第1章ー7 環境省ってヘビィなお仕事

 桃瀬が着任して二週間が過ぎた。大体の仕事の流れも掴み、仕事の合間を縫ってマニュアルも作成する余裕が出てきた。

「朝・モニタリング地点にて調査。外来種精霊がかかっていたら捕獲。その際、許可証と身分証は必ず携帯すること。それから……」


「熱心だね、桃瀬ちゃん。これ、三時の差し入れ」

 柏木がコーヒーと菓子を桃瀬の机に置きながら話しかけてきた。

「ありがとうございます。自分が休暇でいなくなったり、転勤で後任者が困らないようにマニュアル作るようにしてます。それにこうして作成することで仕事を覚えますからね」

「偉いねえ」

「……あの、このお菓子は?」

「ああ、それ、主任のチョイス。変わった味の菓子が好きなんだ。この近くにバッタ屋があるからよく買うみたい。こうやって、お裾分けしてくれるんだけど、ね」

 柏木が含んだ言い方するのも無理はない。桃瀬は珍しげにそれを眺める。

(“うめえ棒”の青じそワカメサラダ味って初めて見たわ。って、コーヒーに合うのかしら?)


「おい、おしゃべりする前に仕事をしろ、柏木。お前の担当の苦情が入っている精霊を近々捕獲しなきゃならないだろ。捕獲プラン、まだこっちに来てないぞ」

「はーい、はいっと」

 柏木は名残惜しそうに桃瀬のそばから離れ、席に戻った。

「ったく……」

「柏木さんの担当のそれ、何の案件ですか?」

 桃瀬が不思議そうに尋ねてきた。榊が把握していた彼女の“好奇心旺盛な性格”なのは本当のようだ。

「ああ、別所沼公園にて河童とヴォジャノーイの縄張り争いが起きているとの通報があってね。あそこ、ランニングスポットだろ?

巻き込まれるのを恐れて、すっかり人が寄り付かなくなったらしい」

「……さらっと恐ろしいことを言ってますね。って、河童は精霊ではなく、妖怪では?」

「桃瀬ちゃん、概要読んだでしょ? シルフやピクシーが町中にたくさんいるから、現れているのは精霊や妖精のみと勘違いしている人が多いけど、妖怪や神様も可視化されているのよ。数は少ないけどさ」

「ヴォジャノーイって、確か凶悪な精霊ですよね。河童、勝てないのじゃないですか?」

「桃瀬ちゃん、河童は本来狂暴よ。尻子玉抜くとか、きゅうり好きと言われる前は、口に手を突っ込んで内臓引き抜いたと言われてるから。とはいえ、外来種はいろいろ強いからね。このままじゃ、河童もきついだろう。情報からしてヴォジャノーイは一体だけらしいのだけどね。誰が持ち込んだのだか」

「……人間の出る幕あるのですか? 私達の装備では叶わないですよね」

「ああ、攻撃のための武器の使用許可も併せたプランも含めて考えてる。

 それで、まじないをかけた投網で捕らえるか、水中銃を使うか悩んでるんだよな。生け捕りできたら速やかにロシアへ送還なのは決まっているのだけど」

「……ヘビィな仕事ですね、この部門」

 桃瀬が頭を抱えたので、柏木が慌てて取り繕う。

「ああ、桃瀬ちゃんは女性ってのもあるから、無理なことはさせないよ。おとなしい妖精の調査とか。こういう武闘派は俺や主任がやるから」

「武闘派……って。榊主任もですか?」

 桃瀬は口にしてしまったと思った。さすがに本人の目の前でそれを言うのは失礼ではないのか。榊は中肉中背、メガネ男子というか典型的なサラリーマンの風情だ。お世辞にもスポーツなどしているように見えない優男だ。しかし、柏木は気づいてないのか声を潜めて続けた。

「ああ、以外と体力あるよ。ここ、新しい部門で人員が少ないからね。なんでもやるし、実質、榊主任が仕切っているし、それにね……」

 柏木がさらに会話を続けようとした、その時、後ろから丸めた書類でポコンと頭をたたく榊の姿があった。


「全部、聞こえているぞ。コーヒータイムはそのくらいにして、さっさと仕事しろ。それからな、ヴォジャノーイは漁師と粉屋は襲わないというから、民間の漁師から協力を求めるのはどうだ。その上で、呪をかけた投網を使うのが現実的だろう。水棲生物だから輸送には水族館の協力も必要だ。連絡を密に取れ」

「あ、はい……」

 柏木は慌ててパソコンに向き直る。榊はそれを見ながら桃瀬にも注意する。

「桃瀬君もだ。人の仕事に首を突っ込む前に、自分の業務をこなしてくれ。今日はコロポックルにモバイルバッテリーを渡しに行く日だろう。忘れないでおくれよ」

「は、はい! そうでした! 行ってきますっ!」

 桃瀬は慌てて支度をして、外出した。


「主任、桃瀬ちゃん一人で大丈夫ですか?

あの緑地にいる未確認精霊のことは知らせてないでしょ?」

 桃瀬がいなくなってしばらくして、柏木が不安気に尋ねてきた。

「ああ、刺激しなければ大丈夫だろう。まだ調査許可の決裁が下りないから、動けないんだよ」

「俺、サポートに行こうかな。」

「……柏木、捕獲プランを作れ。それからな、桃瀬君はお前より四歳年上だ。馴れ馴れしく“ちゃん付け”は失礼だぞ」

「ええ?! マジっすか?! 俺より年下と思ってた!」


 オーバーアクションに頭を抱える柏木を尻目にやれやれ、と榊はため息ついた。

 彼女は免許がないため、電動アシスト自転車で緑地へ向かっている。あの雑木林に着くのは恐らく夕方頃になるだろう。言わば逢魔が時だ。前回は自分が帯同したから特に気にしなかったが、今回は一人で行かせたのはまずかったかもしれないと思い始めたその時、榊の机上のスマホに着信音が鳴り響いた。

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