最終章-12 仕事納めはうめえ棒で〆るべし

 あれから数週間過ぎた。クリスマスは過ぎ、今日は二十八日、つまり仕事納めの日である。

 ここ、精霊部門でも仕事納めで軽く飲み会が行われるはずであったが、桃瀬と柏木は黙々とデスク回りを片付けていた。

「主任の机も、上だけでも片付けておきますか」

 重たい沈黙の中、桃瀬が柏木に問いかける。

「ああ、そうだな。戻ってきた時、散らかっていたら悲しいものな。皆からの差入れのうめえ棒も溜まってきたし、ちょっとまとめるか」

 柏木が答えて、デスクの上の書類や菓子を揃え始めた。


 あれから榊の行方はわかっていない。公務中の行方不明であるから無断欠勤にはならないものの、主任不在のまま業務は行われていた。このまま行方不明の状態が続けば年明けにも主任の代理が立てられるだろう。水面下で後任の選定が進んでいると桃瀬も耳にしていた。

「でもさあ、二十一日間無断欠勤だと懲戒免職処分ってきついよな。桃瀬ちゃんの証言が無ければ無断欠勤扱いだもん。立ち会ってくれて良かったよ」

「いえ、足を引っ張ってしまいました。主任は私を助けようとして本の中へ……」

 そのまま桃瀬が泣きそうになるので、柏木は慌てて打ち消す。

「桃瀬ちゃんのせいじゃないよ。現に震災を引き起こした元凶は封印できたのだし、それは桃瀬ちゃんのおかげだよ」

 件の小六法は榊家が救出方法の検討のために預かっている。しかし、封印を解くと天狗雄太も出てきてしまうため、難航しているようであった。

「本の中でも喧嘩しているのかな。主任がキレる元凶でもあるし、不毛だなあ。ははは……はあ」

 柏木は明るくしようとおどけて言うが自分で空しくなったのか、しおれるようにため息をついた。

「じゃ、片付いたから俺は退庁するけど、桃瀬ちゃんはまだ居る?」

「はい、まだ片付けています」

「本当に気を落とさないでね。主任のことだからきっと戻ってくるさ。じゃあ、良いお年を」

 そう言って柏木は退庁していった。桃瀬は榊の机を見る。事情を知った人たちが榊が戻ってきた時にとうめえ棒を差し入れをしていったのでかなりの数が置かれている。しかし、これでは死んだ人のお供え物みたいで桃瀬は不快だった。

「賞味期限もあるし、少し食べておくかな」

 デスクの上にあるうめえ棒を一本を取り、開けてかじってみる。口の中に明太納豆ピザ味が広がる。いつもならうんざりするところだが、悲しい感情しか出てこない。

 一本、また一本と食べていくうちに涙が止まらなくなってきた。

「主任、本当に帰ってきてくださいよぉ……。一緒に靴を買いに行く約束してたじゃないですかぁ……」

 スナックだから食べ過ぎて口の中が痛くなってきた。でも、食べないと余計にメンタルがもたない。涙の味も混ざってきて訳がわからなくなっても桃瀬は泣きながら食べ続けた。


「う、ううん」

「目覚めたか、ドS公務員」

「あれ? おたけ様?」

 榊はガバっと慌てて起きる。なんだか霞みがかかった空間であり、暑くも寒くもない。地面の感触も絨毯のような床のような、不思議な感覚だ。現実離れした所にいるのは間違いない。

「ずいぶん気持ちよさそうに寝てたぞ」

 竹乃が呆れたように榊を見る。

「……あれ、俺は確か彩湖公園でクソ兄貴を本に封印して、悪あがきで一緒に本の中へ引きずられたはず。でも、おたけ様がいるから本の中ではないのか?」

「ここは我、つまり神の領域だ」

「神の領域?」

「人間界ではない、精霊や妖怪のいる世界でもない、全く別の領域じゃ」

「なんで、俺はここへ?」

「人間界以外にも様々な異界があちこちにある。早い話が人間界から本の中の異空間へ行く途中に我の領域があって、そなたが引っ掛かったのだ。お前は我と関わりが深くなっていたため引っ掛かったのだろうな」

「そ、そうだったのか。で、クソ兄貴はどこへ?」

「あやつはそのまま小六法の中の空間へ行ったぞ。まあ、あのままではらちが明かないだろうから、あの本は鞍馬山へ預けるといい。鞍馬天狗が根性を叩き直すと言っている」

「おたけ様が話を付けたのですか?」

「いや、鞍馬天狗がお主へ伝言してくれと。せっかく仏法に帰依してイメージアップに成功したのに、そなたの兄のせいで天狗全体がイメージダウンして迷惑をこうむっていると。だから鞍馬の天狗たちが天狗としての正しい生き方を叩き込むそうじゃ」

「伝言って俺、戻れるのかな……そうだ!俺、どのくらい寝てましたか」

「うむ、五、六時間くらいかの」

「良かった、そんなに時間が経っていない」

「いや、人間界とここは時間の流れが違うから人間界あちらは二週間は経ってるぞ。確か今は仕事納めだったかな」

「えええ⁈ そんな、俺、二十一日無断欠勤で懲戒免職処分になってしまう!」

 榊は頭を抱えた。

「お主なあ、心配するのはそこじゃないじゃろうに」

「え?」

「ほれ、あそこを見ろ。お主の帰りを待って泣き崩れているぞ」

 竹乃が指を指した先には大きな鏡があり、そこには泣きながらうめえ棒を食べている桃瀬の姿があった。

「桃瀬君!」

 榊は駆け寄るが、こちらの姿や声はわからないらしく、桃瀬は変わらず泣き崩れている。

「約束したのじゃろ? デートするって。約束はちゃんと守ってやれ」

「え、だから、俺は戻れるの? 天狗の世界へ行って天狗になるのなら、この理論で行くと俺は神になるのでは?」

「たわけ、そんな簡単に神になれるか。ああ、もう、ごちゃごちゃ言ってないで戻すぞ。ほれ!」

 そう言って竹乃は榊を鏡の向こう側へキックして蹴落とした。

「全く……こっちへ来ると時間の流れが速いから休暇が湯水のように無くなるリスクを取って、わざわざ来て戻してやったのじゃ。感謝するのじゃな。やれやれ、人間というのは本当に世話が焼ける存在じゃの」


 何本目かわからないうめえ棒をかじっていると、後ろで何か落ちるような派手な音がした。

 荷物が崩れたのか、それとも誰か来たのだろうか、泣きながら駄菓子を食べているところを見られてしまったとしたらかなり恥ずかしい。

 慌てて涙をぬぐい、音のした方へ行くと榊が倒れていた。

「榊主任⁉ しっかりしてください!」

 慌てて抱き起すと榊は気が付いたようだった。

「あれ? ここは事務所?」

「主任!」

 桃瀬は泣きながら榊に抱きついた。

「お帰りなさい、主任。ずっと、ずっと、待っていたのですよ。良かった、本当に良かった」

「あ、ああ、桃瀬君。心配かけたな」

「本当ですよ。どれだけ心配させるのですか」

 榊は体を起こし、桃瀬をしっかり見つめて言った。

「腹、減ったな。うめえ棒の匂いがする」

「え? うめえ棒なら机まで取りに……」

「いや、これでいい」

「え?」


 初めてのキスはうめえ棒の明太納豆ピザ味がした。


 ~了~

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環境省外来生物対策課さいたま管理事務所精霊部門 達見ゆう @tatsumi-12

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