第5章-7 怪しげなチャーム

 榊から悪夢避けを作ってもらえた桃瀬だが、相変わらず生々しい夢を見ては飛び起きる日が続いた。

 そうすると、どうしても榊を変に意識してぎこちなくなってしまう。


(しかも、夢がだんだん進行している)

 初めて見た時は胸をまさぐられた。次にブラジャーを剥ぎ取られ、その次は下のスラックスを脱がされ、昨晩はショーツを取られると、少しずつ嫌な進行がある。今のところ何とか目覚めているが、そのうち夢とはいえ、最悪の事態になる。お守りの効き目が無いのだろうか。

(そう言えばお守りってなんか他に聞いたような? どこだっけ?)


「最近、桃瀬君が冷たいというか避けられてるような気がする」

 お昼時、またも事務室でランチを取っていた榊と柏木。榊はコロッケ弁当特盛をつつきながら珍しくぼやいた。

「なんかセクハラでもしたんじゃないですか? 主任、自覚薄そうですから」

 カツサンドをかじり、コーヒーを飲みながら柏木は容赦なく答える。

「自覚薄いとはひどいな、柏木。お前ほどじゃないぞ」

「そういう返しをする主任もひどいっす。でも、喧嘩もほどほどにしないとクリスマスまで一か月切ったのに楽しく過ごせないですよ」

「だから、そういう関係じゃないと……」

「秩父は寒いですかね。しっかり防寒装備していかなきゃ。理桜のやつ、少し遠出ができるようになったから、芦ヶ久保の氷柱を見に行こうかと思うんですよ。ライトアップ綺麗だろうなあ」

 柏木は嬉しそうに言う。今までのチャラ男が嘘のように鳴りを潜め、ノロケを言う一途な男へと変わってしまった。人はここまで変われるのか。

 いや、今までのチャラさは、理桜を失った空虚さを埋める行動だったのかもしれない。

 だが、しかし、柏木はまだ詰めが甘いのは変わっていない。榊は申し訳なさそうに二個目のコロッケを箸で切りながら柏木に指摘した。

「悪いが、あそこの氷柱はクリスマスはライトアップしてなかったぞ。確か、年明けからじゃないか?」

「マジっすか!」

 それを聞いた柏木は青くなって慌ててスマホで検索し、頭を両手で抱えて項垂れた。

「本当だ……。ううう、ロマンチックに過ごそうと思ったのに」

「桜の精霊とはいえ、寒いだろうから暖かい室内で過ごしたらどうだ?」

「それもそうっすね。急いでプラン立て直さなきゃ! 主任も頑張ってくださいよ」

「いや、だから避けられてるってさっき言ったろう?」

 最後の一口のご飯を寄せながら、榊がため息をつく。

「とりあえず謝ったらどうですか?」

「心当たり無いのにどうやって謝るんだ」

 そう、不眠症が始まった時期から避けられてるからそれが原因とある程度はわかる。しかし、それ以上の心当たり無い以上は謝るにしてもわからない。普通に仕事の事を尋ねてもいちいちビクッと跳ねられるのは困るし、なんか切ない。そりゃ、女性の扱いは慣れていないが、ここまで避けられると不安になってくる。本当に嫌われてしまうことをしてしまっただろうか。


「お昼中に失礼しまーす。庶務課の高梨です」

 庶務課の高梨が入ってきたので、談義はそこでお開きとなった。

「あれ? 桃瀬ちゃんと一緒でないの?」

「あいつ、休憩室で爆睡してるのでうっちゃってきました。ところで榊さん、ちょっと聞きたいことがあるのですが」

「何でしょう?」

「こないだ桃瀬と占いしてもらって、お守りを押しつけられたんですよ。で、昨日ネットで『呪いのお守り』という話を読んで怖くなってしまって。これ、大丈夫ですよね。単なるガラス細工だと思いますけど、ゴミ箱に捨てたら祟りそうで」

 そう言うと高梨はポケットからいつかのイヤホンジャックにしか見えないお守りを取り出した。

「どうみてもイヤホンジャックだよね。これって子供の頃のスマホによく付いてたね。まだあるんだ」

「どれどれ、見せてもらおうか。……これを身に付けて何か変なこと起きた?」

 榊はイヤホンジャックを凝視しながら言った。

「いえ、私は何も」

「いつ頃もらったの?」

「確か女子会したのが二週間前だっけな」

 榊は考え込み始めた。

「な、何か、やはり呪いがこもってるのですか? やだ、どうしよう」

 高梨がうろたえるのを柏木が制す。

「主任が集中して見ているから慌てなくても大丈夫ですよ。それに何も起きてないのなら、仮に呪いがあっても高梨さんの守護霊などが強いから跳ね返しているのじゃない?」

 凝視していたお守りから目を離した榊が言った。

「これ自体は確かにガラス細工だけど、潰れたパワーストーン屋か占い屋の横流し品だね。ちょっと淀んだ空気がする。でも、弱い淀みだから高梨さんが何も起きていないなら大丈夫だね」

「あちゃー、やはり在庫整理だと言い合ってたの本当だったんだ。桃っち……桃瀬も持っていたけど大丈夫かしら」

「桃瀬君も?」

「ええ、持ち歩いてるかまでは知らないけど」

(様子がおかしくなった時期と合うな。しかし、彼女もこれを持っていたとしても、この程度ならおかしくならないはずなのだが)

 榊は首を傾げた。


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