第2章-5 お茶、時々事件。

「それはまた大変そうなお仕事ですな、桃瀬さん」

「本当に面倒だわ。それにしてもこのお茶、美味しいわね」

「ありがとう。アドイは茶を淹れるのがうまいからの」


 ここは三室自然緑地の一角、コロポックルの集落。在来種でも生息圏が違う“国内外来種”のため、移送の手続きが終わるまで、精霊部門が保護している精霊達だ。

 緊急連絡用の携帯の電源確保のため、モバイルバッテリーを交換を定期的に行う必要があり、安全確認も兼ねてこちらへ来ている。

 とはいえ、いつかの外来種精霊騒ぎのようなことが起きない限りは、まったりとしたやり取りで平和的だ。


「お茶でもどうぞ」と、コロポックルの長に勧められたので、ちょっとだけお茶休憩をしている。

「お菓子もありますよ」

 コロポックルの若手のアドイがお菓子を出してくる。人間用の湯飲みといい、お菓子と言い、どこから用意するのだろう。もしかしたら、主任がポケットマネーで差し入れしているのかもしれない。……だって、差し出したのが、うめえ棒のめんたい納豆ピザ味だし。

 まあ、センスはともかく、あの主任はそういう気遣いができる人だ。……地雷を踏まなければの話だが。

「ありがとう、でも公務員はお茶しか貰ってはいけないのよ」

「人間の世界とは面倒くさいものですのう」

「ええ、出先でお高いケーキ出されても断らなくてはならないのよ。いつか、炎天下の中で訪れた先で『かき氷作りますよ』と言われた時は泣く泣く断ったわ」

「……なんか、食べ物の恨みというか、悔しさの実感がこもってますな」

 桃瀬があまりにも力説するので、長はちょっと引きながら答えた。


「あと、公務員は職務上知った秘密は漏らしちゃならないの。家族にも言えないのよね」

「ほう、ならばわしらには話していいのかのう?」

 桃瀬は不敵なウインクをしながら答える。

「ええ、守秘義務は人間にだけ適用じゃないかしら? だからあなた達になら話しても大丈夫でしょう」

「ハッハッハ、それもそうじゃ」

 思わぬ返しに長は豪快に笑った。


「それに人間以外の視点から、アドバイスを貰いたかったのもあるわ」

「ふうむ、そうですなあ」

 長はあごひげに手を当てて考え込む。

「事実がいくつか混ざっているように感じられますな」

「混ざっている?」

 桃瀬が不思議そうに尋ね返す。

「鳩の件は皆さんが言う通り、人間の何者かがわざと仕掛けたのでしょう。そういう人間の仕業と、外来種精霊……厳密にはバンパイアは精霊ではありませんが、それも紛れて活動しているような感じがします」


「同時に並行して起きているということか。うーん。確かにバンパイアがコウモリに化けていればそれは外来種コウモリになるし。全部が当たっているということか」


「しかし、その芙美子さんと言う人間は悲しい人ですな」

 意味ありげに長が言うものだから、桃瀬はなんだか引っかかった。

「え? 旦那さんは単身赴任、高齢の叔母さんとの慣れない暮らし、バカ弟が集りにくる。確かに大変だけど、……悲しい人?」

「もし、またその人間に会いに行くのなら、あちこち観察してみると良い。手掛かりはあるはずじゃ」

「そうね、確かにまた聞き込みしないとならないし。お茶、ご馳走さま。そろそろ戻るわ。話を聞いてくれてありがとう」

「ああ、頑張りなさい」


「長、ちゃんと解説しなくて良かったのですか?」

 アドイがカップを片付けながら長に聞く。

「アドイもわかったか」

「ええ、なんとなく。コロポックルの勘としか言えないのですが、推理はできます」

「あの子も自力で結論を出さないと、成長せんだろうからな」

「桃瀬さん、人間の中でも美人ですから、バンパイアに狙われないといいですけどね」

「やはりお前もバンパイアがいると思うか」

「はい、これだけ外来種精霊がいるのですから、外国産のあやかしだっているでしょう」

「あとは榊さん、いや環境省がなんとかしてくれるのを待つしかないのう」


「うわ、こんな時間! お茶しすぎた! まずいっ!」

 何気なく時計を確認した桃瀬は予定よりかなり遅刻しているのに気づいた。

 慌てて電動アシスト自転車の元に駆け寄り、出力をフルにして緑地から漕ぎだそうとした時、スマホが鳴った。ディスプレイを見ると事務所の番号が表示されている。これは早く帰れというお叱りに違いない。


「もしもし、桃瀬です。すみませんっ! すぐ帰り……え? また山中さんの所で血の無い動物の死体が見つかった? すぐに山中さんの家に行く? 判りましたっ! すぐに事務所へ戻りますっ!」

 また事件が起きてしまった。急いで帰らないと。改めて桃瀬は電動アシスト自転車を漕ぎ出した。

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