(二)
「――派手にやったなあ」
乱闘から死守した自分たちの食事を、何事もなかったかのように口へ運びながら、芝蘭は参ったなあ、という口調で言う。
「お前のせいだろうが、お前の」
「なんだかんだ、俺より暴れてたのはお前だろ」
既に十数人の武官達は皆血を流し、地に伏している。
「そろそろ行くぞ。――騒がせて悪かったな。迷惑料だ」
冷伯が金の入った袋を投げて渡すと、涙目だった店主や店の者達は、驚きの声を上げ、恐縮しきった様子で頭を下げた。二人は足早にその場を後にした。
背後から、騒ぎを聞きつけて他の武官達が集まってくる気配を感じたが、振り返らないようにする。
暫く歩き、そろそろ大丈夫かと速度を緩めた時だ。
殺気を感じて、踏み出しかけた足を引いた。と、ザクッという音と共に飛鏢が足下に突き刺さる。
「お前か、」
芝蘭が苦笑混じりに言った。
二人がひた走っていた裏通りの物陰から、幽蘭が姿を現した。
この二月、幽蘭は二人の行くところ、否、芝蘭の行くところ、どこにでも現れた。そして、あらゆる方法で、芝蘭を殺しにかかった。或いは夜陰に乗じて、或いは毒で、或いは罠で。
回を重ねる毎に、その手口は巧妙になった。
が、今日はどうやら、真っ向から挑む気らしい。剣を手に、芝蘭に迫る。前に出て剣を抜こうとした冷伯を、芝蘭が抑え、刀を抜く。真っ向勝負では、既に芝蘭に敵わないことは十分、分かっているはずだ。相変わらず凄まじい剣捌きで芝蘭に斬りかかる。その眼光にどこか、鬼気迫るものを感じ、芝蘭は痛ましげに眉を寄せた。
「もうやめるんだ、幽蘭」
言うが、その手は止まるどころか、ますます激しく切りつけてくる。小さな手が震え、擦れて剥けた皮から血が滲んで、柄が滑る。
「……幽蘭」
気遣うようなその声を強いて振り払うように、剣を揮う。
勢いは恐ろしくも、半ば滅茶苦茶に突き出された切っ先を半身で躱し、剣指で挟み止める。幽蘭は振り解こうと剣を動かすが、全く動かない。
「っ……私はっ、幽蘭じゃないっ」
投げ出した剣と同様、投げつける様な声で言い放つと、身を翻す。追おうとした冷伯を制し、芝蘭は幽蘭の去った方へと視線を向けた。傾き始めた陽の光が、濃い陰翳を形作っている。
「そろそろ行こう」
「――ああ」
幽蘭が残していった剣を拾い上げた芝蘭は、冷伯に促され、通りへと出た。
主要道まで出てきた二人は、街の様子を探りながら、あちこちに潜み、伺う気配を感じていた。
そこかしこで役人の横暴が目につく。
「――官軍は最早、龍旗を掲げたただの賊と変わらんと思っていたが、想像以上だな。しかも下手に権力があるから始末が悪い。賊なら抵抗したところで罰する法はないが、役人相手となれば、そうはいかない」
言う芝蘭の目の前を、男が飛び出してきた。否、蹴り飛ばされて、目の前まで転がってきたのだ。
「――貴様の店は、客に薄めた酒を出すのか? あぁ?」
傲然とした様子で言い放つのは、武官姿の大男だった。
「そ、そそそんな、滅相もございません」
芝蘭は眉を寄せる。口を開きかけた芝蘭を、冷伯が止めた。男は、膝を折って頭を下げ、ただ「申し訳ございません」と言うばかりだ。武官はそれを、完全に見下しきった目で見ると、その脇腹を蹴り飛ばし、「行くぞ」と部下に命じ、去って行った。
「大丈夫ですか?」
芝蘭が、未だ伏せたままの男に声をかける。
冷伯は眉を寄せ、舌打ちをして悪態をついた。
「ええ、……ここでは、いつものことですから」
「……」
遣る瀬無い表情で立ち上がった芝蘭の横を、馬車が通る。
「――!!」
ちらりと隙間から見えた、顔。
まさか。だが、見間違える筈がない。
「? 芝蘭、どうした?」
顔色の変わった芝蘭に、冷伯が問う。
「――脩軌が、今の馬車に」
「自ら動いた、と? あの男が?」
芝蘭の言う馬車は、今しも闇の中に融けて消えて仕舞おうかという所だった。
「――追おう」
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