第4話 生き方と二日酔いと夢
「それでね、レッグってばなんか人生相談とか受けてんの」
アークはアリアの両親の店で写本された資料を読み込んでいた。それはアリアとレッグが回収してきた木箱の中にあったものである。
となりにはアリアが座っていた。今日はほとんど客が来ておらず、そのためにアリアはすることがほとんどない。すでに店の仕事のほとんどを覚えてしまったアリアはとくに練習するものもなければ、こういう時は本を読むことがほとんどだった。
しかし、本日はアークがいた。そのために昨日レッグの仲間たちと飲んだ時の話を延々としている。
「ふーん、レッグも見ないうちに立派になったもんだね」
「あとでレッグの店にご飯食べに行こうよ」
両親はちょうど昼休憩を取っている。アリアは店番をしつつも、その両親がいつ帰ってくるのかと楽しみにしていた。
アークをレッグのところに連れていきたいのである。
「うん、なんか妬けるなぁ。いくら知った顔とはいえ我が妹にふさわしいかどうかを見極めねばならぬ」
笑いながらアークが言う。資料はほとんど目を通した。内容は特に目立ったものはなかったが、数百年前のレシピであったり、実用的なものが書かれているのがほとんどだった。
言い回しが昔風で、読んでいると面白い。しかし、新しい知識はないようだった。
「日記とかがあれば一番よかったのに」
正式に残した記録というのは世界各地に見受けられる。しかし、それは為政者にとって都合の良いように書き換えられている可能性も高く、そして平民の事についてはほとんど書かれていなかった。世界のほとんどは平民で構成されているというのにだ。
そのために研究者は昔の事を大まかにでしか知ることができないことが多い。細かい記述なんかに関しては検閲を受けていない当時の平民の日記が一番史料価値として高いのである。
しばらくすると両親が帰ってきた。そのためにアリアとアークは店を出る。レッグの食堂までは歩いて数分だった。
「昔、あの食堂でレアミ鳥のから揚げ定食を食ったことあったんだけど、あれ美味かったなぁ」
「それ、まだあるよ。ちょうどこの前レッグが作ってた」
アークは学生時代に食べたことのある看板メニューのことを話す。レッグの食堂ではそれが最も出ている定食だった。値段の割にボリュームがあり、尚且つ絶品だと評価は高い。昨日の飲み会でも大量に盛られていた料理である。それも、アリアが帰る頃には綺麗に消えていた。
「若い頃みたいに沢山食べられるわけじゃないけど、今日はお腹すいてるし、いけるかも」
アリアを待っていたために昼時は少し過ぎている。普段昼食を食べるよりも一時間以上遅めであって、アークは空腹を感じていた。それは非常に良いスパイスになるだろうとも思っている。
久々に懐かしい味に期待を込めて、アークは食堂の門をくぐった。
「こんにちわ、おじさん」
「おや、アリアちゃん。レッグの奴なら今日は二日酔いで使いものになんねえよ」
豪快に笑うレッグの父親に適当に返事をして、いつものように厨房の近くのテーブルに着く。ついでに兄であるアークを紹介して、今日はレアミ鳥のから揚げ定食が食べたいとレッグに注文するつもりだった。
「おう……アリア……」
厨房の片隅で死んだようになっているのがレッグである。
「ど、どうしたの?」
「飲み過ぎた……」
完全に二日酔いである。それでも昼間の戦場のような食堂を乗り切ったようで、健闘した跡がところどころに残っていた。これからその掃除と思うと少しだけ気の毒であるが、飲みすぎは自業自得ではある。
「はぁ、これじゃ可愛い妹を任せるわけにはいかないね」
普段とは違う声がして、レッグはふと顔を上げる。そこにはアリアの兄であるアークが座っていた。
「よぉ、久しぶり」
二人ともに顔見知りではある。すこしだけ年齢の離れた兄妹ではあるが、そんな妹とずっと一緒にいる幼馴染を含めて子守をしていた時期すらあった。そのためにレッグはアークには頭が上がらない。
「ア、アーク兄」
「久々にその呼ばれ方したな。レアミ鳥のから揚げ定食、二つ」
「うっす」
二日酔いだろうが、アークはレッグの飯を食べに来たのである。それはアリアが希望したことでもあり、レッグに拒否権はなかった。
先ほどまでは激務であり、ようやく休憩がもらえたばかりのレッグに襲い掛かる試練である。
それもこれも昨日の仲間内での飲み会が原因だったのだから仕方ない。つい、盛り上がってしまった。アリアを家に送ったあとも飲み続けたのである。ちなみに一時間ほどしか眠っていない。
「若いねぇ。と言っても僕はそんな風に飲んだことはないんだけどさ」
レッグの作ったレアミ鳥のから揚げ定食を頬張りながらアークは言った。普段はアリアと一緒に食事をとるレッグであるが、今日は飲みものだけである。食欲が全くない。
一方でアリアとアークはレアミ鳥のから揚げを平らげると、浮島の話を始めた。レッグが探索したという小屋の残骸の話などをアークは聞きたがったが、レッグの状態はいまいちである。
結局、店に帰らなければならない時間が来て食事は終了となった。
「うん、美味かった」
将来、もしかしたらアークが店を継いで、アリアはこの食堂にいるのかもしれない。いや、その可能性は高いんだろうな、とアークは思う。
レッグの両親もアリアの事をそういった目で見ているのだろうとアークは思った。その中に幸せがあればいいとも思う。
たまたま二日酔いだった場面に遭遇したが、それでもレッグは食堂の仕事をこなしてはいた。ギリギリ及第点だとアークは甘めに点をつける。もちろん追試が必要なのが明白であるのだが。
「あれ? ハリー」
「ああ、アリアさんのお店だったんですね」
店に帰るとそこにはハリーが客として来ていた。レッグ同様に若干二日酔い気味ではあるが、本日は休みなのだという。そんな状態でもどうしても買いたいものがあったとか。
「写本の道具をですね、安くていいので」
建築業の見習いともなれば、学ぶものは多いのだという。だが、そんな本は職場にあるらしい。
「レッグさんがね、貸してくれたんですよ」
ハリーの手にはかなり読み込まれたのではないかという本があった。一番安い紙で写本されたのだろうか。よく見ると店で売っている物の中で最も安価なものと似ていた。
「レッグさんも写本したって言ってたし、今、仲間内で流行ってるんです」
本の内容までは聞かなかったが、ハリーは嬉しそうに写本の紙を買っていった。今日は休みだから写本に時間を費やすのだという。完成までには数週間はかかりそうである。
昨日、遅くまで残っていた仲間の中にハリーがいた。レッグとなにやら熱く語っていたのは覚えている。飲み会はすぐに出来上がってしまう連中が多かったために途中で帰ったアリアはその後話した内容までは分からない。だが、多くの仲間がレッグを慕っていたというのだけは分かった。
いつの間に交友関係を広げたのだろうと思う。
紙の束と表紙を抱えて帰っていくハリーを見ながらアリアは思う。アークは浮島の研究員として誇らしいほどの成果を上げ始めている。レッグも食堂で仕事をしながら色々な人に慕われるほどの生き方を始めていた。ではアリアはどうなのかとも思う。
正直、アークの事もレッグの事も非常に嬉しい。だけど、それとは別に悔しいという感情もかすかではあったがある。
では、自分は? アリアは自分自身に問う。
「夢ってなんだろうね」
自然と口から出た言葉にアリア自身がびっくりした。
このまま両親の店を継ぎ、おそらくだが将来はレッグと一緒になり、レッグの食堂の手伝いをするのかと思っていた。それに必要な知識は十分にあって、あとは行動を起こすだけの自分に満足していたのである。
店の手伝いならば及第点だろう。両親の跡を継ぐのはアークだろう。だったらそれ以上のことはいらないと、無自覚に思ってしまっていた。
「だめだ、だめだ」
頭を振ってそんな考えを吹き飛ばす。アリアは自分に合った夢とか目標を決めようと思った。
「急にどうしたんだよ」
そんな妹を見てアークがつぶやく。その手にはすでに資料があり、これから夕方まで読みふけるつもりだった。それを見てアリアはやはりと確信する。
「私も負けていられない。とにかく、夢を見つけるんだからね」
「夢? レッグのお嫁さんじゃないの?」
ニヤニヤと笑うアークに対して、アリアは大真面目で返した。
「それとは別によ!」
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