第1章ー3 ピクシー、トイレにてやりたい放題

「うわあ……、これはひどいですね」

 三人が三階女子トイレにたどり着いた時、女子トイレ内は真っ白であった。

 至るところにトイレットペーパーが散乱し、中心にはピクシーが楽しげに液体せっけんのポンプをプッシュしまくって、泡をモコモコと出している。


「桃瀬ちゃんの勘が当たったね」

 いつの間にか柏木が馴れ馴れしい口調になっているが、よそ様モードはわずか一時間で終了したということだろう。(柏木、露骨に狙うと外すぞ)と心の中で榊は突っ込んだ。

 まあ、榊自身も三十四歳独身という時点で偉そうなことは言えないのだが。


「こりゃ、ひどいな。早速だけど、桃瀬君、手袋を着用してあれを捕まえて。女子トイレだから女性が入るのがいいだろう」

「は、はい」

 命じられて桃瀬は手袋を着用する。着け心地は普通で特に違ったところは感じられない。先ほど所長から簡単に聞いた話では特殊な加工がしてあって、普通の人では掴めない精霊が捕まえられるようになるという。仕組みとか気になるが、まずはこのピクシーを捕まえないとならない。

「まずはピクシーに近づかなきゃ」

 近づこうとするが、床が濡れていて滑り易くなっている。多分、せっけんとは別にトイレ洗剤も床にぶちまけていたのだろう。


「そうっと近づいて……、きゃっ!」

 近づこうとするとピクシーはするりと逃げていく。ギリギリまで動かないくせに手を伸ばした瞬間に逃げる。からかわれているな、と桃瀬は感じてちょっと嫌味を言った。

「なんだかハエと同じ動きね。近づくと飛んでいく」

 桃瀬の言葉を理解したらしく、ピクシーを不快にさせたらしい。彼女が怒った顔でトイレットペーパーを桃瀬に投げつけてきた。なんとか避けるが、次から次へと備品を投げてくる。

「うわ、聞かれちゃった」

「気を付けろ、向こうは人語を解するからな」

 扉越しに榊が注意をする。

「本当にすばしっこいですね。確か、ピクシーを追っ払うだけなら上着をひっくり返したり、服をプレゼントすればいいのでしょうけど。それだと、この庁舎内のどっかに逃げるだけだし」

 榊はおや、と思った。意外と勉強しているようだ。とはいえ、着任一時間ではさすがに経験ゼロに等しい。ピクシーをなかなか捕まえられずに逃げられているのは、扉越しでも声や音でわかる。

「そろそろ、助け舟を出すかな」

 榊はメガネを直し、扉に手をかけた。


「はい、じゃあ、女子トイレだから失礼しますよっと」

 榊はそう言いながら、女子トイレ内に入り、あっさりとピクシーを捕まえて籠に入れた。

「わ、すごい」

「慣れればすぐに捕まえられるさ。じゃ、これを庶務へ預けて、トイレ掃除の人に掃除のお願いしたら、遅れたけど仕事の概要をレクチャーしよう」

(さすが、主任だわ。でも、のは何故かしら?)

 桃瀬は感心すると共に、疑問も頭をもたげたが、ここは仕事が先だと思い、榊の後をついて行った。


「はあ~、助かった。始末書回避できたかな」

 柏木も一緒に戻ろうとしたのを榊が制す。

柏木お前はここで掃除だ」

「ええっ?!」

 柏木が驚くが、榊はピシャリと言った。

「当たり前だ、誰のせいでこんなになったと思うんだ。処分はなくても、顛末書は書いてもらうからな」

「は、はい……」

 しょげる柏木を置いて、二人は事務室へ引き上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る