(二)

 ここは何処だろう。滅茶苦茶に来たから、分からない。

 暗い、洞窟の様な所だった。

 飄州のどこかではあろう。

 己の手の中にある、冷え冷えと濡れた煌めきを放つ剣を、冷伯は見下ろした。

 

 あれから、どれだけ時が経ったのだろう。それも分からない。

 狂ったように剣を振り回しては、また、呆然と日々を過ごす、そんなことを繰り返し、どれだけそれを繰り返したかも分からない。

 

 毎日毎日、目の前に消えては現れる、在りもしないはずの敵を、斬って切り伏せる。芝蘭を喪ったあの日の悪夢の中に、冷伯は捕らわれていた。捕らわれていることすら分からなかった。

 

 とうに飲み干してしまった酒を呷り、中身がないことを思い出して放る。だが、どんなに上等な酒を飲んでも、今の冷伯にとっては、水も同じだった。

 酒は「忘憂の物」という。

 だが、一人で杯を空けても、憂いは憂いのまま、寧ろ深まるばかりだった。


“……ああ、お前が居たから俺は、安心して無茶もできたんだ。――すまん。お前は……本当に、”


――最高の知音ともだった。


 芝蘭の最期の言葉が耳に蘇って、冷伯は唇を噛んだ。


「……莫迦芝蘭……」


 声は、反響して、消えた。


 

 

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