第3章ー11 進展からの頓挫

「今年も沢山捕ったなあ」

 外来種一斉捕獲が終わった午後六時。柏木がコーラを飲みながら一息ついた。

「柏木さん、張り切って捕獲してましたね。三十体くらいですか」

「そりゃあ、堂々と捕獲していい日だもん。外来種は少しでも取らないと在来種が減ってしまうよ」

 田んぼは夕方の日差しを含み始め、烏瓜からすうりの花が咲きかけている。道具の片付けや捕獲した精霊の輸送手続がようやく終わったところだ。

 捕獲したシルフやピクシー、ウンディーネは三百体にも及んだから単純計算して参加人数の一・五倍にあたる。


「若いの、体に悪いものを飲んでいるのう。ミネラルウォーターにしなされ」

 おたけ様こと竹乃が柏木にミネラルウォーターを差し出してきた。彼女はいくつも持ってきていたらしく、自分の分を開けて飲み始めた。

 それを見た桃瀬が思い出したように尋ねた。

「そうだ、おたけ様……竹乃さんはあのコンビニと何の関連が?」

「あのコンビニはわれがオーナーじゃからの。水を司る竜神であるからには水にはこだわりたいのじゃ。コンビニならいろいろな水を取り寄せられる。世界にはいろんな水があるな、見沼も負けておれん。あ、ちゃんと役所には副業申請はしておるぞ」


 ……竜神が地方公務員でコンビニ経営者。しかも、きちんと副業申請までして人間のルールを守っている。どっから突っ込んだらいいのだろう。さすがの榊も戸惑っている。榊の経験をもってしても、人間に化けて社会生活を送っている神様なんてそうそういないからなのだろう。

「だから敷地が市有地だったのですか」

「ああ、市長に頼んで敷地を借りて、ミナノ親子をあそこで住み込みで働かせている。どんな食べ物が現代にあるのか、店内放送や売っている本などでも現代社会の勉強ができるしの」


 桃瀬がさらに食い付く。

「そ、そうだ! あの親子は一体何者なんですか⁈」

 竹乃が口にしていたミネラルウォーターから離れて寂しげに話し始めた。

「ミナノエシの伝説は知ってるかの?」

「ミナノエシ?」

 柏木は不思議そうに復唱する。

「見沼に伝わる伝説の花ですね。オトコエシとオミナエシの花が同時に咲くと言われるやつ。そして、悲しい伝説がその花にはある」

 榊が代わりに答える。

「そうじゃ、仕えていた姫の恋を取り持とうとした小間使いの悲劇じゃ」

「あーーー‼ あのクズな若君に弄ばれてシングルマザーになった人!」

 桃瀬が思わず大声を上げて立ち上がってしまった。ハッとして慌てて座り直す。仮にも男性や神様がいるのに「クズ」と汚い言葉を使ってしまった。それに今の言葉ってあられも無さすぎる。恥ずかしくて顔を上げられない。

 そんな桃瀬を竹乃は軽快に笑う。

「ははは。クズな若君か、確かにそうじゃのう。我も腹が立つから若君を祟らせようとしたが、ミナノに止められたのだ。全ては自分が悪いとな。罰するのは自分だけにしてくれと」

「え? じゃ、ミナノさんはその小間使い?」

「ああ、姫と若君の前から姿を消したと伝わっているが、親子で見沼に身を投げて我の元へ来たのじゃ。さすがに不憫じゃから罰なんてできなくての。我の元にしばらく置いていたが、親子で現代に甦らせた。当事者達がいないこの時代の方が生きやすいと思ってな。少なくともあの時代よりは、シングルマザーはいろいろ保護されているからの」

「良かった。悲しいままじゃ無かったのですね、二人とも」

 桃瀬が涙ぐんでいる。柏木だけが、話の流れがわからずポカンとしている。

「優しい奴じゃの。他にも甦らせたい者はいるのじゃが、我の現在の力ではあの二人が精一杯じゃ」


?」

 榊がその部分に反応した。

「ああ、原因ははっきりしておる。外来種精霊じゃ。本来なら神より格下の精霊には負けぬのじゃが、さすがに数が多過ぎてこちらも力が削がれるのじゃ。去年から一斉捕獲してくれたおかげで、力が少し戻ってきてようやくこの姿になることができた」

「やはり、外来種精霊が沢山いると在来種は弱るのか……」

 柏木が独り言のように呟く。


「じゃ、市役所にいるのも外来種を狩るためですか、おたけ……竹乃さん」

「ああ、少しでも自分で動いて外来種精霊の現状を知りたくてな。市長の夢枕に連日立ってプレッシャーかけて職員にしてもらった」

「ならば管轄元の環境省うちに来れば良かったのではないですか?」

「そうかもしれないの。榊の家の者もおるし。ただ、国家公務員はあちこち転勤するからの。見沼の元に居続けるには市内のみの転勤の市役所がちょうどいいのだ」

「榊の家」という地雷ワードを聞いた榊の顔に青筋が立ったのを見て、慌てて桃瀬が止めにかかる。

「だ、ダメですよ。相手は神様ですからね。人間に危害加えてませんからねっ! ドSにならないでくださいよ」


「榊の家が嫌なのか?」

「まあ、いろいろと、ね」

 榊が不機嫌な声のまま答える。桃瀬は何か不穏な空気を感じた。

「そ、それよりも外来種精霊に関して竹乃さんのお力を借りたいのですがっ!」

 こういう時は話を反らすに限る。それに元々がこちらが本題だ。


「なるほど、その者の田んぼにノームが住み着いて追い出すのに説得してほしいと」

 一通り三人から話を聞いた竹乃は頷いた。

「そうなんです。おたけ……竹乃さん。伊奈さんの力になってくださ……」


「断る」


 竹乃は澄んだ声でハッキリと答えた。

「ええ? 話をここまで聞いてそりゃ無いだろ?!」

 神様相手でも口調を変えない柏木はある意味強者だ。

「他の者ならともかく、伊奈の者に力を貸す義理はない」

「だって、外来種精霊を追い出さないと竹乃さんの力だって戻らないままですよ」

 桃瀬が食い下がる。

「そなたらも伝説をもう一度よく読むのじゃな。我がなぜ伊奈の者を嫌うのか。

 あの一族はあんなことをしておいて、一度たりとして詫びもない。今の代でもそれは変わらぬ。そんな不義理な一族の末裔には力を貸せない。

 さ、そろそろ休憩も終わりじゃ。田沼課長と共に市役所へ引き揚げる。ではな」


 そう言って竹乃はスタスタと市役所職員達の元へ戻っていった。

「そんな、せっかく見つけたのに……」

「竜神も冷たいよなあ」

 二人がガックリしていると榊がポツリと言った。


「やはりダメだったか」

 何かをわかっているような口振りに桃瀬は不思議に思った。

「主任?」

「もう一度伊奈さんに話を聞いた方がいいな。それから、今日の捕獲で作った仮の分布図を田沼課長から貰わないと」

「あんなに頑なな竜神を説き伏せる策でもあるのですかぁ?」

 柏木も疲れもあって、やや投げやりに問いかける。

「いや、まだ分からない。今日の報告も兼ねて伊奈さんの元へ行く日程を調整しよう」

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