第1章ー8 こんなの聞いてない!
「さて、着いた。手袋とエアガンは準備が終ったし、入ろうっと」
コロポックルが隠れ住んでいる雑木林は緑地の奥の方にある。おしゃべりして主任に怒られた分、急いで仕事をして挽回せねばなるまい。電動チャリで来たとはいえ、かなり時間がかかってしまった。
「やはり、免許取った方がいいのかな」
しかし、桃瀬は何かとトラブルを引き寄せやすい。自分に問題があるとは思わないのだが、何かと起きる。免許取ったらそれこそ信号無視の人と事故を起こしてしまいそうだ。
昔からそうだった。備品の場所を教えただけで、勝手に「自分に気があるに違いない」と勘違いされてしつこく誘われたり、相づちのつもりで「自分もその映画観に行きたいのですよね」と答えたら、翌日いきなり映画のチケットと食事の誘いが来たり。
自分は何か引き寄せてしまう体質なのかもしれない。
「やはり、免許はしばらくはいいや。都会だから不便無いし。でも、さいたま市って広いからなあ。調査では車使いそうだし、うーん。ま、とにかく急がなくっちゃ」
雑木林にはヒアリが出るとして立入禁止テープを貼ってあるが、緑地周辺もこの時間は人気が無い。桜が咲いていた頃ならば花見客でにぎわっていたかもしれないが、既に葉桜となっているから辺りは閑散としている。
緑地に入って進み始めた時、ふと視線を感じた。
(誰だろう?)
周囲を見渡すと、白樺の木のそばに痩せこけた女の子が立っていた。年のころは女子高生っぽいが、日本人ではない顔立ち。そして、なんだか顔色が青白い。顔だけではない、腕も足も透けるような白さを通り越し、夕陽に照らされていてもその白さが異常に際立っている。
桃瀬は腹の中をヒヤリとしたものが駆け抜ける不気味さを感じた。この感覚がする時、これはピンチの時だ。あれはこの世のものではない。しかし、幽霊にしては足がある。
(もしや、いつぞやコロポックルの長が言ってた“負のエネルギーを感じる外来種”? でも、主任はこんなのが居るなんて、はっきりと言わなかったし)
こちらから関わらなければ大丈夫なはず、大丈夫なはずと言い聞かせながらエアガンを握りしめ、小走りに通り過ぎようとする。
すると、女の子は木々の間を飛び越えて、一定の感覚を開けつつ桃瀬の後をつけてくる。
(ヤバい、狙われているかもしれない。そうだ、コロポックル達は無事なのだろう? それとも、コロポックルから遠ざけるためにわざと引き付けた方がいいのか)桃瀬は慌てて藪を潜り抜けた。
「まずは彼らの安全確認と警告よ! って、変なの引き寄せるのは人間だけで勘弁よー!」
いや、変な人間も充分に勘弁だと思い直したが、とにかくコロポックルの元へ急がねば。
「もしもし、榊です」
一方、事務室では榊がスマホの着信に対応していた。
『もしもし、アドイです。あの、今日は誰か来る予定ですか?』
「ああ、アドイか。今日は桃瀬君がそちらへバッテリーを持っていってるけど、それが?」
『それはまずいです! 緑地内に居た何者かが姿をはっきりさせました。人間の女の子に似てますが、異様に青白くて、禍々しいくらい眼光が鋭くて、痩せこけていて。あれは外来種精霊です! 僕たちはまだ身を守れますが、人間は……特に桃瀬さんは環境省の人間とは言え、着てから日が浅いのでしょう?
大丈夫なんですか?』
アドイの言葉は恐れていたことが現実になったことを嫌というくらいに突きつけていた。
「なんだと! それはまずい! アドイ、桃瀬君が来たら集落内の結界に入れさせろ」
『わかりました。ただ、結界は僕らの大きさに合わせてますから、桃瀬さんが入り切れるかどうか……。榊さん、桃瀬さんを助けてください』
「わかった、すぐに行く!」
スマホを切り、榊は後悔した。コロポックル対策であの緑地は人が来なくなっているから、外来種精霊は恐らく通りかかる桃瀬を狙うだろう。調査の決裁が下りないとはいえ、自分の一面を知られたくなかったあまり、結果的に部下を危険に晒してしまったのは自分のミスだ。
「主任! 電話は聞いてました! 桃瀬ちゃんの携帯、鳴らしたけど出ないんです! すぐに行きましょう! 庁用車の手配はしてあります!」
こういう時、柏木は素早く察してくれるから助かる。本当に気が利くやつだ。
「ああ、かっ飛ばすぞ! お前も攻撃モノをいくつか持っていけ! 多分、かなりタチが悪いやつだ」
「調査の決裁はまだ下りてないけど、抹殺でいいのですよね? 主任?」
「緊急事態だ! 事後報告と上申書でなんとかする!」
「そう来なくっちゃ」
どことなく楽し気に柏木は備品を用意して支度する。榊の“仕事ぶり”が見られるのがうれしくてたまらないと言った風情だ。
「浮かれるな、柏木。彼女の安全が確保してからにしろ」
「わかってますけどね。榊主任にかかれば一発でしょ? さ、行きましょう!」
言い終わるやいなや、二人は飛び出していった。
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