番外編 榊の休日
番外編 榊の休日・序
(作者のちょっとした注意書き・作中に出てくる店名や施設はもじってますが全て実在します。ご興味を持たれた方は謎解きをしてお出かけにいかがでしょうか。では、番外編をお楽しみください)
本日は休日である。
けたたましい目覚ましの音で榊は目覚めた。
「なんだよ、まだ……あ、そうか。今日は約束していたのだっけな」
いつもより早い時間に鳴った理由を思いだし、目覚ましを止める。ぼんやりとした頭で天井を眺める。
窓から入る朝の日差しがとても眩しい。そして眠い。
うとうとと二度寝しそうに鳴った時、今度はスマホが鳴り響いた。眠りを妨げられた榊は不機嫌に電話を取る。
「もしもし」
『おはようございます! 桃瀬ですっ! 起きてますか?』
「あ、ああ、起きているさ」
まずい、部下には寝ぼけた声なんて出せない。慌てて取り繕うがバレてはいないだろうか。
『そうですか、寝ぼけていたように思えたから良かったです。今日、新都心駅の改札口ですよ。と言っても改札口は広いですから目印は昨日も言いましたがカフェタマルシェです! 十時ですからね! どうせ朝ごはん食べないでしょうから、そこでモーニングでも食べててください!! では、また後でっ!』
一気にまくし立てられて電話を切られた。全てを見透かしたモーニングコールだったようだ。榊はノロノロと起き上がった。
「さて、支度するかな」
駅からバスで三十分の独身世帯用の官舎の一室。築年数はそれなりに経っているが、民間から借り上げたアパートのため、設備はまだ新しい方である。幹部クラスでもないと築五十年の建物がザラであるから、恵まれている方だ。
独身者用の官舎であり、部屋もワンルームに近いから収納もあまりない。クローゼットを開けて洋服を眺めながら悩み始める。
「……しもむらとユークロの服しか無いんだよな。ダメ出しくらいそうだが、しょうがない。あ、チェックは止めよう」
榊はもそもそと着替え始めた。
カフェタマルシェはさいたま新都心駅の改札口にある埼玉県の魅力を発信するというコンセプトのカフェであり、メニューも狭山茶を使ったラテや、毛呂山産の柚子を使った柚子蜜ドリンクなど埼玉県産の食材を使用している。
榊は待ち合わせ時間の一時間前にカフェに入り、カウンター席に着いてモーニングコーヒーとスクランブルエッグセットを注文した。トーストにサラダ、スクランブルエッグとベーコン、コーヒー込みで五百九十円だからお得だと言える。榊はそれを食べながら回想する。
「……なんで、こんなことになったんだっけ?」
話は炎の魔人、イフリートとの直接対決前に遡る。
妹の悠希にからかわれ、桃瀬に何かのスイッチが入ったのか、『主任の脱おっさん化を図り、余計な心配をされない計画』を実行すると一方的に宣言されたのであった。イフリートの出現予告があり、その対策に追われていて一時は頓挫したと思っていたが、解決した途端に再燃したらしい。
榊は反論しようとしたが、「では、メンズファッションのブランドを三つあげてください。ただし、検索禁止」との問題に撃沈してしまい、なし崩し的に買い出しに行くと決まってしまった。
しかし、桃瀬が言っていた「ファッションはしもむらで固め、合コンではうめえ棒の美味しさを語ってドン引きされたのではないか」という指摘は図星であった。彼女は超能力者なのかと思うくらい勘が鋭い。
「いいじゃないか、好きな物を熱く語る男ってモテそうじゃないか」
榊は霊能力が一般より桁違いだが、感性や味覚もまた桁違いのようだ。
「あ、いたいた。おはようございますっ!」
モーニングを食べ終え、コーヒーを啜っていたら桃瀬が入ってきた。彼女は待ち合わせだと店員に告げて榊の隣に座り込む。
普段のスーツや作業服とは異なり、カジュアルな格好だ。ブランドはわからないが上品にまとめられている。
「ちゃんと起きられました?」
「ああ、だからこの通り。そっちこそ、電車は大丈夫だったか? さっき架線にウィル・オ・ウィスプがひっかかったとかアナウンスが聞こえたが」
「ああ、それは高崎線の下りですから無関係です。じゃ、それ飲んだら一駅だけですが、大宮駅へ行きましょう!」
「ところで、そこのコクールタウンや都内じゃなくてなんで大宮なんだ?」
「何言ってるんですか、休日とはいえ、職場そばの施設じゃ誰に出くわすかわかりません。変な噂が立ちます! それに、榊主任はきっと都会慣れしていませんから、地元で大きめの街と言ったら大宮です。そこで慣らしていきましょう」
思い切り失礼なことを言ってくれるが、確かに滅多に都内へは行かない。
「それって、大宮に失礼じゃないか?」
「大宮を侮ってはいけません! マルタもあるし、高遠屋もあります! ルミール大宮にそのう、アルシエーナだってあるから買い物には困りませんっ!」
桃瀬は何故か力説する。大宮に何か思い入れがあるのだろうか。
「で、今日の予算はどのくらい持ってきたのですか?」
「え、ああ、二万円。」
金額を聞いたとたんに桃瀬はため息をついた。
「足りません。全然足りないっ! クレカはありますか?」
「あ、ああ。職場の共済で作ったやつなら」
「ならば、それで補えますね。じゃ、主任の脱おっさん化計画始めますかっ!」
そう言うとにっこりと桃瀬が微笑んだ。その笑顔はこれからどんなファッションの荒波に放り出されるのか言う恐さもあったが、かわいいと思ったのも事実だ。
「じゃ、支払いするからちょっと待っていて」
榊がカバンから財布を取り出したのを見た桃瀬はまたも盛大なため息をついた。
「え? 何かまずかったか?」
「……主任、三十過ぎた男の財布がマジックテープなのはいただけません。寄るところが一つ増えましたね。」
……かの有名な『支払は任せろー』のアスキーアートを自分がやらかしていたのを榊は、今、この瞬間に自覚した。
「マジックテープ、便利なんだがな……」
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