(五)
それからも飄州は皇都・龍京へ向けて猛攻した。関を破り、城を破り、敵を蹴散らした。連戦連勝だった。それは、章皇の正統な跡継ぎと考えられる芝蘭の存在が精神的な支えとなったこと、彼は勿論のこと冷伯の武、寒山や、援軍として駆けつけた景元の采配があってこそだった。また、清叔の率いる水輪派の者達も、遊軍として大いに皇師を脅かした。
だが、それに暗雲が立ち込める出来事が起こった。
嶷城の戦いでは、ここまでの戦いで、籠城戦が飄州側に全く通用しないことを痛感した皇師側は、数を武器に積極的に討って出た。勢いに圧された飄州の軍勢は二つに裂かれながらも奮闘し、混戦となった。そんな中、芝蘭を狙った矢を、寒山が受けたのだ。矢には毒が塗られていた。
「芝蘭様!! 下がりなさい!」
寒山を心配して、芝蘭がこちらに来ようとしたのを察し、寒山は怒鳴るように言った。
落馬した寒山へと、狂喜して敵兵が群がった。
「寒山殿――!!」
芝蘭は、寒山に群がる敵兵を斬り捨て、囲みから脱出させなければと焦った。だが、その数の多さに、芝蘭も、寒山の護衛の兵達も、誰も近づくことができなかった。
「我が名は飄寒山! 我が首が欲しければかかって来るがいい」
皇師に囲まれ、孤立した寒山は言い、じろりと睨んだ。その蒼い瞳の眼力に、気迫に、敵は尽く萎縮させられた。
暫し、沈黙が落ちる。
だが、一人が吠え、斬りかかっていったことで均衡は崩れた。次々と兵が寒山に斬りかかる。
寒山は、毒を受け、震える手足で、槍を振り回した。槍が折れたら剣を抜いて戦った。
それは、まさに鬼神の如き戦いぶりで、敵を次々と討ち取った。
だが、さしもの寒山の雄も空しく、次第に勢いを失い、遂に倒れた。
そこを我先にと兵が争って、寒山を散々に刻んだ。事態に気付いた冷伯が兵を率いて現れ、群がり集る敵を蹴散らし、父のもとに辿りついたときには、既に寒山は息絶えていた。
怒り狂った冷伯が追撃をかけようとしたが、景元に強く止められ、渋々従った。
飄州側は退き、皇師もまた、体勢を整え直すべく退いた。
数十年にわたり、飄家の、飄州の長として存在していた寒山の死は、彼らにとって、あまりに大きすぎた。
だが、失意にくれている暇はなかった。
翌朝、再び皇師が攻めてきた。寒山に代わって、冷伯が指揮を執り、なんとか撃退したが、そのまま膠着状態に陥り、睨み合いが続いた。
そこへ、相手方に援軍が到着した。その中には、――脩軌の姿もあるという報告が届いた。
敵方から使者が遣わされ、「芝蘭を引き渡せ」という脩軌の言葉が伝えられた。が、冷伯がそれを認めるわけがなかった。
「出るぞ。準備しろ」
冷伯が命じるその横で、芝蘭が口を開いた。
「冷伯。ここで俺が敵の主力を引き付けておく。お前は、千を率いて、西側の山道を行け。反対側から来る清叔殿と共に、背後の嶷城を落としてくれ」
「俺が? 俺はお前の傍から離れない。別の者に行かせろ」
「否、お前が行ってくれ。……城内に脩軌が居るはず。厳しい戦いになる。お前でなければ、あの男に太刀打ちはできない」
暫し両者はにらみ合った。が、冷伯が息を吐いた。
「……無茶すんじゃねえぞ」
「分かってる。……それと冷伯。一応、これを持っていけ」
芝蘭が投げ渡した袋を受け取って、冷伯は小さく首を傾げた。
「これは?」
「幽蘭がくれた。飛龍党の大体の毒に効果があるらしい」
「ならお前が持ってろよ」
「それはお前の分。俺の分は自分で持ってるから」
ほら、と懐から同じ袋を取り出したので、冷伯は納得してその袋をしまい込んだ。
その背中を、芝蘭の真紅の瞳が微笑んで見守っていた。
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