第4章ー9復讐は炎の彼方

 季節は春と言うにはまだ肌寒い三月の晩、陽斗は人々のざわめきで目が覚めた。まだ夜中の一時だ。それなのに外がざわついている。人間だけではない。二軒隣の横川さん家の飼い犬のエルサまでやたらと吠えている。何かがおかしい。


 陽斗は起きて両親の元に行った。

「ママ、何か外がざわざわしている。エルサも吠えているよ」

 陽斗の母親はパジャマ姿のまま貴重品をバッグに入れているところだった。

「ああ、陽斗。起きたのね。起こそうと思っていたところなの。どうも近所が火事らしいのよ。今、パパが様子を見に行っているから、もしも近ければ避難の準備しなくてはならないから洋服に着替えておきなさい」

「はあい」

 火事か。すぐに見に行きたい衝動はあるけど、パジャマ姿をクラスの奴に見られたら学校でいじられる。それにパジャマだけでは外に出たら寒い。

 服はそのまま寝てもいいようにスウェットスーツに着替えた。これでもまだ寒いかもしれないがら、コートを羽織ればいいだろう。

 窓から見ると確かに西の空が明るい。すぐそばのようにも感じるが、ママはさっき「火事は近く見えるものだ」と言っていた。西の方角、確か公園があるのも西だった。

「大丈夫……だよね?」


「ただいま」

 パパが戻ってきたが、焦った声ではないから近所ではないのだろう。やれやれ、やっと寝られる、と思った次の瞬間耳を疑う言葉を聞いた。

「いや、住宅ではないよ。ほら、あそこの公園が火事なんだ。園内の樹が燃えているらしい」

 なんだって⁉ ⁉ 桜の樹は無事なのか⁉理桜は無事なのか⁉

「ぼ、僕、公園行ってくる!!」

「陽斗! 待ちなさいっ!」

 両親の制止を振り切って陽斗は駆け出した。理桜、無事でいてくれ、消火活動はまだ終わらないのか。まだ空が明るいということは燃えているということだ。他の樹が燃えているんだ、きっとそうだ。そう言い聞かせながら走り続ける。


 公園に着いた時、数台の消防車と野次馬でごった返していた。

「不良がタバコを消さずにいたらしい」

「いや、季節外れの花火をしていたというぞ」

「危ないですから離れてくださいっ!」

 そんなどうでもいいざわめきばかりが聞こえてくる。

「あの桜の樹も燃えてしまったらしいわよ」

「あらあ、残念」

 今、なんて言った。だと⁈

 陽斗は人混みを抜けて、裏道を回った。確か植え込みの隙間からこっそり出入りできる所がある。夏に理桜と見つけた抜け道だ。

 消防の人の目を盗み、公園内へ入った。

「理桜、理桜ーっ!」

 桜の樹のそばに着いた時、陽斗の目に入ったのは燃え盛る桜の樹だった。

「理桜ーっ! どこだ!どこにいるんだ!」

 呼び掛けるが、理桜の返事は無い。

「君っ! どこから入ったんだ! 離れなさいっ!」

 消防士の大人達に見つかり、捕まえられて外へ追い出されそうになる。

「理桜が、友達が!!」

「子供はいなかったぞ。だから帰りなさい」

「嫌だ、理桜ーっ!」

 その時、陽斗の視界の隅に不思議なものが入った。

 火だるまの人間、いや、悠々と動いている。まるで炎をまとった人間だ。

「消防士さんっ! あそこ、火だるまの人がいる! 早く消してっ!」

 陽斗は引っ張られながらも叫ぶ。

「うん? 誰もいないぞ。」

 そんなはずはない、今も悠々と歩き、他の樹に炎を撒き散らしている。

「いるよ! あそこ! あいつが火を付けている!」

「バカ言うな、火が燃え広がっているだけだ。さ、もう近づくな」

 大人には見えないのか⁈僕が止めるしかない!大人達の手を振り切って、陽斗は炎の人物へ向かう。

「止めろー! 燃やすな!」

 炎の人物を掴もうとしたが、すり抜けてしまった。代わりに手には熱い感覚。

「熱っ!」

「バカ野郎! 炎に突っ込むな! おい、救急へ運べっ!」

 本当に大人達にはこの炎の人物が見えていない。どうしてなんだ。


 右腕を中心に火傷を負った陽斗は応急処置を受けたあと、救急車に乗せられた。

(理桜……嘘だろう? 君がいなくなるなんて)

 陽斗は涙が止まらなかった。この数か月、確かに僕達は親友だった。例え、人間と精霊と種族は違えど親友だった。それがこんな形で潰えてしまったのだ。

 少ない雪で泥だらけの雪だるま作ったり、水溜まりの氷をどれだけ綺麗に取れるか競ったこと。二度目の春の時になったら言えていない言葉を言おうと思っていたのに。


 それよりも、あの炎をまとった人間。あれは多分人間ではない。理桜と同じ精霊だ。でも、こうやって火事にするから悪い精霊だ。きっと、理桜が言っていた外国産の精霊。それも理桜を殺すくらい質の悪い奴だ。

「あいつ、絶対に許さない……!!」

 陽斗の心に復讐の念が沸いた瞬間であった。


「見たところ腕の火傷だけのようだね。でも、喉を火傷していると気道熱傷と言って、息ができなくなるから病院で念のため検査するからね。それから君、名前と生年月日、住所は言える?」

 病院へ搬送される車内で、隊員が陽斗に尋ねてきた。後で両親の元へも連絡が行くだろう、叱られるなと思いつつ、陽斗は答えた。

「はい、柏木陽斗。平成十九年四月一日生まれです。住所は……。」

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