第1章ー6 友好的な国内外来種精霊
雑木林一帯は立ち入り禁止テープに囲われていた。
「ここは立入禁止にしてある。表向きは毒性の強い外来種の昆虫…つまり、ヒアリが出る恐れがあるとして、立入を規制している。そうしないと子供が探検やら秘密基地作りで入ってしまうからな」
立ち入り禁止テープの向こうは深い藪に覆われている。こんな所、普通の人間は入りそうにない。
「うへえ、とげだらけ。だから作業服なんですね」
「ああ、それも理由の一つだな。それで、さらにこのツツジの木に囲まれた中だ。そっとかき分けて、しゃがんで挨拶して」
「え?」
榊がツツジの木をかき分けると、小さな集落が出現した。
「あ、榊さん。どうも」
若者が榊の姿を確認すると気さくに挨拶してきた。一見、普通の人間と変らないように見える。背丈は三十センチくらいと言うことを除けば。
「やあ、アドイ。これ、今週分のモバイルバッテリー。それから、長はいるかな」
「ありがとうございます。長ならば、夕方の散歩に出ていますが、そろそろ戻ります……ああ、戻ってきた」
若者が向けた視線の先、そこにはあごひげを蓄えた老人の小人が杖をつきながら歩いてきた。
「おお、榊さんではないですか。いよいよ移住の手はずが整ったのですか」
柔和な笑顔で榊に挨拶をする。大きささえ違わなければ、町の人が役所の人間に挨拶するという普通にある光景だ。
「いえ、残念ながらまだです。問題ないから決裁は下りるはずですけどね。今週分の予備バッテリーのお渡しと回収、それに新任の職員の挨拶です。今日からうちの配属になった桃瀬です」
「は、初めまして! 四月一日付で精霊部門配属になりました桃瀬と言いますっ!」
しゃがんだままのお辞儀というのは意外と難しい。少し変なポーズになったかな、失礼になってないかと桃瀬は不安に思ったが、老人は変わらず柔和な笑顔で答えた。
「初めまして。わしはカムイコチャという。種族はコロポックルで、この集落の長をしております」
「ああ! あの北海道にいると言われている!」
桃瀬は納得した。確かに北海道が本拠地のコロポックルが関東の森にいれば、国内外来種となる。
小人の老人はうんうんと頷きながら続けた。
「わしは息子達と共に人間の引っ越しの荷物に紛れてこちらに来てしまいましてな。同じような境遇の仲間とこちらでひっそりと暮らしておりました。そうしたらここの榊さんに見つかってしまいましてな。人間に見つかってしまった、もはやこれまでだと一時は覚悟しました」
「確かに、コロポックルは人に見つかるのを嫌うといいますものね」
「人間はわしらを利用するか、見世物にしますからの。しかし、榊さんは環境省の方で、我々を保護しに来たと丁寧に説明してくれました。しかも、故郷へ帰していただけるとのことで感謝しております」
「国内の故郷へ送還する初の事例ですから、なかなか審議が進まないのですけどね。どうですか? 変わったことはありませんか?」
「ええ、対策してくださったおかげで、人間の悪ガキも来なくなって安心しております。ただですね……」
コロポックルの長は不安げに続けた。
「何か、最近強い気配を感じます。人間ではない、我々と似た気配ですが、この緑地内に負のエネルギーを感じます。姿をはっきりと確認した訳ではないのですが」
「負のエネルギー? 何でしょうね、主任」
「……うん、まあ、新しい外来種が来たのかもしれないな。長、何かあったらアドイに渡した携帯で連絡してください。それから充電はお忘れなく。では、そろそろ日も暮れたのでこの辺で」
「おお、ご苦労じゃったな」
「国内外来種って、そういうことだったのですね、主任」
事務所に戻り、帰り支度をしながら桃瀬が話しかけてきた。
「ああ、コミュニケーションが取れて穏やかで友好的なこと、一定の場所に住んでいることなどを考慮して移送までの間、あそこに居住を許可して保護しているんだ。シルフなどがいっぱいの収容所だとまた問題が起きるからな」
「早く帰れるといいですね」
「ああ、でも初めてのケースということもあって、なかなか審議が進まないんだよな。緊急連絡用の携帯は若手のアドイに渡してあるから何かあったら連絡してもらうようにしてある。だからバッテリーを時々差し入れに行くのさ。紹介したから桃瀬君も顔見知りになったし、バッテリーの引き渡しもそのうちしてもらう」
「はい、了解です。ではお疲れ様でした」
桃瀬は会釈して、事務室を後にした。
「ふう、波乱の一日だったな。桃瀬君は優秀だが、好奇心旺盛な面があると聞いている。緑地のあれに気づいて首を突っ込まないといいけどな」
「あれも、まだ調査の決裁下りないのですか?主任」
「ああ、コロポックル対策で他の人間を立ち入り禁止にしているからか、お偉いさん方は危機感が薄い。俺達の作業服にある程度の防御がかかっているせいもあるから害は無いと思っている節がある。まあ、大抵は気づいても相手にしなければ大丈夫だろうけどな」
「一言、桃瀬ちゃんにも言った方が良くないですか?」
「うーん、もうかなり決裁も終盤みたいだし、恐らくは良くない精霊だから、すぐに俺が抹殺することになるし、抹殺する時の俺のことあまり知られたくないんだよな」
「主任、あまり隠すのも良くないですよ。いずれは知るのですから」
「そうなんだがなあ。始末というのは気分良くないものだしな」
「煮え切らないですね、主任」
「うっさい。俺はなるべく法令を遵守して殺さずにいたい穏健派なんだ。それよりも顛末書、早く清書しろよ」
「はぁい、はい。……穏健派ねえ」
本来ならば留意事項として桃瀬にも知らせないとならない。だが、気配からして抹殺することになるだろう。それはなるべく知られたくないと逡巡する自分もいて、榊は自らがもどかしく思えた。
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