夜雨対牀第四
(一)
「
「一段と寂れたな」
冷伯の言葉を継いで、芝蘭は溜息交じりに零した。二人が歩くのは、都の南北を貫く主要道だというのに、人通りはまばらだ。
比武大宴から二月。
芝蘭と冷伯は、珱国の首都である龍京に来ていた。目的は、皇都の様子と、飛龍党を探るためだ。朱帛達の調査で、脩軌と飛龍党の結びつきの深いことは分かっていた。彼らが手足となって働き、脩軌にとって邪魔な者を密かに排除していた。
最近、脩軌と飛龍党の頭である劉莫我が頻りに連絡を取り合えっているらしいという報告を受け、莫我が居るというこの龍京の外れまでやってきたのだった。
「それにしても、なんか、こう、雰囲気が暗いな」
すれ違う人々は皆、目を伏せ、何かに怯えているような風だ。
「――ああ。少し前、皇后に毒が盛られたらしい。その後、呪詛が見つかったとか
なんとか。皇は血眼になって捜査をさせた。疑わしい者は皆殺しだ。謹慎中の身だった宗純も、首謀者として処刑されたらしい」
抑えた声で、冷伯が言った。
「呪詛? ――まさか」
「ああ、あいつはそう言うのに頼る様な男に見えなかったから。誰かにはめられたんだろ。頭に血が上ったどこかの莫迦は、それに気付かないで墓穴掘ったようだが」
にやりと口の端を上げ、冷伯は続けた。
毒や呪詛に参って、皇后は心を病んだらしい。料理人や医官、身の周りの世話をしていた女官も尽く殺された。それではない。民が己の悪口を言い立てていると言って、少しでも皇后に不満のあるような事を言うと、城内の至る所に潜んでいる武官が飛んできて捕らえられ、二度と戻ってこないという。
「へえ。――て、こんな所でこんなこと話してて、大丈夫か?」
「まあ、大丈夫だろ。多分」
「多分、……何にせよ、目立たないようにしないと。お前、派手だしな」
「俺が華やかな美形なのは認めるが、悪目立ちすんのは大抵、お前が暴走するせいだろうが」
いつも通り、しれっと言い切る冷伯に、芝蘭は噴き出した。
「芝蘭、ここらで飯にしよう。――あそこはどうだ?」
「ああ、そうだな」
まだ笑っている芝蘭の脇腹を小突き、冷伯は先に進んだ。
近くの店に入ると、店の者が愛想良く出迎えた。席につき、適当に注文して、二人は店から往来の様子を眺めた。
程なくして、料理が運ばれてくる。
「――これ、そこそこうまいな芝蘭。この辺りの料理か?」
「ああ、これは確か隆州の……」
冷伯の問いに芝蘭が答えようとしたとき、不意に店内の空気が変わった。二人は面を極力伏せ、目も動かさず、気配を探り、耳をそばだてた。
「おい。今から、ここで食事を取ってやる。他の客は追い出せ」
「そんな、お役人様。席は十分にございますから」
巡視中の武官のようだ。休憩で立ち寄ったのだろう。
「ああ? 口答えする気か!!」
武官の足が、応対にでた店の者の腹を蹴り飛ばした。店の者は、すぐ傍の客の卓子に突っ込んだ。悲鳴が上がる。ばたばたと何人かが外へと逃げ出していく。皿は割れ、碗が卓子から落ちて床に湯が広がった。料理の具材と脂に塗れて血を吐いている店の者の胸ぐらを、武官が掴む。
「――さっさと他の客を追い出して、酒を用意しろ。今すぐだ!!」
「は、はひっ」
唸るような声で言われた店の者は、必死に頭を下げて応えた。その顔は無残に腫れ上がり、口の端からは血が流れている。
その背に「早くしろ」と脅しをかけると、次々武官達が入ってくる。その内の何人かが、逃げ遅れた客の一人とおぼしき女人を見とがめ、ニヤニヤと近づいていく。
「おい、そこの。ちょうど良い、――酒を注げ」
「ひっ! お、お許しを……!!」
腕をつかまれた女人は、真っ青な顔で悲鳴を上げた。
「――真っ昼間から酒とは。役人というのは、随分と暇なようだな」
不意に響いた声に、武官は視線をそちらに向けた。
見ると、周囲は既に皆逃げ出したあとだというのに、二人の男が、ここだけ何事もなかったかのように食事を続けていた。無論、芝蘭と冷伯である。
「……いい加減にしろよ。まぁたお前の暴走に付き合わされんのかよ」
「すまんすまん。だが、――見苦しいこと、この上無いだろう?」
得意の、有無を言わせぬなんとも爽やかな笑顔で、芝蘭は言った。
「それは同感だが……」
「何だ貴様ら!?」
武官が背後から突き出した剣を、冷伯は振り向きもせず、手にした箸で受け止めた。
「ぐっ……う、うごかな」
顔を真っ赤にしながら武官は剣を抜こうとするが、びくとも動かない。
「おいおい、お行儀がなってないな」
呆れた様に冷伯が箸でぴしり、と剣を打ち据える。途端、剣が砕け、落ちた。何が起こったか分からない武官は、驚きの声を上げて後退した。
「よ、妖術か!?」
他の武官も、殺気立って剣を抜いた。
「ああ? 妖術なんざ使うかよ。」
「軍に楯突くとは胡乱な奴等め。――捕らえろ!!」
飛びかかった所に、冷伯と芝蘭は同時に椅子を蹴り上げてぶつけた。
「ぐあっ」
見事顔面に命中した武官の鼻から血が滴り落ちた。ふらついたところに、そのまま冷伯は掌打を叩き込み、完全に伸してしまう。倒れた武官の後ろから斬りかかってきた剣を、僅かに身をずらして避けると、剣を抜いた。
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