第2章-4 聞き込み、ほとんど探偵。

「はい、ご協力ありがとうございました」


「ふう、手掛かりなし、と」


 翌日から本格的な調査を開始することになり、ちょうど仕事が落ち着いた桃瀬が聞き込みに回っていた。

 役所の身分証を見せれば大抵は協力してくれるが、中には個人情報保護を理由に断る者もおり、なかなか調査が進まない。警察ほどの強制力はないから仕方ないとはいえ、もどかしい。

「あと、あそこで井戸端会議してる奥様たちに聞いてみますか」

 日差しが気になるからか車庫の屋根の下にておしゃべりをしている三人の女性達がいる。紫外線よりおしゃべりなのだろうか。屋根の下ではあるが、一人はサングラス、一人は大きめの帽子にストール、一人は肘までの手袋をしっかりとしている。そこまでしておしゃべりしたいのかとも思うが、情報が得られるかもしれない。


「あのう、すみません。私、こういう者ですが、最近こちらで変わったことがありませんでしたか?」

 サングラスの女性が、名刺をしげしげと眺めた。

「あら、役所の人? 何かあったの?」

「いえ、こちらに外来種の恐れがあるコウモリの目撃情報があったものですから」

 いきなり吸血鬼と言って、不安に陥れてはまずい。理由の一部だけを言うことにした。

「でも、名刺には精霊部門とあるわよ?」

「はい、動植物部門は現在、岩槻の毒蛇対応に追われていまして、今回は代理できました」

「ああ、そういうことね。コウモリねえ、確かに増えたなとは感じるけど、日本のコウモリとの違いなんてわからないし、どうかしらねえ。ミヤコちゃん、何か知ってる?」

 ミヤコちゃんと呼ばれた手袋の女性も首を傾げる。

「さあ……。よっちゃんは何か聞いたことある?」

「コウモリって血吸いコウモリかしらね? 山中さんの家に血を抜かれた猫が死んでいたとか、鳩が投げ込まれていたって、警察に通報して騒ぎになってたわ」

 よっちゃんと呼ばれた帽子の女性も汗を拭いながら答える。

 山中家のことはこの辺りでも知られているようだ。

「まあ、そんなことあったの? 怖いわねえ」

 サングラスの女性は大げさなくらいに身震いをした。

「でも、あそこはいろいろあるから、誰かの嫌がらせかも」

 ミヤコは意味ありげに呟く。

「誰かの嫌がらせって、どういうことでしょうか?」

 やはり嫌がらせ路線なのかと思いつつ、桃瀬が質問をする。

「あそこ、親戚のお婆さんが来てから奥さんのお兄さんが集りにくるようになってね。ほら、ギャンブルばかりして働かないってやつ。いつも追い返されては塩を撒かれているから、その人が逆恨みしてやったのじゃない?」

「あらあ、もしかしたら、そのお婆さんの金目のものや遺産目当てに怯えさせてから、心臓麻痺が何かでポックリと逝かせる作戦? 怖いわねえ」

 よっちゃんは大げさに腕を組んで震える仕草をした。

 あのお婆さんに限ってはそんな企みは無意味だと思ったが、とりあえず黙っておく。

「むしろ、愛人の嫌がらせじゃない? あそこ、ずっと旦那さん、見かけないでしょ?

愛人の元に入り浸りって噂よぉ」

 サングラスの女性が声を潜めて新たな説を繰り出してきた。

「「まあ、そんなことになってたの?!」」

 残りの二人がそれに食いつき、そのまま昼ドラ張りの山中家憶測大会になってきたので、桃瀬は挨拶して彼女らから離れた。


「主婦って、恐ろしいわね……」


 次はタバコ屋の前の喫煙所に向かう。妖怪にはタバコの匂いを嫌う者が多いが、屋外にて一定の人数が集まっていることから喫煙者が何か見ているかもしれない。


「コウモリ? わからねえな」

 喫煙所のサラリーマンは首を傾げる。やはりここも手掛かりはなさそうだ。

「他にも、例えば不審な人物とか見かけませんでしたか? 外来種以外にも動物虐待の噂があるので、おかしな挙動した人がうろついてるとか」

「おかしな、というか格好が目立つ人ならばいたな」

 別のサラリーマンが答える。

「全身黒ずくめで、頭にもフード被ってまるでどっかの秘密結社みたいな人」

「全身黒ずくめですか……いつ頃からですか?」

「確か、一ヶ月くらい前からかな。よく夕方に見かけるね。ああ、あの人だよ」

 煙草を持った手が示した方向を見ると、確かに黒ずくめの人が立っていた。イスラム教徒が着るヒジャブにも似ているが、頭は頭巾のように巻いていて、ヒジャブよりも露出度は低い。そして長袖に手袋とフル装備なため、確かに目立つ。

 黒ずくめの人物(何せ男か女か解らないのだ)はこちらの様子に気づいたのか、立ち止まり、桃瀬の方をじっと見ている。

(噂していたからなのか、指差ししたのがバレて不快にしたのか、クレーム入れられたらまずいなあ)

 しかし、特に何を言う訳でもなく、すぐに立ち去ったので杞憂に終わった。


「ああ、びっくりした。怒らせたかと思った。ごめんね、俺が指差したからかな。ね、目立つでしょ?」

「いえ、そんな謝らなくてもいいですよ。ご協力ありがとうございました」

 桃瀬は礼を言って喫煙所を後にした。

「次は交番で聞いてみますか」


「うーん、動物虐待事件ねえ」

 尋ねられた警官も腕組みをして、やや困惑している。

「はい、外来種疑いのコウモリの仕業かどうかわかるかと思ったのですが」

「確かに、山中さんの家に変な猫や鳩の死体があったと通報はあったねえ」

「他には無かったのでしょうか?」

「あまり、警察は喋る訳にはいかないのですよ。申し訳ないのですが。でも、ちょっとだけ言うならば」

「ならば?」

 もったいぶるように警官が話す。

「猫はともかく、鳩はあれは食用鳩だと思うね」

「食用の鳩?」

「ああ、ジビエ料理が流行っているでしょう? 今は通販で買えるから。本官が現場を見たのだけど、山中さん家のあれは町にいるドバトではなく食用のキジバトだったからね。少なくとも鳩に関しては動物虐待案件ではないと考えます」

「へえ、詳しいのですね」

「ああ、個人的な話だけど、自分もジビエ料理好きでボタン鍋とかお取り寄せするから。通販サイトだと『ジビエ・キッチン』が有名だよ」

「ジビエ・キッチンですね、ちょっと調べてみます。ありがとうございました」

 なんとなくどこかで聞いた名前だと思いつつ、交番を出ると夕方になっていた。コウモリがいないかと、空を見渡すと確かにコウモリの群れがいた。ざっと見て数十羽はいるから確かに異常だ。

「確かにこりゃ、すごいわ」


「なんか、桃瀬ちゃん、探偵みたいだね」

 事務所に戻り、報告を聞いた柏木がコーヒーを飲みながら言った。五時過ぎているから今日も残業コースは確実だ。

「最初のバンパイアはどこへ行ったって感じですよね」

 桃瀬はパソコンにタイピングしながら話す。


「でも、コウモリの異常発生は本当だし、手掛かりは無しだから、まだグレーですね。……あ、あった、ジビエ・キッチンのサイト。うわ、本当に野生のものが沢山あるわ」

「どれどれ、俺も検索して見るか……うわお、羽根つきの鳥、内臓入りやら、毛皮付きの肉やら、ちょっと慣れないとグロいかも」

「『初心者は精肉をお勧めします。』そうよね。皮を剥いただけのウサギまるごとなんてビジュアルきついわー」

「確かにこれの羽根つき鳥を投げ込まれたら、知らない人はびびるな。榊主任が言ってた偽装工作路線は当たっていたのかなあ」

 柏木が画面をスクロールしていきながら推理をしていく。

「現時点ではなんとも言えないですね。人間の仕業なら容疑者は政夫、謎の黒ずくめさん。動物ならば外来種の吸血コウモリ、うちの仕事ならバンパイア。はあ、長引くのかなあ」


「あらゆる角度から分析も大事だぞ。あ、これ、差し入れ。途中で買ってきた」

 榊が菓子の袋を持って事務室へ戻ってきた。

「お疲れ様です、主任、ご馳走さまです」

「主任、貰う立場だからなんですが、なんでいつも“うめえ棒”のめんたい納豆ピザ味なんてマニアックかつ、手がベタベタするもの買ってくるんですか」

「俺が好きなんだよ。変わった味って、それだけでもワクワクするじゃないか。あ、ちゃんとウェットティッシュもあるぞ」


(主任って、もしやゲテモノ好きなんですか?)

(ああ、変わった味の菓子だけではなく、変わった食材にも目がない。こないだは両国のももんじ屋というジビエ専門店に連れてかれたなあ)

(じゃあ、このサイトも会員登録してそうですね)

「何をこそこそ話してるんだ。とにかくだ、いろんな可能性を考えること、人間には話せないことを尋ねるというのもありだな」

(人間には話せない……彼らかしら?)

 桃瀬は明日、彼らに尋ねてみようと思い、差し入れのお菓子をかじった。


「うは、本当にめんたい納豆ピザ味だわ……」

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