第2章 外来種でも動物?あやかし?

第2章ー1 一通の投書

 環境省の出先機関「外来生物対策課 精霊部門」は歴史が新しい部署である。

 十年前の「さいたま大震災」以降、精霊達が可視化される現象が起き、その中に日本由来の精霊が少ないことに危機感を抱いた環境省が法律を制定し、全国各地の管理事務所に精霊部門を設置したのは昨年のことだ。


 その一つ、さいたま管理事務所はさいたま新都心にあり、今日も職員達が公務に勤しんでいる。


「はあ、次から次へと外来種の情報が来るなあ。『ゴブリンが震災で空き家になった家に住み着いて困ってます。駆除してください』って、スズメバチじゃないんだから」

 パソコンを立ち上げ、メールフォームを開いた柏木が早々にぼやく。

「ぼやくな、柏木。市民の通報は貴重な情報源だ。外来種精霊の分布図作成も捗るし、問題意識が浸透してきた証だろう」

「そうなんですけどぉ、シルフの通報はありきたりだし、ピクシーは俺にとってはトラウマになりつつあるし、もっと、こう、捕獲しがいのある外来種無いですかね?」

「お前なあ、なんかのゲームと勘違いしてないか?こないだ片付けたヴォジャノーイや“白い手を持つもの”で充分じゃないか」

 榊がたしなめるが、柏木は指を振り、「チッチッチ」と舌打ちをした。

「いや、こう、手応えが欲しいんですよ。今度の人事評価の目標に『外来種を五種類狩る。』と書こうと思うし」

「それ、却下だ」

「ええ?!」

「お前なあ、目標には他にも『外来種問題の啓発活動』とか『在来種の保護』とかあるだろ。なんでハンター目指してるんだよ。こないだの宮原町の座敷わらし保護だって立派な仕事じゃないか。何が不満なんだよ」

「あれ、保護というより悩み相談でしたよ。申請者からはわらしの家出を止めるよう説得してくれと懇願されるし、わらしは『あの申請者ニートに愛想が尽きた。あれをなんとかしろ』と言われるし、板挟みだったんですから」


 そんな二人のやり取りを聞いて、庶務課から書類の束を抱えて戻ってきた桃瀬はクスリと笑った。


「なんか、掛け合い漫才みたいで面白いですね。二人とも」

「なっ……!」

 榊は内心では柏木と一緒にされたのを不快に思ったが、反論するのも大人げないと思い黙っていた。

「あの、柏木さんの要望にお答えできるかわかりませんが、庶務から宛先不明の手紙がきたとのことで預かってきました。多分、うち宛てだから差出人へ連絡してくれと」


「なんて手紙?」

 桃瀬は書類の束を置きながら着席し、読み始めた。

「ええと、長いからざっと概要のみ言うと、『最近コウモリが多いので、外来種ではないか。』というお手紙ですね。内容からしてネットが使えないお年寄りっぽいです」

「それ、外来種対策課でもただのコウモリならば精霊部門うちではなく、動植物部門じゃないの?」

 柏木がやる気無さそうにひじをついて答える。

「ええ、私もそう思うのですが。中身をよく見ると微妙なんです。

 詳しく読みますと、『拝啓 環境省様 私は大宮在住の年金暮らしの老人でございます。主人は二年前に亡くなり、姪が住んでいる大宮へ移ってきました。

 さいたま市は政令指定都市ながら、ここ、大宮は緑も多くて落ち着いており、穏やかに暮らしておりましたが、近頃やたらとコウモリが多いのです。それに合わせたかのように近所から犬猫が消えるようになりました。もしかしたら、あれはコウモリでも外来種の吸血コウモリか吸血鬼であり、犬や猫は犠牲になっているのではないでしょうか。姪も不安がっております。どうぞ、調査をお願いします。 中津川ミサヲ』ですって」


 桃瀬が読み終えると柏木は腕組みをして悩んだ。

「うーん、確かに微妙な内容だ。吸血鬼なら確かにうちだけど、吸血コウモリなら動植物部門だし。日本には吸血タイプはいないからね」

「って、吸血鬼って人型のあやかしですよね。ならば密入国で、入管の管轄ではないのですか?」

「いや、そうとも言い切れないぞ」

 榊が二人の会話に入ってきた。

「吸血鬼はコウモリの姿に化けて家に侵入するというからな。コウモリの姿なら荷物に紛れて持ち込まれてしまうから、確かに環境省うちの管轄だ」

「確かにバンパイアって、パスポート持てませんものね。偽造するにもバンパイアと人間がタッグを組まないと難しそうだし。でも、動物コウモリの持ち込みなら検疫だから税関のような……」

「ホントは税関と入管と環境省うちが押し付けあって、うちが負けたって話だぜ」

 柏木がこっそりと桃瀬に教えてきた。

「ええ~?! なんという行政の綱引き!もうちょっとうちも頑張ってよ」


 桃瀬の嘆きをよそに、榊が話を締めにかかる。

「とにかく、調査に行くぞ。吸血コウモリなら動植物部門へ引き継げばいいからな」

 榊はジャケットを羽織りながら立ち上がった。

「あれ? 主任、動植物部門の方と一緒ではないのですか?」

 桃瀬は慌てて立ち上がりながら質問する。

「ああ、あちらは岩槻地区にて発生したタイワンヘビ騒ぎの真っ只中だ。近隣自治体との対策協議やら、一般からの問い合わせ電話の対応に追われている」

「毒蛇でしたっけ? 確か、ペットが逃げ出して繁殖したと言われているのですよね?迷惑な話ですね」

「ああ、外来種動植物も精霊も原因は人間であって、彼らは基本的に悪くないのだけどな。だから、今回の調査は俺達だけだ。車の手配を頼むぞ、柏木」

「へーい。もしも、バンパイアだったらどうしよう……」

 不安げに柏木がつぶやくので、桃瀬は肩をポンと叩き、励ました。

「柏木さん、大丈夫ですよ。十字架はシルバーアクセであちこちに沢山売ってるから、何か買っておけばいいし、逃げる時は橋を渡って川向こうへ逃げれば追ってこれないです。バンパイアって、流れる水を横切れないんですって」

「へえ、変な弱点あるんだな、バンパイアって」

 感心する柏木に榊は冷ややかに咎めた。

「……柏木、職歴浅い後輩より勉強してないってことがバレてるぞ」

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