第1章ー2 着任早々、捕物帖

 環境省の機関の一つでもある「外来生物対策課さいたま管理事務所」

 この新都心の合同庁舎に入っており、精霊部門もこの一角だ。


「おはようございます。主任、今日のモニタリング結果はどうでしたか?」

 榊が登庁し、今朝の調査報告書を作成していると、部下の柏木が缶コーヒーを差し入れながら話しかけてきた。

 デスクの上にコーヒーが無いことから出勤時に榊が買いそびれたのを察したのだろう、気が利く奴だと榊は思う。

「ああ、そこのけやきひろばはシルフが二体にピクシーが一体。東広場はピクシーが一体。あと、目視しただけが、氷川神社一の鳥居付近にドリアードの姿も再び確認した。やはりあそこを根城にしてるっぽいな。まあ、在来種の存在確認は本格的に調査しないとわからないが」

「そうですか。氷川神社も由緒あるのに深刻ですね」

 柏木は渋い顔をした。

「もどかしいですね、いっそのこと主任の力でパーっと片付ければ楽になるのに」

「おいおい、柏木まで俺をあてにするのかよ」

「だって主任は……」

 榊は顔をしかめたことに柏木は気づき、言いかけた言葉を飲み込む。

「すみません、余計なことを言ってしまいました」

「まあいい、それよりも今日から新任が来る。彼女は未経験だから研修はさせるが、君もOJTとサポート頼むぞ。所長室に挨拶してるから、間もなく来るからな」

「わかりました。美人だといいなあ」

 柏木はチャラいキャラで、こういう軽い所がある。


「おい、ここは合コンの場所じゃないぞ」

「わかってますって。じ、じゃあ、その捕獲かごを庶務に預けてきます」

「おい、すぐに新入り来るから……あっ!」

 柏木が慌てて籠に手を伸ばしたその時、籠の上部の入り口を開けてしまい、そこからピクシーが一体するりと飛び出してしまった。

「おい! 何やってるんだ!」

「わあっ! すみませんっ!」


 その時、所長室から、女性が出てきた。

「初めまして。本日から着任しました桃瀬夏美と申します、よろしくお願いします」

 事前の資料だと28歳、採用3年目と聞いているから今回が初めての転勤だろうが、少し若く見える。


「初めまして、主任の榊です。こちらは係員の柏木、去年からの配属だ。ちゃんと紹介したいのだが、この柏木バカがピクシーを逃がしてしまった。早速で済まないが、捕物に付き合ってくれ。とりあえず俺の手袋を貸すからそれを着用して」

「は、はい」


 ピクシーはヒラヒラと羽を羽ばたかせて、素早く階段を降りてしまった。


「ああ、どこに行ってしまったんだ」

 榊が舌打ちすると、柏木が不安そうに口にする。

「以前は庶務課長のかつらを皆の前で外して遊んでたことありましたよね」

「ああ、あの時もお前が逃がしたんだよな。初犯だから顛末書で済んだのだが、もし、また被害が出たらどうするんだ」

「いえ、大丈夫です。あのヅラ……課長は転勤しましたよ」

「そういう問題じゃないっ! 後任もヅラって噂だぞ。急がないとまたあの喜……悲劇が起きたらお前、今度は始末書で戒告か訓告ものだぞ」

「ううう、人的被害が出ませんように」

「あの、ピクシーってゲームに出てくるピンクのあれではないですよね?」

 桃瀬が不思議そうに尋ねる。

「ああ、サッカー選手のあだ名でもない。姿についてはいろんな説があるが、今回のは典型的な羽がついた小柄な少女の姿をしたやつだ。いたずら好きなので早く捕まえないと。こちらからは触れないが、あちらは干渉してくるから厄介だ」

「とりあえず、各部署の扉をきちんと閉めてもらうように放送かけてもらいましょう。あと、各階の防火扉も閉めてもらいます。そうすれば他の階へ逃げ出すこともないし、探すポイントも絞られてきます」

「あ、そうか! 桃瀬さん、頭いいね」

「関心している場合か! 柏木、お前が守衛室へ行って防火扉の件と放送を頼んで来い!」

 榊は呆れながらも指示を出した。


「さて、これで共用スペースくらいか」

 柏木が戻り、防火扉の手配を終えた。幸い、どこかの部署にはまだ行っていないとのことだった。あの喜……悲劇の再来は避けられそうだ。降りていったことから精霊部門が入っている事務所よりは下の階を捜すことになる。

「榊主任、多分ですけど」

 桃瀬がおずおずと手を挙げた。

「いちいち挙手しなくてもいいぞ」

「共用スペースでいじれそうなところって、限られてくると思うのです」

「と、言うと?」

「喫煙所はもともと閉ざされているし、煙草臭いから入らないと思うのです。煙草を嫌うあやかしも多いですから。自販機付近もせいぜいゴミ箱を倒すくらいしかできないから、ピクシーとしては物足りないでしょう。そうすると、いたずらのやりがいがあるところってお手洗いじゃないかと」

「トイレ? でも扉があるじゃないか?」

「ええ、でも人が出入りする瞬間に潜り込むことも可能です」

「なるほどな。よし、各階のトイレを探すぞ!」

 三人はトイレへ向かうことにした。


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