破山壁譜第六

(一)

 戦から一月がたった。

 

 別人のように憔悴した様子で一人帰還した冷伯に、兄弟達は誰も、声をかけられなかった。

 自分の部屋に籠もりきりの冷伯に代わり、婀禮が碧山の協力を仰ぎ、悪戦苦闘しながら事後処理に追われた。

 

 幽蘭は幽蘭で、芝蘭の死を受けいれられなかった。

 が、一方で、その死を目の当たりにしていない分、実感もあまり湧いていなかった。

 ある時、ひょっこりと、何事もなかったかのように現れそうな。

 だが、そんなことはないことも分かっていた。

 

 兎にも角にも、「ここを守れ」という兄の言いつけに従い、幽蘭は幽蘭なりに、婀禮を手伝った。

 冷伯は、食事も殆ど取っていないようだった。

 都では、新皇の即位を巡ってまた争いが起こっているらしい。脩軌を討った、芝蘭もまた死んでしまったからだ。琅家の主だった血筋の者は、かつて脩軌によって殺され、殆ど残っていない。


 ――幽蘭以外は。

 

 幽蘭は、芝蘭が自分をここに残した意味を考える。それを思う度、居ても立っていられない気分になる。だが、結局自分は如何すれば良いのか、検討もつかなかった。

 

 そんなある日、冷伯が忽然と姿を消した。彼の剣もなくなった。

 婀禮は朱帛の者に飄州中を探させたが、とうとう見つからなかった。

 婀禮は意を決した様子で、幽蘭の元を訪れた。


「幽蘭様。わたくしは決めました。――龍浄湖へ参る」

「婀禮。何を――」

「死ぬためではございませぬ。わたくしはまだまだそんなとこ行ってられませぬ故。――飄家には代々伝わる宝がございます。【雷銘閃】と申すもの。それを取りに参るのです」

「それが……龍浄湖に?」

「左様。兄は旅立ちました。もう戻ってくることはありますまい。ならば、父も兄も居ない今、飄家は妹であるわたくしがどうにかせねば。龍浄湖に棲まう神の元に参り、飄家の当主として、認めていただく。そして、幽蘭様。貴方が皇におなりになられよ」

「――婀禮、それは」

「芝蘭様と兄は、脩軌をお討ちになり、我々に道を開いて下さった。幽蘭様、今度は我らが戦う番です。――ご安心を。わたくしが、婀禮がお伴します故」


 すっと、幽蘭の表情が変わる。

 真紅の瞳に、炎が灯り、射貫くように婀禮を見た。

 婀禮は、その眼の強さに、小さく息を呑んだのだった。


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