第3章-7 手掛かりはコンビニに
「はい、ご協力ありがとうございました」
またも、桃瀬が聴取に回ることになった。武闘派組に比べれば桃瀬の担当は緩い案件が多いため、余裕がある彼女が調査を行うのが効率がいい。とはいえ、さすがに千二百ヘクタールもある見沼田んぼ全部を回るのは不可能なため、さいたま市ホームページに紹介されている散歩コースの中から、竜神伝説と関連が深そうな「氷川女体神社と歴史コース」を歩きながら道行く人に尋ねていくことにした。
「こういう調査を去年は二人でしてたのか……キツいわ」
桃瀬は無免許のため、北浦和駅から市立病院前行きのバスに乗り、「浦和市立博物館」に到着した。ここにも見沼の資料がいくつかあるため調べたのち、散歩コースを歩いていく。
見沼田んぼは、散歩コースを歩く人や、自然見学の子供達や家族連れも多いため、聞く人間は結構いる。ただ、見学に来たということは外部の人間でもある。聞き込みをしても竜神伝説には詳しくない者がほとんどだった。
「地味な作業よねえ。ま、ちょっとした観光と思うか。次は竜神が引っ越した説がある氷川女体神社へ行きますかね」
大宮の氷川神社が須佐之男命を祀っているのに対し、こちらは須佐之男命の妻である
「さて、着いた。うわ、ここもシルフが多いなあ」
境内の中にはシルフがかなりの数が飛んでいる。神域は精霊たちにも心地良い場所らしい。
なんだか気になるが、今日は外来種の調査ではないため手袋は持っているが、籠は持っていない。
「
地図を見ると、神社の中には池は見当たらない。隣接している見沼氷川公園に池が2つあり、どちらかなのだろう。
「片方の池はわからないけど、片方は『見沼で執り行っていた“
そういえば、市役所からは見沼田んぼのウンディーネとピクシーなどの一斉捕獲の許可依頼もあった。うちの精霊部門発足に伴い、去年から一斉捕獲を行うようになったらしい。なんでも、ピクシーが農作物をむしったり、稲穂を結んで農家の人を転ばせるなどイタズラがひどいのだそうだ。
「本当に深刻ねえ……」
神社に参拝に来ていた人や公園で遊んでいた親子などにも聞き込みをしたが、結果は芳しくなかった。
「暑ーい、そろそろ日焼け止め塗り直さないと」
夏の日差しはジリジリと照りつけてくる。木陰を歩いたり、日傘などで防御しているが、それでも紫外線は攻めてくる。
「うう、せめて曇りの日を選べばよかった」
歩道の隅っこにより、傘を指したまま鞄を探る。日焼け止めを取り出して開けるが、中身が出てこない。
「やだ、切らしちゃった」
強い日差しに当てられて汗も沢山かいたため、いつもより塗り直しが多かったのだ。
「参ったなあ。ちょっと早いけど、お昼休憩にしますか。近くのコンビニで日焼け止めとランチを買おう」
幸いなことに、検索するとすぐ近くにコンビニがあることがわかった。ついでに飲み物も買って水分補給をしよう。そう考えながら、コンビニへたどり着き、店内へ入った。
「あった、あった日焼け止め。あとお昼ご飯とドリンクも……うわ、なんかわからないけどミネラルウォーターがやたら充実してる」
ドリンクの棚の二面ほどがミネラルウォーターであった。日本国内はもちろん海外のミネラルウォーターが種類豊富に揃えてある。
脇には「常温の水もございます」の貼り紙まであった。
確か、フランチャイズのコンビニでも日本酒の品揃えに特化して、ほとんど酒屋という店があると聞いたことがある。きっとここもミネラルウォーターにこだわりがあって、このような品揃えなのだろう。
「せっかくだから、ミネラルウォーターにしようっと」
レジまで持っていくと、レジの店員の女性の名札が「見沼」ということに気づいた。
名前からして地元の人かもしれない。そう思った桃瀬は身分証を掲示して尋ねることにした。
「すみません、環境省の精霊部門の桃瀬と申しますが、見沼の竜神伝説について……」
「え?!」
口上を述べた瞬間、女性が戸惑ったように声をあげた。何か自分が変なことを口にしただろうか。
「見沼田んぼの外来種精霊対策に竜神伝説の検証が必要なんです。出来れば竜神の目撃とかあればいいのですが」
「わ、私は何も知りませんっ!!」
ここまであからさまに動揺して否定されると怪しい。
(まさか、この人が竜神様? 女性だし。いや、いくらなんでも、そんなベタベタなことあるわけがない。それに竜神がコンビニ店員って、どんなラノベよ)
桃瀬が疑いの目を向けたその時。
「ママー、お腹空いたー!」
小さな女の子がバックヤードから出てきた。
「こら、あちらのお部屋で待ってなさい。もうすぐお昼にしましょうね」
「はーい」
いや、この女性は違うだろう、少なくとも竜神は子供がいなかったはずだ。ヌゥは竜神の子供という設定だが、あれはさいたま市が作った架空のゆるキャラだ。
「かわいいですね、お子さんですか?」
「はい、保育園の空きが出るまでは連れて出勤していいとオーナーから許可を貰ってるので」
「いいオーナーさんですね」
桃瀬は子供に向かって話しかけた。
「名前は何て言うの? いくつ?」
「みずきというの、三つ!」
「好きなものはなあに?」
「お水!」
三歳児で水が好きとはなかなか渋いセンスだ。
「水が好きなの?」
「うん! ママとみずきを助けてくれたの!
水の神様なの! だから水が好き!」
「水の神様?」
意外な台詞が三歳児から出てきたから気になってもっと尋ねようとした。
「みずき、早く部屋に戻りなさい! お昼はオムライスにしてあげるから!」
「はーい」
みずきは従業員休憩室へ引っ込んでしまった。
いつの間にか後ろに人が並んでいたこともあり、桃瀬はそのまま会計を済ませ、コンビニから出た。そのまま公園でサンドイッチをかじりながら考え込む。
「絶対にあの親子は何か知ってるわね……」
「もしもし? 竹乃さん? 私です、ミナノです。あの、今、環境省の人が竜神伝説を探っているらしいのです。気をつけてください」
『あい、わかった。しかし、何だか面白そうだのう』
「おたけ様! ……いえ、竹乃さん、私は心配しているのですよ! まだ本調子ではないのですから、あれこれ関わらないほうがいいですよ!」
『まあ、わかった。気をつけるぞ。じゃ、そろそろこちらも昼休みが終わるから切るぞ』
「はい、本当に気をつけてください。では」
「ふむ、環境省か。まあ、そのうち顔を合わせるじゃろうて。さて、仕事に戻るかの」
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