの手にはある情報が書かれた紙が握られていた。それはエミリーにとっては旅の途中の天気予報程度の情報が書かれてあるものにすぎなかったが、アリアにとってはこの状況を打破できる唯一のものであった。




 ***




「おじさんおばさん、持ってきましたよ」

「ああ、ありがとうレッグ。いつもすまないね」

「いえ、大丈夫です。出前を続けてることで駐屯軍の人達もうちの店に顔を出してくれるようになりましたから、店としては助かっています」

「そうか、気を付けてくれ」


 ここは駐屯郡の兵舎の一室である。レギオス夫婦がここに拘束されてからというもの、将軍はできるだけレギオスたちの要望には応えるようにと、監視の兵に通達していた。レギオス夫婦は月に何冊かの本を所望したというのと、頻繁にレッグの食堂の食事を要求するくらいで穏やかに過ごしているようだった。

 息子と娘が王都で研究職についている。どちらも多大な貢献をしているようで、軍上層部からもレギオス夫婦に対する待遇に関して何も言われていないようだった。将軍の報告もおそらくは巻き込まれただけと判断すると書かれている。


「あの、アリアにはまだ黙っておくんでしょうか」


 レギオス夫婦が拘束されてからすでに三か月が経っている。レッグは、この事をアリアには伝えるなと言われていた。


「そろそろアークが勝手に調べて舞い戻ってくるだろう。アリアはできれば巻き込みたくない」


 毎月アリアに手紙をだしていたはずのレッグは、今月はまだ何も書いていない。いつも王都の研究内容に関しての事が書かれた手紙をアリアは返してきていたが、もしかしたら不審に思っているかもしれなかった。


「アリアを巻き込みたくないってのは俺も賛成ですけどね」

「ああ、私たちに何かあればアリアをよろしく頼んだよ」

「…………」


 レッグは前日に出前した綺麗に現れた食器を包むと、兵舎を出た。出る時に監視の兵士に挨拶をする。その兵士はレッグの食堂にも来たことがあり、レッグにたいしてにこやかに挨拶をした。また行くよという言葉に振り返って頭を下げる。レッグはとぼとぼと歩き出した。



「やあ、レッグ」


 食堂までの帰り道で、ふいに後ろから声をかけられるまで、レッグは考え事をしていた。いつの間にかもうちょっとで食堂が見えるところまで来ている。


「父さんと母さんは元気だった?」

「アーク兄……」



 そこにいたのはアークとザハラだった。久しぶりにあったアークは別人のように鋭い雰囲気を漂わせていた。

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