環境省外来生物対策課さいたま管理事務所精霊部門
達見ゆう
環境省外来生物対策課 精霊部門
第1章ー1 公務員の朝は早い
埼玉県のさいたま新都心駅は官庁の一極集中を解消すべく作られた新興街である。
新興地らしく、官庁や大企業が入居した高層ビル、タワーマンションにバスターミナル、ショッピングモールなどが整然と配置されており、今もなお開発中らしく新たな高層ビルやタワーマンションの工事がせわしなく行われている。もちろん、かつての震災ので損壊した部分の復興もまだ行われているのだが。
駅からオフィス街へ行く途中には、やはり整備された大きな公園「けやきひろば」があり、そこは平日はサラリーマン、休日になると住民や買い物客の憩いの場でもあった。
朝には散歩する人などと共に、出勤するサラリーマンも近道をするため通ることもある所だ。
そのけやきひろば内には百葉箱のような物がいくつか設置されている。そこを鍵を開けて探る男性の姿があった。
「今日はシルフが二体、ピクシーが一体か……。少ない方かな」
男性は捕まえたシルフを携帯している鳥かごに入れながら、独りごちた。一見、普通の鳥かごではあるが、中に入っているのは鳥ではなく、妖精たちが羽をパタパタと羽ばたかせている。
「ま、調査も仕事だから朝の勤務でも超勤つくからいいけどさ。やっぱ眠いな。出勤前にコーヒーでも買うか」
男性が振り返った瞬間、通りかかった年配の女性と目が合った。スポーティーな恰好をしているところから、ウォーキング中なのだろう。女性は鳥かごの中のシルフを見て驚いている。
「な、あ、あなた! そ、そんな綺麗なシルフを勝手に捕まえていいんですか!?」
「勝手にって、失礼な」
男性が反論しようとする前に、女性が非難がましく抗議をする。
「あなたのような輩がいるから、妖精が減ってしまうのですよ! 通報しますよ!!」
「いえ、私は……」
「あれでしょ? 綺麗だからって飼うつもりなのでしょ? いやだわあ、ロリコンって!
それとも転売? 違法行為ですよ! 恥を知りなさいっ!」
男性が何か言いかける度に女性がキンキンと抗議の声を上げ続けるので、男性は仕方なく身分証を提示する。
「とにかく、話を聞いてください! 私はこういう者です」
興奮して口角に泡を飛ばしていた女性は、提示された身分証を見た途端に抗議の声を引っ込め、ゆっくりと掲げられた身分証を読み上げた。
「『環境省外来生物対策課 さいたま管理事務所 精霊部門 主任 榊 雄貴』?」
女性が驚いて、目の前の男性をよく見ると作業服みたいだが胸には「環境省」のロゴ。「調査中」の文字入りの腕章。
「ええ、外来種の精霊調査のために、モニタリング地点の調査箱に入った精霊を捕獲する許可を得た者です。このシルフも外来精霊の実態調査の一環で捕まえています」
「え……?」
「捕まえた妖精たちは一時保護施設に収容した後、本来の生息地へ送還されます。まあ、どこの国へ送還するかはまだ各国の官憲と協議中なのですが」
ようやく状況が飲み込めたらしい女性は、ばつの悪そうな顔をした。
「それから余計な一言かもしれませんが、減っている精霊は日本古来の在来種の方です。こういうシルフはむしろ増加傾向にあります」
さらに畳みかけるように厳しく榊は言った。
「だから、通報したら、むしろあなたが警察に怒られますよ。公務執行妨害だと」
「ま、紛らわしいことしないでよっ! この税金泥棒がっ!!」
捨て台詞を吐き、女性は足早に去って行った。どうして、この手の輩は謝るよりも、捨て台詞なんだろう。非を認めたら死ぬ病なのだろうか。榊はやれやれと言った具合に頭を掻いた。
「はあ、朝からめんどくさいのに引っかかったな。ちくしょう、コーヒー買う時間無くなっちまったな。
……ま、外来種の調査ばかりが仕事ではないけどな」
榊は足取りを早めて、職場へ向かった。
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