第23話 暴動と最期

 領主の館はすでに革命軍によって落とされた。駐留軍はクラッブ将軍みずからが革命軍への参加を表明してしまった。それに付き従う兵も多く、シトラリアの城壁を越えて、包囲を始めたアラバニア軍に加わったのは千にも満たなかった。


「ザハラはどうするんだ?」

「一応、内部捜査官だから立場はアラバニア王国軍だぞ」

「で、引き続き潜入捜査任務を続けるってことだね?」

「まあ、それでいいんじゃないか」


 現状から言って、ザハラにできる事は少ない。本来の任務であるシトラリア領主の失脚は、その死をもって遂行されているが反乱が起きたという事は任務失敗ともとれる。だからと言って反乱鎮圧がザハラの任務になるわけでもない。新たな任務を言い渡されるのを待つ間に革命軍へ潜入しておくのも悪くなかった。ただし、アークとレッグにはばれてしまっている。


「父さんと母さんはクラッブ将軍に任せよう」


 アークの中で問題はシトラリアを包囲するアラバニア軍だった。本来であればクラッブ将軍がシトラリアを抜け出してこの包囲軍の指揮をとる手筈なのである。むしろシトラリア城内まで制圧した状態で周囲の軍が続々と侵入してくるというのが軍上層部が描いた作戦だったに違いない。だが、それは崩壊した。


 シトラリアは巨大な砦と言ってよい。城があるわけではないが、町を大きく囲んだ城壁はちょっとやそっとの攻城兵器では攻略は不可能である。ましてや、内部からの呼応がない状態で、さらには駐留軍のほとんどをそのまま指揮下においたクラッブ将軍と戦うためにはアラバニア軍は十数万の大軍が必要となるだろう。


「すぐに攻撃が始まるってことはなさそうだけど……」

 時間の余裕があるのは良いことである。群衆の熱も落ち着くかもしれない。


「アーク兄、本当にできることがあるのか?」

「レッグがあの本を書いた「彼」だと言い張って出ていったとしても、あの群衆を押さえることはできないと思うよ。あの広場にいた連中は冷静な人たちばかりだったから、あの広場にいたのであって、制御不能な連中は今頃領主の館で大変な事をしでかしているさ」


 実際に領主はすでに殺されたという報せがシトラリア中に広まっていた。


「オーガスタとその仲間たちがやったみたいなんだ……」

 レッグはかつての友が暴動の指揮をとっているという事実が悲しかった。そのまま領主館を占拠した革命軍は徐々に人数を増やしているという。


「領主館を制圧した革命軍と、クラッブ将軍の駐留軍が戦うという事はなくなった。ならば、シトラリアを包囲し始めたアラバニア軍はどうするのだろうか」

 まだ数万も集まってきていないアラバニア軍がこの状況で革命軍に攻撃をしかけるとは思えなかった。包囲を完璧なものにしつつ、出てきた革命軍を叩くつもりだろう。だが、クラッブ将軍率いる駐留軍が今のうちにアラバニア軍へ攻撃を仕掛けた方がよいと判断することも十分にありえた。そうなればもう、なにもかもが手遅れになる。



「アーク兄、戦いを始めさせちゃだめだ」

「分かっている。その間に過激派をどうにかしなくてはならない。それにクラッブ将軍のほうもだ……一番厄介なのは父さんかもしれないけどね」


 レッグは領主館へと足を速めた。なんとかしてオーガスタを止めなければ、数万規模での死者が出る戦いになってしまう。だが止めたとして、そのあとはどうするのだろうか。レッグは答えのない問いを答えさせられている感覚に陥っていた。だが、何もしないなどできるわけがない。


  そのうち、領主館が見えた。



 ***



 領主館になだれ込んだ群衆は、それこそ狂気というのがふさわしかった。

 オーガスタ自身も体中の血液が沸騰したかのように体が動いた。目の前にはずっと待ち望んでいた光景が広がっている。だが、少々残酷すぎるかもしれない。いくら領主の関係者とはいえ女子供まで殺していいものではないだろう。

 仲間の数人に指示を出して、女子供には手を出すなと伝えた。だが、この群衆がそれを守るのだろうか。その伝令が伝わるか伝わらないという時にすでに領主館は全て占拠されてしまっていた。


「オーガスタさん、領主を見つけました!」

「よし、分かった」

 今やるべきことは一つだった。


 これで、領主の悪政から解き放たれる。自分たちで考える自分たちの未来への第一歩だった。


 おそらくはアラバニア王国から反乱鎮圧のための部隊が派遣される。しかし、オーガスタはすでにクラッブ将軍が革命軍へと協力をしてくれるという事を知っていた。ヘンリー=ウェスタの腰抜けとは違い、現実に軍を動かすことまで考えてクラッブ将軍はオーガスタからの接触を拒もうとはしなかったのである。


「殺せ!」

「殺せ!」

「殺せ!」


 未来への第一歩のはずだった。だが、そこにあったのは狂気だけである。

 オーガスタは愕然とした。集まった群衆が、領主へ憎悪のみを向けているのである。


 これはレッグが語った未来ではない。


 自分が唯一認めた男、レッグは頑なに革命軍へは加わろうとしなかった。レッグの言ったことをまとめたハリーも反乱だけは起こしてはならないとずっと訴えていた。


「いつか、同じ道を歩くことができる」


 レッグはそう言った。考え方はそれぞれ違って、それでもみんなが求めるものが同じならば、気づいたら同じ道を歩いていると。オーガスタはレッグともハリーとも同じ道を歩くことを夢見ていた。今は違ったかもしれない、だが、同じ目標に向かって歩くんだと思っていた。


 何かを間違った。この狂気は求めたものじゃない。

 逃げ出したくなった。だが、オーガスタは逃げられなかった。ここに集まった全ての群衆が、求めているものが分かってしまったからだ。



 オーガスタはちいさくうなずいた。それで、領主の首には剣が振り下ろされたのである。



 転がった領主の首を高々と上げて、群衆は領主館の外へと向かった。オーガスタもその流れには逆らえずに、共に領主館から出ることになってしまった。


 集まった群衆から大歓声が巻き起こる。掲げられた領主の首が動く度にあちこちから声が上がった。


「オーガスタさん! やりましたね!」

 笑顔で語りかけてくる仲間の顔には、領主の関係者のものであろう返り血がついていた。


「俺は……俺には……」


 オーガスタの心の中には折れない芯がなかった。レッグやハリーがいかに強い心を持ち、それ故に反乱という手段を用いずにシトラリアを救いたかったのかが分かった。だが、もう遅い。



 多くの者たちがシトラリア中へと領主の死を伝えに走っていった。



 歓声がいつまでも止むことはなかった。領主館の入り口の階段からの光景をオーガスタは放心しながら見下ろす事しかできなかった。

 どれだけ時間が経ったのだろうか。何時間もそこにいたような気もするし、数分だけだったかもしれない。


 影が差した。先ほどまでは晴れていたのに。



 オーガスタが死の間際に見たのは、巨大な竜虫だった。

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