第2章-3 吸血鬼だけではなさそうな問題
「まあ! また兄さんたら昼間っから酔っぱらって! すみません、ちょっと失礼します」
芙美子が慌てて玄関口へ移動して男に応対する。当然だが、榊達が帰るには玄関を使わなくてはならないから、帰り道を塞がれた格好となる。
「兄さん! お客様がいるのだから静かにしてください!」
「おう、すまねえなあ、芙美子でもいいや、金貸してくれねえか? 大学教授様の裕福な奥様の妹君なら、ちょっとくらいあるだろう? 今度の競馬、確実な予想で確実に当たる確実な競馬なんだよ」
酔っぱらっているためか、怪しい日本語で男は喚き続ける。
「いい年して情けないこと言わないでくださいっ!」
派手なやり取りが居間にまで聞こえてくる。榊は無表情で待機しているが、柏木と桃瀬が気まずそうな顔をして所在なさげにしている。
そんな様子を見たミサヲが手を壁に当てながら立ち上がった。
「すみませんの、お役所の皆さん。どれ、わしが行ってくるかの」
ミサヲはそういうと、玄関へ壁伝いに歩いて移動した。
「こら! また来たのか政夫」
「おう、これはこれは叔母様。今日もご機嫌麗しゅう」
「何をバカなことを言っておる。さっさと帰れ。お客様がいるのにみっともない」
「なあに、すぐに帰るさ。ちぃーっとばっかし、金を貸してくれたらな。今度の競馬で必ず当てて返すからよお」
「バカを言え、わしは自分の生活する分しか年金をもらっとらん。それに芙美子は啓治さんの留守を守るためにこの家とお金を任されているのであって、酒とギャンブルに費やしているバカにやる金はびた一文無いわ。」
「へっ、その啓治義兄さんの家に居候しているクセに偉そうに言ってんじゃねえよ」
「わしはちゃんと生活費を年金から出しておる。お前と一緒にするな。それにちゃんと施設が空いたらそこへ移るプランが進行中じゃ。お前のような穀潰し、いや、今どきの言葉で“にぃと”に言われたくないわい」
(なんだか、あのお婆さん、挑発してません?)
(うう、早くこの場を去りたいっす)
柏木と桃瀬はそっと玄関先を覗いて声を潜めて会話を交わす。
(しかし、あの政夫って人、典型的なクズだなあ)
(あまりにもお約束なダメ人間ですね)
「二人とも、いつ中津川さん達が戻るかわからないから覗くな。それから私語は慎め」
「は、はい」
榊に注意されて二人は慌てて座り直す。
「とにかく、働かずにギャンブルで楽しようとする甘ったれに貸す金などわしも芙美子も無いっ! 帰れ! 警察呼ぶぞ!」
ミサヲの老婆とは思えない迫力のある声は榊達の居間にまで響いてきた。
「へいへい、叔母さんの仰る通りで。今日は退散してやらあ」
強がっているが、政夫の声には震えがある。相当な威圧感に戦いたのは確かだ。
バタバタと帰っていく音がして、ようやく静かになり、二人が戻ってきた。
「お見苦しいところを見せてすみませんな。甥なのですが、働きもせずギャンブルばかりで。姉さんも男の子だからと甘やかして育てたからの。わしは何度もたしなめたのだが」
事情を聞かされても、正直反応に困る。桃瀬と柏木は困惑したが、榊は冷静に答えた。
「いろいろ苦労されていらっしゃるようですね。念のため聞きますが、政夫さんはよくこちらへいらっしゃるのですか?」
「いえ、叔母さんが
「芙美子、余計なことは言わんでいい」
余計なことと言っても今更な気がする、と二人は思ったが、大人の対応で黙っていた。
「とにかく投書の件は継続して調査します。これにて失礼します」
榊はあくまでも冷静に挨拶し、二人を連れて山中家を出た。
「うはあ、とんだとばっちりだった」
事務所に戻り、桃瀬の入れたコーヒーを飲みながら柏木が盛大にぼやいた。
「確かにドラマでもあんなコテコテのはないだろうって展開でしたね」
「しかし、吸血鬼疑い案件は手掛かり薄いね」
「野良犬は保健所が頑張ったかもしれないし、ムクドリはカラスなどに縄張りを追い出されたのかもしれないし、猫の死体は変質者路線も捨てきれないし」
「でも、コウモリの異常発生もあるから、やはりうちの管轄なのかもしれない、と」
「でも、やっぱり動植物部門じゃないかなあ」
「或いは、人間による偽装工作」
榊がパソコンから目を離さすに一言言った。
「「偽装工作?」」
「ああ、なんとなくな。あの甥からして、お金で揉めてそうだったし、庭先の猫は甥か誰かの山中家に対する嫌がらせかもしれない。しかし、山中さんはともかく、中津川さんは嫌がらせに怯えるようなタイプではないな」
「確かに中津川さんって、吸血鬼が化けたコウモリくらいなら素手で叩き落としそうです」
「俺、あのお婆さんが竹槍でB29を撃墜させたと言っても信じる」
二人ともずけずけとと言うようになったものだ。榊は呆れながらも二人に言った。
「……お前らなあ。とにかく、コウモリの件は確かに異常だし、猫の件も場合によっては動物虐待で警察案件になるかもしれないから、あらゆる視点で慎重に調査を進めるぞ」
「「はいっ!」」
「それからな、柏木は吸血鬼の勉強をちゃんとしとけ。桃瀬君より知らないのは問題だぞ」
「……はい」
(本当に、人の嫌がらせ行為だと良いのだけどな。)
榊は心の中の懸念は口に出さずに、パソコンにタイピングを続けるのであった。
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