第1章ー5 妖精にも国内外来種?

「榊主任、午後はどちらへ向かうのですか?」

 昼休みが間もなく終わる午後十二時五十五分、事務室には作業服に着替えた桃瀬がスタンバイして榊達を待ち受けていた。

「ひゅうっ、桃瀬ちゃん、支度早いな」

 柏木は馴れ馴れしく口笛を吹く。あとで、口の利き方を注意せねばならないな、と榊は思いつつ、説明を始めた。


「ああ、調査地点をいくつかと、実例も見せようと思って。まずはここのそばの公園だ。実例はいろいろ分散しているから車で案内する」

「手袋や籠も持参した方がいいですか?」

「一応持っていくが、無闇に捕まえても生態系が崩れるから使わないだろう。籠よりもコンパクトなバッグだな。二、三体くらいなら入る」

「そんなのちゃっちゃと捕まえるなり、倒せばいいのに」

 柏木が不満げに口を挟む。


「柏木、早まるな。根拠法令忘れたのか?」

「『在来精霊保護にかかる外来精霊に関する対策法規則十条第一項 外来種と疑われる精霊等を見つけたときは記録をとり、速やかに報告する』」

「それだけではないだろう?第二項もだ」

 榊から厳しく問われた柏木はふてくされながらも答えた。

「『第二項 みだりに外来種疑いの精霊を捕獲してはならない』ですよね。でも第三項で……」

 柏木が反論しかけたその時、榊は強く反論した。

「柏木、“神社の倒木事件”を研修で学ばなかったのか?無理に精霊を引き離すと、主を失った木が枯れて倒れてしまうこともある。なんでも倒せばいいというものではない」

「はーい、はい。主任のおっしゃる通りで」

 柏木は両手を外国人のように挙げて、やれやれと言ったポーズを取った。


「お前の気持ちもわからんでもないが、なんでも敵視するのは考え物だぞ」

「だって、あいつらのせいで在来種が減っているのですよ!」


 やや不穏なやり取りを見ながら、桃瀬は不思議に思った。

(榊主任も柏木さんも過去に何かあって、この部署へ異動希望を出したのかしら?)桃瀬は疑問が頭をもたげたが、初日からずけずけと質問するにはさすがにためらわれたので、そのまま二人のやり取りを見つめていた。

 そんな桃瀬の視線に気づいた二人は議論を中断し、桃瀬に向き直って声をかけた。

「ああ、済まない。本来の仕事に戻ろうか。じゃ、行くぞ」



「モニタリング地点は今の所で以上だ。持ち回りで朝に来て、かかっていたら回収する。これとは別に不定期に調査をしたり、寄せられた情報を元にあちこち飛ぶこともある」

 モニタリング地点の場所を一通り回った時には既に夕方に差し掛かっていた。

「これで終わりですね。あれ? 庁舎、過ぎましたよ?」

二人の乗った車は庁舎を通り過ぎ、さらに交差点を抜けていく。


「ああ、すまない、もう一か所だけ付き合ってくれ。超勤はつけていいから。保護した精霊が近くにいる。事務所へ戻る前に挨拶しよう。備品の交換もあるからな」

「え?近くって?施設に保護じゃないのですか?」

 桃瀬が不思議そうに尋ねてくる。確か、さきほど読んでいたレジュメには在来種も外敵を防ぐために施設へ保護というのが基本と書いてあったはずだ。

「ああ、在来種でも彼らは国内外来種でな、近々元の場所へ送還させることが決まっている」

「国内外来種?」

「在来種であっても、生息地域が違うものもいるんだ。例えば関東にしか生息しない魚が関西に持ち込まれて繁殖したケースもある。こういうのは“国内外来種”という」

「なんだか、よくわかりません」

「ちょうどわかりやすいケースが“三室みむろ自然緑地”にいるのさ。見ればわかるし、勉強になるだろう」

 そう言って、緑地のそばに車を止め、雑木林の中に榊が入っていったので、桃瀬は慌てて車を降りて追いかけていった。

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