第5章-8 榊、コロポックルにまでおちょくられる

「本当にお世話になりました」

「ようやく故郷へ帰れますね、長」

 コロポックル達の引っ越しの日。榊達は見送りに来ていた。

 精霊を運ぶと公にすると騒ぎになり、密猟を企てる輩もいるため、ペットを運ぶのと同じケースに入り、車で駅まで運んだ後、新幹線で移動する手筈になっている。

「まあ、犬猫と同じ扱いなのは少々不本意ですが、人間達を欺くには仕方ないですの」

「まあまあ、ちゃんとペットケースの中もドールハウス職人によって快適な新幹線座席シートのコロポックルサイズにしてありますし、新幹線移動なんていい待遇ではないですか」

 榊が宥めるのを柏木は容赦なく突っ込む。

「その新幹線も囚人移送で警備が厳重だからという理由だけどな」

「柏木さん、声が大きいですよ。囚人と一緒って気を悪くしたらどうするのですか」

 そう、この日、ある事件の囚人を北海道の刑務所へ移送するため、貸切る新幹線車両の最後尾にコロポックル達が乗ることになっている。他人が侵入せず、警備も厳重であるため精霊の移送にも向いているのだ。

「長、これは皆からの花束です。どうぞ」

 桃瀬が小振りの花束を渡す。人間には小さめでもコロポックルならちょうどいいサイズだ。

「おお、これはこれはありがたいですな。桃瀬さんともお別れですな。覚えておりますぞ、外来種精霊が襲ってきた時、身を挺して我々を守ってくださったこと」

 感慨深げに長が花束を受けとる。

「そんな、これも仕事ですから」

 桃瀬が照れ臭そうに手を振って謙遜する。

「桃瀬さん、あなたはいろいろ気を付けた方がいいの。余りにも精霊に狙われてばかりじゃからな。榊さん、ちゃんと女性は守ってやりなされ」

「はい。上司としても心配ですからね」

「本当に上司としてだけかの?」

「え?」

「先ほど柏木さんから聞きましたぞ。隅におけませんな」

 長がニヤニヤするのを見て榊はずっこけそうになるのを慌てて体勢を立て直した。おしゃべりな部下を持ってしまったと後悔したが、もう遅い。

「長、桃瀬君とはなんでもな……」

「まあ、それはそれとして」

 長は真顔になり、声を潜めて言った。

「桃瀬さんは新たな外来種精霊に憑かれております。人間には巧妙に姿を隠しているようですが、わしら精霊だとわかります」

「なんですって?!」

「うむ、わしらも外国の精霊は詳しくないのですが、頭に角があって夢に干渉する精霊のようです。普段は夢の中に隠れているようですな」

「頭に角……デーモンかインキュバスか。夢というキーワードはそれか。悪霊向けのお守りじゃ効かないな、それでは」

「急いで知らせたかったのですが、なぜか携帯の電池が切れたりと不具合ばかり起きまして。最後に警告できたから良かったですが、桃瀬さんを守ってくだされ。それからこれをお使いくだされ」

「これは……いいのですか?」

「ああ、故郷へ帰れればまた作れるじゃろうからの」

「ありがとうございます。長、使わせていただきます」


「長、そろそろ出発です。運転手さんも待っていますから乗りましょう」

 車の方から桃瀬が声を掛ける。

「では、本当にお世話になりました。榊さん。さらばですじゃ」

「長もお元気で」



「行ってしまいましたね。ちょっと寂しいです」

 コロポックル達を乗せた車を三人は感慨深く見送った。

「邪悪な精霊や、環境に悪影響及ぼす精霊ばかりの中、オアシス的な存在だったからな」

「じゃ、事務所に戻って他の仕事ですね」

「いや、予定変更だ。事務所には戻るけどな」

 榊が険しい顔で桃瀬に向き直った。

「桃瀬君、事態が変わった」

「は、はい?」

「とにかく急がないといけない。悪夢の原因にダイレクトアタックしなくてはならない」

「ダイレクトアタック?」

「ああ、しかし、セクハラと言われかねないから、現場には庶務の高梨君も立ち会わせよう。女性が一人いれば大丈夫だろう」

「主任、一体何を?」

「柏木、コンビニで酒を買ってこい。炭酸ではないやつだ。カップ酒でもいい。あとは文具屋でスポイトも買え。桃瀬君は女性休憩室の使用許可と庶務課に連絡してくれ。そこで高梨君の立ち合いも頼んで先に休憩室で待っていてくれ」

「昼間から飲むんですか? で、女性を立ち会わせる? 主任、セクハラはダメだって言ったじゃないですか」

「柏木、お前なんか誤解してるな。とにかく支度してくれ」


 買い物を終えて事務所に戻った榊と柏木は、女性休憩室に入っていた。ここは畳敷きの和室であり、こたつが置いてあるので昼寝する者もいる。時間は既にお昼休みも終わっているので少なくとも定時までは人が入ってこない。

「じゃ、女性の部屋だし、失礼します。高梨君、すまないね。庶務課長には言っておいたから」

「まあ、締め切りものは今のところ無いから大丈夫ですけど、桃瀬がピンチと聞いたから。立ち合いって何の立ち合いですか? って、桃瀬は勤務時間中なのにここに入った途端に寝てしまったのですが」

「ありゃ、本当だ。桃瀬ちゃん、起きようよ」

 休憩室に入ってきた柏木は眠り込んでいる桃瀬を起こそうとする。

「柏木さん、無駄です。ここに着いたとたんに寝ちゃって散々起こそうとしたのですが起きないっすよ」

「事態は一刻も争うから、手短に説明すると桃瀬君が夢に関する外来種精霊に取り憑かれている」

「「ええ⁉」」

「既に精霊の影響が深刻に出ているから、俺が夢の中へ入って退治する」

「って、主任、夢になんて入れるんすか?」

「ああ、先ほどコロポックルの長からこれをもらってきた」

 小さなお椀とヘラ、木でできた房のようなものを榊は出してきた。椀の中へカップ酒を注ぐ。

「主任、それは?」

「ああ、アイヌの人達が使う儀式の道具だ。コロポックルサイズだが充分に使える。いや、コロポックルが作ったからこそ、霊力が高い。椀に注いだ酒をこうしてへらから、木幣イナウ……この房にかけて祈るんだ。俺たちには小さいから椀からスポイトに移してかけるがな。この行動をしたのちに夢の中へ入れてくれと願う。それで、二人には俺たちの体を見張っていてほしい。それとセクハラではないという意味での立ち合いだ。じゃ、時間が無いから頼む!」

 そういって一連の儀式を行うと榊もパタッと倒れて眠ってしまった。

 残された二人は顔を見合わせる。

「よ、よくわからないけど、姫を助けるナイト的な展開?」

「そうなんじゃないっすか。まあ、精霊退治はともかく、あの主任にナイトみたくかっこよくできるのかなあ」

「榊さん、かっこよくはないのですか?」

「んー、堅物だし、女性慣れしてないな、ありゃ。とりあえず動かして並べて寝かせますかね」

「柏木さん、容赦無いっすね」

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