第5章-10 夢の中でもぎこちない二人

「さて、大丈夫か? 桃瀬君」

 バトルを終えて榊は振り返った。

「主任、ほ、本当に怖かったです」

 桃瀬はボロボロと涙をこぼして抱き着いてきた。

「ま、毎晩、毎晩襲われて、怖くて怖くて。ひくっ」

「あ、ああ、そ、そんなに泣くな。もう大丈夫だから」

 榊は泣きじゃくる桃瀬の頭を撫でる。って、こんな対応でいいのだろうか。いや、向こうから抱き着いてきたのだし。内心はかなりどぎまぎしていた。

「わ、私は主任のことをそんな風に思ってたのかと自己嫌悪もしていて、ぐすっ」

「大丈夫だから、ほら、落ち着いて」

「そ、そんなことないのに、げ、現実でも避けてしまってごめんなさい」

「わかっているから、ほら」

「うえええん」

 榊は優しく抱き止めて落ち着くのを待った。抱き止めているこちらは全く落ち着かないが。



「落ち着いたか? とりあえずこれでも羽織って」

 榊は自分が着ているジャケットを脱いで桃瀬に羽織らせる。

「あ、きゃ、私、裸でした」

 榊から離れて慌ててタオルケットで隠す桃瀬。

「だ、だから羽織って。それか、ゆ、夢の中なんだから、あ、新しい服を出すかしてくれ」

 榊も目のやり場に困って顔を赤くしている。

「あ、そ、そうでした。えいっ」

 念じると新しいルームウェア姿になった。

「いや、なんでパジャマなんだ?」

「え、だって原状回復を念じたらこうなって」

「そ、そっか。しかし……なあ」

 榊は相変わらず顔が赤い。この子は男性の前でパジャマ姿をさらすことに抵抗が無いのだろうか?それとも自分に耐性が無いのだろうか。

「ところで主任、いろいろ聞きたいことがあるのですが」

「なんだ?」

「さきほど、あれが言ってた『この女につけ入る隙があった』というのはなんですか?」

「ああ。いくつかある。君が元々、憑依されやすい巫女体質であったこと、それからこの部屋にかかっている音楽」

「音楽?」

「音楽自体は普通だが、君との相性が悪いのだろう。これを聞くと悪いことが起きてないか?」

「そう言えば、就活の時に聞いていた時は面接は大惨敗でした。怪我もして松葉杖付いてたし、当時の彼氏に二股されたり」

「やはりな。聴くことで運気が下がり憑かれやすい状態だったわけだ。それから高梨君から聞いたが、チャームを持ってないか?」

「はい。カバンに入れっぱなしです。夢の中にも入っているかな? でも、主任からもらったうめえ棒も入ってたから、あるか」

 桃瀬がカバンの中を探るといつぞやのチャームが出てきた。しかし、以前とは違う色合いになっていた。

「何これ、こんな色ではなかったわ」

 石の色はまるで黒曜石のように黒ずんでいる。

「やはりな。こりゃまた強烈な呪いのアイテムだ。事務室にあれば気づけたが、このカバンはロッカーに入れてるだろう?」

「え?」

「恐らく、チャームこれの原料は遺骨だ」

「えええ!!」

「故人と離れたくないと遺骨をダイヤに加工するビジネスがあるのさ。ダイヤも人間も炭素だからな。元の持ち主に何かあって、占い師とやらに流れつき、インキュバスを潜り込ませたのだろう」

「やだ、これ、どうしよう」

 桃瀬は持つのも気味悪そうにつまむ。

「俺に任せろ。床を傷つけてしまうかな、いや夢だから遠慮ないな」

 そういうとチャームを床に置き、ナックルを付け直して、拳を振り下ろした。

「とりゃっ!」

 ダイヤは真っ二つに割れ、その瞬間何かキラキラした物が上に昇っていった。

「これは……」

「中に閉じ込められていた想いが昇天したな」

「身内が執着すると成仏できないと聞いたことがあります。そばに置きたいというのも、また執着なのですね」

「ああ、墓に入れるのが一番なんだが、身元が不明だからな。その占い師とやらも怪しいな。恐らく、あいつの差し金だ」

「……あの、もうひとつ聞きたいことがあるのですが、いいですか?」

「何だ?」

“あいつ”の詳しい話や夢に入ってきた方法も気になるが、それは後でも聞けるだろう、思いきって桃瀬は尋ねてみた。

「先ほどインキュバスに対して言った“大切な人”ってどういう意味ですか?」


 しまった。


 確かに先ほどぶちギレていたとはいえ、口走ってしまった。


「え?! お、俺、そんなこと言った?!」

 榊の顔がみるみるうちに再び赤くなり、妙な汗をかきはじめている。とぼけているようで、動揺しているのは明らかであった。

「はい。はっきりと」

「いいいい、いや、その、それは、忘れてくれ!」

 赤くなった顔を手で隠し、もう片手でバタバタとさせてうやむやにしようとしたが、桃瀬は引かない。

「なんでですか?」

「そ、それを聞くか?!」

「ええ、気になるし。教えてくださいよ」

 ぐいぐいと桃瀬は近づいて聞いてくる。


「ちょっと、ちょっと! 距離近い近い近い!」

「あ、すみません。コンタクトしていないから近づかないと見えなくて。」

「いやいやいやいや! だからって、目と目の間が十五センチってどうよ! 夢なんだから視力を調整してくれ! 仮にも俺は異性だぞ!? 少しは目の前の人間が異性と認識してくれっ!!」


 しまった。


 この台詞は二度目だ。これは解釈によっては恋愛ゲーのイケメンが言う口説き文句っぽくないか?

「え? …………あ、あっ!」

 ちょっとおいて、やっと桃瀬も理解したらしい。顔を離して、かしこまったものの、お互いに顔を赤くしてぎこちない。

「え、えっと、その、主任は……」

 榊は顔を反らし続けている。

「私のこと……」


「桃っちー? 榊さーん?」

 ふと声が聞こえてきた。

「主任ー! 桃瀬ちゃーん!」

 もう一つ声が聞こえる。

「あれ? タカちゃんと柏木さんの声?」

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