第1章-10 榊の意外な正体(いろんな意味で)

「まずい、弾の残数が一桁になってきた……」

 桃瀬はエアガンを打ち続けて、外来種精霊を縛り付けていたが、それも限界に近づいていた。

「桃瀬さん、早く中へ!!」

 後方からはアドイが呼び掛けている。

「アドイ、ありがとう。でも、そこはあなた達が避難する場所よ」

(それに、あの禍々しさはコロポックル達の結界も破りそうだわ)

 外来種精霊は少しずつ近づいてきている。あと二メートルと言ったところだろうか。

(殉職したら、二階級特進かなあ……。まさか、防衛省や海保ならいざ知らず、環境省勤務で殉職するとはねえ)

 じりじりと外来種精霊やつが近づいている。

(なんか、ホラー映画のワンシーンみたいよね。ジャパニーズホラーだと、主人公でも最悪な目に遭ったり呪われて、アメリカンホラーだと危険な所へ首を突っ込んでやられるのよね)

 ピンチの時ほど、どうでもいいことが浮かぶ。これも走馬燈の一種なのだろうか。

(そういえば、柏木さんが『抹殺もあり』と言ってたな。抹殺ってことは倒し方あるのよね。武闘派じゃないから、教えてもらえなかったのかなあ。精霊の倒し方、独学でも勉強すればよかったなあ)

 そんなことを考えている間にも弾は減っていく。たった今、最後の弾を撃ったところだ。引き金を引いても空打ちの感覚しかない。

(……主任、間に合わなかったか)


 突然、外来種精霊に何かがぶつかった。その衝撃で外来種精霊はよろめいている。

(え? 何? 今の?)

 ぶつかったものは上空を飛び、旋回して桃瀬と外来種精霊の間に立ちはだかる。その威圧感は凄まじく、精霊はややたじろいでいる。

「カラス? いえ、足が三本あるから八咫烏?」


「榊主任の使っている式神ですよー!」

 数メートル離れたところから、柏木の声がする。よく見ると榊もいた。

「柏木さん!? 主任!?」

「良かった。距離的に間に合わないかもと、式神を飛ばしたのは正解だった。桃瀬君、ご苦労だったな」


 八咫烏は榊の元へ戻り、一枚のお札に戻った。

 桃瀬は事態が飲み込めず、戸惑っている。

「式神って?」


「話は後だ。まずはこいつを片付ける」

 榊は精霊に向かって手を組み、印を結び始めた瞬間、光らしきものがそこから発せられ、精霊にぶつかる。


「桃瀬ちゃん、こっち、こっち。あれから離れた方がいろんな意味で安全だから」

 柏木が桃瀬の肩を抱き、安全な所へ誘導する。

「でも、主任は……?」

 衝撃をくらった精霊は倒れたが、起き上がり、狙いを榊に定めている。

「大丈夫、大丈夫。まあ、見てなって。主任が来たからには大丈夫だから」


 立ち上がったものの、精霊はよろめいており、攻撃もおぼつかない。

「いい加減にくたばったらどうだ」

「フッ、サスガダナ……」

「こりゃ、驚いた。日本語を話すのか」

「ワレラノアイダデモ、オマエハユウメイダ。サカキノニンゲンメ!! シネ!」

 精霊が邪悪な手を掲げたその時。


「うるせぇ!」

 榊が鮮やかな右ストレートを精霊に食らわせた。

「グホッ!?」

 虚を突かれた精霊は再び倒れる。

「あん? 貴様も榊の家のことを言うのか?覚悟できてるだろうなあ?」

 榊の言葉にドスが利き始めてきた。指をポキポキと鳴らし始め、別の意味の戦闘モードに入っている。

「どいつもこいつも、二言目には榊、榊ってやかましいわ!」

 精霊が倒れているところに、榊は容赦なくヤクザキックをかます。


「あ、あの。榊主任って何者なんですか?」

 桃瀬がようやく言葉を発する。

「主任は知られたくなかったから隠していたのだけどさ、日本有数の拝み屋『榊家』の直系なんだよ。榊家って知っているよね?」

「知ってます、この精霊問題が報じられるようになってからは、度々名前が出てきたから。精霊部門うちが発足するまでは、民間の拝み屋が悪質な精霊の捕獲をしていましたから。中でも榊家あそこはダントツの実績をあげていて、今も環境省うちに協力してくれている凄腕の一族ですよね」

「主任は榊家の直系の次男坊なのさ。だから精霊部門うちへ配属されたってワケ」

「単なる同姓だと思ってた……。でも、序盤はともかく、なんか荒れてません?」

「ああ、家業継ぐのを嫌って公務員になったらしいんだよね。だから榊家のことを出されると不機嫌になるんだ。あの精霊も抹殺モノだけど、その前にボコボコにされるな、ありゃ」

「主任が知られたくなかったのは、榊家の人間ということですか?それとも、ドSな自分を見られたくなかったということですか?」

「さ、さあ。両方じゃない?」


「俺はなあ、国家公務員になって霞が関へ行って官僚となって、国会議員と渡り合いたかったんだよ!なのに、こんな事態になって榊家の息子だからって似たような仕事するハメになったんだ!貴様らのせいでなああああ!!」

 榊は相も変わらず蹴りをかまし続ける。先ほどまでの邪悪な精霊も、単にボコられる雑魚キャラと化してしまった。

「イ、イヤ、ソンナコトイワレテモ……」

「うっせえ、元々貴様は人に害なす精霊だ。容赦しねえぜ」

 榊は新たな印を組み始めた。精霊もそれが己の止めを刺す印と気づき、懇願する。

「マ、マテ、ソレダケハヤメテクレ」

「あん?聞こえねえなあ」

「キコエテイナイッテ、ワザトダロ」

「ガタガタ言うな、かわいい部下を殺そうとしたこと、忘れたとは言わせねえぞ。『在来精霊保護にかかる外来精霊に関する対策法、略して在外精対法の規則十条第三項』に基づき抹殺する!臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行!!」

 九字を切って、呪文を唱えた瞬間、精霊の体が八つ裂きとなり断末魔の声を上げて消失した。


「……すごい、主任」

「ああ、あの人は別格だよ。素手で精霊つかめるし、武器が無くても凶悪な精霊を難なく倒す」

「でも、根拠法令の第二項 で『 みだりに外来種疑いの精霊を捕獲してはならない。』ってあったはずでは?」

「十条第三項には『ただし、人に危害を与える恐れがあるときはその限りではない。』とあるんだ。拡大解釈で危害加える奴は抹殺OK。だから、大丈夫」

「はあ、すごい。……でも、主任、本当ほんっっっとうにドSですね」

「ま、まあ、そこは聞かなかったことにするよ」


 完全に精霊が消失したのを見届けた榊はメガネを直し、二人に向かってにっこりと微笑んだ。

「やあ、無事で良かった桃瀬君。コロポックルを守ってくれてありがとう。じゃ、帰ろうか」

「は、はい。た、助けていただきありがとうございますっ!」

「いや、部下を守るのも上司の役目さ」


「さすがは主任ですねえ。じゃ、桃瀬ちゃん、車が近くにあるから乗ろう」

 柏木が桃瀬をリードして帰ろうとしたその時。

「柏木、お前は桃瀬君が乗ってきた電動チャリに乗って帰れ」

「ええ?!」

「当たり前だろう。盗難にあったら困るから、そんなもの置きっぱなしにはできない。それに、桃瀬君がこんな目に遭った後、一人で夕闇の中、チャリを漕がせるのか? ドロップキックの代わりにそれで勘弁してやる」

「……はい」

 しょげる柏木を後目に榊はにっこりと微笑んだ。

「じゃ、桃瀬君、帰ろうか。超勤はつけていいからね」

「は、はい」


(主任、ただ者ではないわ。いろいろな意味で。でも、とても頼りになる上司なのは間違いないわ)

 桃瀬は戸惑いながらも榊に尊敬の感情を抱き始めていた。

「ところで、榊家……いえ、ドロップキックって何のことでしょうか?」

 尋ねた瞬間、これ以上は無いくらい、しかし、含みのある笑顔で榊は答えた。

「桃瀬君、知らない方がいいこともたくさんあるよ?」

「は、はい」

(ヒッ! さっきのドSになりかけてる! 榊家のことホントはもっと聞きたいけど、触れないようにしよう)

 一抹の不安も同時に抱き始めたようだ。


「うう、主任、絶対に桃瀬ちゃんと二人きりになるために仕向けたよな、とほほ」

 そして、夕闇の中、チャリを走らせる柏木の姿があった。


 ~第1章 了~

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