第3章ー12 食い違いの真相は?
「そうですか、やはりダメでしたか」
再び伊奈の家に訪ねた三人。事の顛末を聞かされた伊奈が納得していたように頷いた。
「え? 伊奈さんはわかっていたの?」
柏木のタメ口に榊がたしなめる。
「柏木、もうちょっと口の聞き方に気を付けろ」
(柏木さん、神様でも年長者でもタメ口って、ある意味ぶれない人ね)
桃瀬は出された麦茶を飲みながら、ある意味感心していた。
「傍系ですけど、私も伊奈一族の末裔ですからね。竜神様は我々を許してくださらないでしょう」
「伊奈一族?」
柏木が復唱するように問いかける。
「竜神伝説の一つに見沼の開発がありますね」
「ああ、桃瀬ちゃんの持ってた本にあった井沢弥惣兵衛の話」
伊奈は深く頷いた。
「伝説はもう一つありまして、見沼の開発にはこの辺りを治めていた伊奈一族も深く関わっているのです」
「あれ、確か、伝説に……」
そこまで聞いて桃瀬は思い当たるところがあり、鞄から本を取り出し、慌ててページをめくる。
「あった! 『竜神は、伊奈一族に見沼を追い出されたと、ひどく恨みました。『お前たちは不幸になる』と呪いの言葉を吐きました』 伊奈一族も見沼の開発に携わっていたのですね」
「ええ、だからうちは竜神へのお詫びと稲作ができることへの感謝を込めて、毎年取れた米を田んぼ脇に祭壇を作って捧げているのです」
「そんなことが……」
「あれ? おかしくない? あの竜神様は『詫びの一つも無い』と言ってなかった?」
「確かにそうですね」
二人が疑問を口にしている間、榊だけが何かを考えこんでいる。
「伊奈さん、確認したいのですが、田んぼの脇に祭壇を作っていると仰ってましたが、米は誰でも取れる状態ですか?」
「はい、家内からは泥棒対策にカメラを付けろとは言われてますが」
「捧げた米は回収して食べるのですか?」
「本来はそうなのですが、私の代になってから……ああ、私はサラリーマンを定年退職してから農家を継いだのでこの十年ほどなのですが、泥棒が盗むようになってしまって。だから家内にカメラ設置をしろと言われてるのですが、神様を写すようで抵抗がありましてね。警察には毎年被害届を出してはおります」
「ふむ、つまりは捧げ物を泥棒する輩がいて、竜神様へ行き渡ってないと」
「じゃ、それを竹乃さんへ伝えれば誤解は解けるのではないですか?」
「そうだよ! 早く伝えなきゃ!」
桃瀬と柏木は今にも立ち上がらんばかりの勢いでまくし立てる。
「落ち着け、二人とも。まずは泥棒を捕まえないとな。このままだと今年も盗りに来るだろうからな」
「え? それは警察の仕事ではないのですか?」
「いやあ、警察だって暇じゃない。米泥棒をどれだけ本気で捕まえようとしてるかなんて怪しいぞ?」
にっこりと笑う榊に二人は嫌な予感を感じた。
「「榊主任、まさか……」」
それから数日後。見沼田んぼの一角に応急で作った祭壇と捧げられた米。
その陰に控えている三人の姿があった。
「ううう、やぶ蚊がすごい」
桃瀬が虫よけスプレーを何度も吹き付けるため、独特の匂いが立ち込めていた。
「桃瀬君、あんまり虫よけを使うと匂いで感づかれる。控えなさい」
榊がたしなめると、柏木が何やら腰に着けていたキーホルダーらしきものにスイッチを入れた。
「超音波の蚊避けだよ。これで少しは来なくなるよ!」
(それって、科学的根拠は無いと言われていたやつじゃなかったっけ?)
桃瀬は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「っつーか、米泥棒捕まえるのは、明らかに職務と関係なくね?」
桃瀬も同じことを考えていたので、その話題に乗った。
「そうですよ。そもそも、こんなタイミング良く泥棒が来るんですか? お米だって、まだ早稲が収穫できていないから、中身は古米ですよね。バレません?」
二人からは不満が出る。当然である。二人の言うとおり精霊が出なければ職務外の行為、つまりはサービス残業である。
「ええい、ぼやくな。あとでおごってやるから!」
「うめえ棒以外の物でお願いしますよ」
「なんでわかったんだ」
「主任はバカの一つ覚えみたくうめえ棒ばかりだからですよ!」
「うめえ棒の何が悪いんだ!」
「主任のチョイスが明太納豆ピザ味というキワモノばかり寄越すことですよ! 普通は飲みに連れてってくれるでしょ!」
「二人とも、こんなところでケンカしないでください。それこそ、泥棒に気づかれますよ」
本当にこんなので泥棒が現れるのだろうか、と桃瀬は宥めながら不安に感じてきた。捕まえるにしても、持ってきてるのはエアガンに手袋と精霊対策グッズだ。泥棒が人間だった時用にロープも一応は持ってきてるとはいえ、いろいろと場当たり的なのは否定できない。
その時、暗がりの向こうから人影が見えてきた。
「よし、来たぞ! 伏せておけ!」
榊が小声で指示を出したので、二人は慌ててかがんだ。
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