第3章ー2 見沼の竜神伝説

「見沼の竜神は女性なんですね。だから、市役所さんは『それらしき女性を見かけない』と言ったのね」

 パソコンで検索していた桃瀬がつぶやいた。


「『かつて、見沼という広大な沼があり、幕府から依頼を受けた井沢弥惣兵衛が見沼の開発に当たった。

 すると、夢の中に美女が現れた。彼女は見沼の竜神と名乗り、見沼から移るために開発の猶予を求めたが弥惣兵衛は無視して開発を進めた。

 間もなく弥惣兵衛は病にかかり臥せってしまった。しばらくして夢の中に再び美女が現れ、『病を治してあげますから開発を延ばしてください』と懇願する。

 一方で従者が弥惣兵衛の寝床の様子を伺って仰天した。苦しんでいる弥惣兵衛の回りを白蛇が這い回り、赤い長い舌で舐めまわしていたのだ。弥惣兵衛達は片柳の万年寺に拠点を移したところ、怪異は収まった』……ちょっと怖い伝説ですね。

 他にもお葬式から遺体を盗んだ、いたずらがひどいから木彫りの竜に五寸釘を打ち付けて封印したとか……怖いなあ」

 桃瀬が身震いする。

「それだけ竜神も力があって強大だったと言うことさ」

「でも、江戸時代って今よりもいろいろ緩やかだから、開発を待ってあげられなかったのかしら」

 桃瀬が何気なく口にすると、榊が遠い目をしてぼやき始めた。

「桃瀬君、お役人は昔も今も辛いんだよ。きっとお上からは工期の短縮を迫られ、少ない予算でやりくりさせられたんだ。工期が伸びれば人件費も嵩むからな。お上と神様との板挟み、神様の言うことも聞かなくてはならない、でもお上は厳しい。中間管理職は辛いよなあ」

「しゅ、主任。なんだか目が遠くなってます。過去になんかあったのですか?」

 桃瀬の問いかけに榊はハッとして正気に戻ったようだ。

「あ、ああ、いかん。ちょっと現状と重ね合わせてしまった。ところで柏木、ノームの方はどうだ?」

「ネットだと、一般的なことしか乗ってないですね。小柄な老人で赤いとんがり帽子を被り、手先が器用で気難しい。土を司る精霊であると。ざっくりし過ぎてるなあ。書棚になんか無いかな」

 柏木は立ち上がって書棚の資料を探し始める。何冊か取って、席に置きページをめくり始めた。

「しかし、さっきの話からして、迷惑はかかっているけど、危害ってほどではない。ということは十条三項精霊ではないから、抹殺ではなく、捕獲して送還なのでしょうが、素直に応じますかねえ?」

 本をめくりながら、柏木が疑問を呈する。

「うーん、市役所の話からして俺達の説得も無理なのじゃないかな?過去の事例を検索するにしても、精霊部門自体が去年からの組織だからあまり資料はない。全国のデータベースの検索でも、ノームについては目撃情報はあっても捕獲にまで至ってないようだな」

 精霊部門はこのさいたま市だけではなく、全国各地に存在している。事例が少なさをカバーするため、データベースがあり情報を共有しているのだ。


「じゃ、やはり竜神を探して協力を依頼ですかね。人間に協力してくれればいいのですけど。……あれ?」

 桃瀬はパソコンを検索していた手を止め、すっとんきょうな声をあげた。

「どうした、桃瀬君」

「竜神伝説の最後は幾通りかあるのですね。最終的に見沼の開発による消滅に伴い、千葉の印旛沼へ引っ越した説、氷川女体神社の池に引っ越した説、印旛沼に行ったけど望郷の念にかられて見沼近くに戻ってきた説。どれが本当なんでしょう? 千葉まで行かないとならないかしら?」

 暑くなってきたのだろう、桃瀬は髪の毛を引き出しにしまっていたバナナクリップでまとめながら悩み始めた。

「いきなり印旛沼へ行っても空振りになるだろう。出張旅費も無駄になるし、市役所さんにも資料を頼むことにしよう」

「そうですね。神様だから大丈夫と思いますが、外来種精霊に圧されていなければ良いのですが」

 桃瀬の不安げな言葉に榊も同じような不安がよぎった。

 しかし、それを守るためにあるのが我々精霊部門だ。職務は全うせねばなるまい。

 榊は気を引き締めて資料を探すのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る