第5章-2 精霊も逃げ出すうめえ棒(ゲテモノ系)
環境省の出先機関「外来生物対策課 精霊部門」は歴史が新しい部署である。
十年前の「さいたま大震災」以降、精霊達が可視化される現象が起き、その中に日本由来の精霊が少ないことに危機感を抱いた環境省が法律を制定し、全国各地の管理事務所に精霊部門を設置したのは昨年のことだ。
その一つ、さいたま管理事務所はさいたま新都心にあり、今日も職員達が公務に勤しんでいる。
「桃瀬君、メールで概要は読んだ。その人はすぐに来るのか?」
「はい、命に関わると警告しましたから。って、そこのドアの前にいる方がそうです」
「すみませーん、こちらに桃瀬さんという方はいますか?」
開庁と同時にイタリアンレストランの男性がやってきた。やはり命に関わると言われたからには直ぐにくるだろうと思っていたから、特に驚きはしなかった。
男性は名刺を取り出し、畑野と名乗った。
「土日の間にちょっと調べたのですが、姿を現さない精霊なのですね。いやあ、私は運が良かったのですかね。偶然環境省さんに見つけていただいたから」
畑野は安心したのか、応接ソファでリラックスした雰囲気で話し始めた。
「精霊部門の主任の榊と言います。話は大体桃瀬から聞いていますが、いつからその状態に?」
「一月くらい前からですね。食べているはずなのに食べ足りなくなってしまって。なんと言うか、皿の半分くらいしか食べてない感覚なのに、料理がもう無いということが増えました」
「典型的なアルプ・ルーフラの行動ですね。横から食べ物を掠め取っていくから食べたりなくなる」
「家族にもびっくりされるし、同僚にもドン引きされて飲み会に誘われなくなるし、いろいろ支障は出ていたのです。それにいつも食べ足りない空腹感もありました。過食症か何かの病気かと思ったのですが」
「主任、なんでまたこんなマイナーな外来種精霊がいるのでしょうね?」
柏木が素朴な疑問を口にする。
「ああ、諸説あるがフードファイターが意図的に現地へ行って取り憑かせるらしい」
「へ?」
「食べているように見えて、実際には精霊が横取りするから食べていない。しかも精霊は見えないからフードファイターには理想的だろ?」
「うえええ、そこまでするか」
「その取り憑かせたフードファイターが餓死して、離れたのがこうして野生化したのではないかと言われている」
「死ぬのは自業自得だろうけど、いろいろありえへんって」
柏木が頭をブンブン振るのを尻目に桃瀬は眠気と闘っていた。
(いけない、眠いけどお客さんいるし、頑張らなきゃ。コーヒー飲もう)
「それで、私はどうすればいいのでしょう? 何かお札やお守りでも持つのですか?」
畑野が心配そうに尋ねる。
「ええ、こちらもちょっとだけ調べたのですが、見えないため取り除くのが難しいと」
「そ、そんな! では私は助からないのですか!?」
畑野の顔色が青くなっていくのがわかる。桃瀬は眠い頭ながら、なんとか助ける方法がないか思案するが、いかんせん眠い。うまく頭が働かない。
「まあ、落ち着いてください。記録の中にアルプ・ルーフラから助かった男の記述がありました。その男は敢えて塩辛い干し肉ばかり食べて数日過ごした後に横になっていると、喉が渇いたアルプ・ルーフラが出てきたので川の水を飲んでいる隙に逃げてきた、とありました」
それを聞いて畑野は困ったような顔になった。
「実は高血圧なので医者からは塩分を控えるように言われているのですが」
それなのにイタリアンでたらふく(実際にはそうではないが)食べていたのか。いろいろ危機感無い人だと桃瀬は思ったが、眠いのもあって黙って聞き流した。
「では、短期決戦と行きましょう。畑野さん、今日は時間は大丈夫ですか?」
「はい、仕事は休みましたから」
「では、会議室へ異動しましょう。あ、桃瀬君、自販機から水を何本か買って運んでくれ」
ついでにコーヒーのお代わりも買ってくるかと、桃瀬は少々ふらつきながらも立ち上がった。
「桃瀬ちゃん、大丈夫?」
「すみません、柏木さん。ちょっと寝不足なだけです」
「よし、水も揃ったし準備できたな」
「あの? 何をするつもりですか?」
畑野が不思議そうな顔をするのを尻目に榊は持ち込んだ段ボール箱を開けるとうめえ棒を取り出した。ご定番の明太納豆ピザ味、期間限定のバナナ中華くらげ味、さそりの唐揚げ味、羊の脳ミソ味といつもの通りゲテモノ系のものばかり出してきた。
「すみません、聞かれてしまっては作戦に感づかれますから筆談に切り替えます。さすがに日本語までは読めないでしょうから」
榊はそういうとタブレットの画面に記入し、畑野に見せた。
『この菓子は近くの店で調達したものです。これらを水無しでひたすら食べてください。二時間くらいしたら机に突っ伏して寝たふりでいいから寝てください』
「えええ!?」
『アルプ・ルーフラは変わった味のパサパサなスナックばかり食べさせられて、必ず隅に置いた水を飲みにあなたから離れます。そこからは我々に任せてください』
「こ、これを本当に食べるのですか?」
『ええ、塩辛い干し肉よりは塩分少ないですし。なあに、ちょっとの辛抱です。いくつかは精霊が食べますし』
『大丈夫ですよ。俺達も食べさせられているけど、一本でも水が欲しくなるから二時間も食べてりゃ魔物も離れますって』
柏木がフォローにならないことを入力して見せる。
「まあ、わざわざ調達してくださったものですし。取り憑かれたままでは死ぬし……わかりました! 食べます」
わざわざではなく、榊の常食だと知ったらどんな顔をするのだろうと桃瀬は思ったが、突っ込みを入れる元気は無かったので黙っていた。
『いいですか、水は絶対に飲まないでください。大人数でいるとあちらも警戒しますから我々は一旦退席します。二時間後に来ますが異変があれば、すぐにそこの内線で三番を押してください』
「ちょっとだけ、精霊が気の毒ですね。畑野さんもですが」
事務室に戻った桃瀬が心底同情したように言う。
「でもさあ、この件が無ければあのうめえ棒は俺達に回ってきたんだぜ。今回は外来種精霊に感謝だ」
柏木が事後報告のための上申書を作成しながら答える。本来ならば10条3項精霊は決裁を取ってから討伐なのだが、今回みたく緊急性の高い場合は上申書を出すのが慣わしだ。
「それもそうですね。」
「ん? 何か言ったか?」
「「な、何でもないです、主任っ!」」
結局、一時間もしないうちに内線がかかってきた。寝てもいないのに「こんなん食えるかぁ!」とアルプ・ルーフラが飛び出したらしい。駆けつけた榊がさくっと九字を切り始末した。
「精霊でも逃げ出すうめえ棒ゲテモノ系、すごいですね。ふああ」
珍しく桃瀬が大あくびをするので、榊が意外な顔をして聞いてきた。
「桃瀬君、寝不足か?」
「はい、ちょっと昨夜は寝つき悪くて」
正確には金曜日の夜からだが、そこまで説明するほどでもない。
「そっか、今日は月曜日だし、無理せずに早く帰っていいぞ」
「そうさせてもらいます」
昼間は眠い癖に夜になると寝苦しい。どうしたものか。桃瀬はお代わりのコーヒーを飲み干しながら悩むのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます