第4章ー12 大胆な予告

 あれから更に一月ほど経った。火野の報告からは火災は発生しているものの、火の不始末など原因がはっきりしているもの、目撃される外来種精霊もトカゲ型のサラマンダーのみという報告であった。柏木も一旦現場の立ち合いは控え、調査と対策に明け暮れる日々を送っていた。


「はー、今日も仕事が終わった! じゃ、お先にっ!」

「おう、お疲れ。例の所か?」

「はい、なんとか様になってきました」

「よし、あとは実戦でどこまでできるかだな」

「はいっ! そろそろ備品も本格的に揃えます!」

「ケガにだけは気を付けろよ」


 柏木はバタバタっと作業服のまま、荷物を抱えて退庁していった。

「柏木さん、張り切ってますね」

「長年の因果に決着をつけるのだろう。親友の仇だからな」

「ええ、でも、話からして親友というか初恋に近い気がします。相手は女の子ですし。きっと淡い初恋を消されたという想いも抱えていますよ。切ないですね」

 桃瀬が切なげに書類に目を落とす。

「そうか?」

 対照的に榊はキョトンとした顔で答えるところ、女性の機微やら何やらは無頓着なのが伺える。

「主任って、恋ばなに鈍感ですね。柏木さんにも言われてましたけど、そんなんじゃ、モテないですよ」

「え、いや、そんな。そうなのか?」

 桃瀬にため息まじりに冷ややかに指摘されて狼狽える。そういうのとは無縁の世界で生きてきたのだろうかと桃瀬が疑うには十分な答えであった。

「そうですよ、だから妹さんに変な心配されるのじゃないですか。私服はまさか、しもむらで固めてません? 合コンでうめえ棒の美味しさばかり語ってません?」

「え?! ダメなのか?!」

 この驚きのリアクションからして、どうやらどちらもビンゴらしい。

「……主任、もしかしたら両方図星なのですね。……よし! 今日はノー残業デーですから、ここは新都心ですし、あそこのコクールタウンで服を調達しましょう!ショッピングモールですから服屋は沢山あるし! あ、もちろんしもむらはナシですから! まずはファッション面を鍛え直して脱・おっさん化を図りましょう!」

「えええ?!」

 桃瀬に妙なスイッチが入ったらしく決意を口にし、榊がうろたえたタイミングで事務室の電話が鳴った。ランプの位置を見た桃瀬が怪訝な顔をする。

「あれ? 裏番号での着信ですね」

 榊もディスプレイを見て首を傾げる。裏番号とは、一般には知らせていない職員専用の電話回線のことだ。一般の番号は業務時間外には繋がらなくなるため、時間外の連絡はこの番号で行うことになっている。

「公衆電話……柏木がケータイでも置き忘れたか?」

 悩んでも仕方ない。榊は訝しみながらも受話器を取った。

「はい、精霊部門です。」



『やあ、久しぶりだな』

 電話の向こうには懐かしくも忌々しいあの声が響く。

「……なぜこの番号を知っている。外部には秘密の番号のはずだ」

『そんな細かいことを気にするな。ところで、仕事はどうだ?』

「そんなことに答える義務は無い」

『つれないなあ。ま、お前の仕事内容は把握している。そこで特別に情報提供だ』

「情報提供?」

『君たちが追っている炎の魔人、つまりイフリートタイプの火の外来種精霊の情報だ』

「貴様が操っているのか?」

『そこに関してはノーコメントだ。それより情報は知りたくないのか?』

「……情報とは何だ」

『イフリートの次の出現場所さ』

「場所?」

『ああ、火と人が多いところに出やすい。そういえば再来週の土日に、さいたまワンダーアリーナでフードフェスタが開かれるな。肉フェスだっけ? 肉を焼くのに火は欠かせないよね』

「まさか、人が沢山集まるイベントを狙っているのか、貴様!」

『さあね。ま、ヒントは与えたよ。君たちのお手並み拝見とさせてもらおう。じゃあね』

「おいっ!!」

 そこで電話が切られてしまった。

「主任……。まさか」

「犯行予告ってやつさ。悠希に連絡して急いで武器を完成してもらう。消防局やおたけ様にも連絡して協議せねばならない。済まないが、買い物はまた今度だ」

(電話の相手は主任の家族? 魔人を自由に出現させられるの? そしてこの態度、その家族と確執があるのかしら)

 桃瀬は不安げな顔で榊を見るが、不穏な雰囲気を感じて黙るしかないと感じるのであった。

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