第五章 問いかけの試練で「黒歴史祭り」が開かれる
勇者たちと一緒に倉庫を掃除しつつ、迷宮第二階層の屋敷で使い魔のハーブティを楽しみつつ、神様と今後のことを話す
ランジェリー同盟の一件が終わって、ユースタスケルたちとクーガーたちが微妙な空気感になって気まずくなったかというと、実はそうでもない。
クーガーたちとユースタスケルたちは、罰として仲良く魔術学院の倉庫の掃除をする羽目になっていた。
『お前ら……ヴァレンシアの口車に乗って、毎夜毎夜、貴族女子寮に
『でも
『忘れていたわけじゃあるまいな?』
『さあ、あのげんこつをもう一発食らいたくなかったら、とっとと掃除にかかれ、この阿呆ども!』
――という教官の発破を受け、今学生ら七名は、のんびりだらだらと二週間分に伸びた倉庫掃除の作業に取り掛かっているのだった。
喧嘩はないし大して気まずくもない。クーガーらは作業を通して、むしろ以前よりも仲良くなれた感触さえあった。
「……すまない、この私ヴァレンシア・エーデンハイトのせいで皆の罰を二週間に延ばしてしまった。普通なら一週間で済んだものを、随分迷惑をかけてしまった」
「んふふ、殊勝ですねェ。別に構いませんよ、何のこれしき、この策士オットー・クレンペラーにとっては些事ですゆえ」
「……なあクーガー、何でこいつら自分の名前を言いたがるんだ?」
「知らん。そう言うソイニだって甘え甘え言うし、そういうものだろ」
「見過ごせないかい?」
「見過ごせないって何」
などと取り留めない会話をするだけで時間は進む。
黙々と作業を続けているのはエローナとビルキリスの二人だけであり、その他の生徒たちは、手は動かすもしゃべりながら作業をそこそこに進める程度であった。
否、エローナとビルキリスの二人も、声を潜めているだけで何かを会話しているようである。結局倉庫掃除というのは、そんなものである。
「……という敬語攻めの絡みがある。男同士だと……」
「な、なりませんね……実になりません……。深く、深く勉強になりました。王族として、人の営みの一面に触れられたような気がします……」
「いや何の話してるんですか」
「! く、クーガー、あ、あの、その」
「! 同志……! 同志も、聞く?」
「同志違う。聞かん」
一部気になる会話があったが、クーガーはあまり気にしないことにした。
気にしたら負けなのである。それに個人の趣味や嗜好についてあれこれ言うような気はクーガーには全くない。みんな違ってみんないいのである。
「マネーライフ:悪役貴族の人生やりなおし計画」 第五章
(それにしても、倉庫は凄いものだな)
倉庫掃除をしながらも、クーガーは倉庫の物品の数々に勝手に感動を覚えていた。
(やっぱり魔術学院なだけはある。倉庫に保管されている物品が、どれもこれも尋常ならない一級品ばかりだ)
例えばそこに、災厄の竜の角の標本がある。
例えばそこに、王族魔術の紋章を彫金したものがある。
例えばそこに、霊薬を乾燥させて固めた粒がある
いずれもが垂涎ものの貴重品である。こんなものがごろごろと転がっているのがこの倉庫である。万が一持ち出されたらどうするのだろうか、と思うような貴重なものばかりがその場にあった。
思わずクーガーは呟いた。
「それにしても凄いな、この倉庫は。始めは倉庫掃除なんて嫌だったけど、この品物の数々をみると、むしろもっと倉庫掃除していたくなるような――」
「初めてかい?」
「何が」
「僕は、この息を飲むような物品の数々を納めた倉庫に足を踏み入れるのは初めてかい、と聞いたんだ」
「いやそれ、お前もだろ」
ユースタスケルが何か言ってたが、クーガーは適当にあしらうことにした。が、ユースタスケルは特に気にすることもなくさらりと重要な言葉を続けていた。
「僕は初めてじゃないよ。こう見えても
「……? ユースタスケルにそんな設定あったっけな……」
「? まあいい。実はこの倉庫はダンジョンになってて、物を盗もうとしたら魔道具たちが襲いかかってくるっていうことを伝えたくてね」
「あー、あれか。デュラハンゴーレムが出てくるやつだな。防御力がアホほど固くて、ソイニの『浸透勁』とクレイヴ・ソリッシュの斬撃しかろくなダメージが通らないやつ。裏ボス扱いされてる強敵な」
「……」
「……」
二人の間に奇妙な沈黙が生じたのはその時であった。何でこいつ知ってるんだろう、という顔をお互い共にしていた。
が、しかしそこについて深く追及することはついぞなかった。
幸い、ユースタスケルたちはこの倉庫を荒らしていないらしいので、クーガーはそれ以上は特に聞き出さなかった。
クーガーとしては、倉庫の品物が盗まれてなければ何でもよかった。盗まれていたとしてもあまり気にしないが、ゆくゆくは
(ゲーム【fantasy tale】では倉庫掃除イベントが終わったら、運が良ければ何か一品貰うことができる。当然、災厄の竜の角が欲しいが……どうだろうな、他のアイテムも中々捨てがたいからな)
掃除をしながらも、クーガーはそんなことを皮算用してにやにやと笑っていた。どこまでも現金なのがクーガーという男である。
例え周囲の皆が奇妙な顔でクーガーを見ていても、クーガーはそれを全く意に介していなかった。我が道を行くのである。
そうでなければ、学校を一週間も休んだり女子寮に入ったりしないし、下着泥棒扱いされて平然とできやしないのだ。
さてどんなアイテムを貰おうか――そんな強突張った計算を頭のなかで行いながら、クーガーは上機嫌に掃除を進めていた。
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今日も今日とて、放課後に早速、クーガーたちは迷宮第二階層に足を運んでいた。
「あー、倉庫ダンジョンですか。そういえばあれって地上にある数少ないダンジョンの一つなんですよね。ボクも知ってますよ」
使い魔のパウリナは、人数分のハーブティを淹れながらそんなことを口にしていた。どうやら
「世界迷宮の中って、時間の進みかたとかも歪んでいるし、魔力に満ちていてとにかく不思議空間なんですよね。だから野良ダンジョンとかが出来たりするんですけど、地上で同じぐらい魔力に満ちている場所って少ないですからねー。ボクが知る限り、世界迷宮外の殆どのダンジョンは魔術学院敷地内ですねー」
「あー、図書館ダンジョンとか、倉庫ダンジョンとか、他にも音楽室ダンジョン、美術室ダンジョンとかがあったな」
相槌を打ちながらクーガーは思い返していた。確かに魔術学院敷地内には、いくつか簡単なダンジョンが存在している。掃除を任されたあの倉庫だって、元を正せば一種のダンジョンなのである。
「一回ダンジョン化させておくと勝手に綺麗になりますし、防犯も簡単ですからね。魔物の管理さえできるなら有効な手段ですよねー」
「パウリナお前、最初俺がダンジョン作るって言ったときドン引きしてたよな?」
「あの時はボク、ダンジョンがこんなに便利だと思ってなかったんですよねー」
ほう、とハーブティをまったりと飲みながらパウリナは一息吐いていた。
今となっては、ダンジョンに対して思い入れが深いのであろう。感慨深そうにパウリナは言葉を発した。
「今はもう、簡単な作業はアンデッドたちに任せて自動化させてますねー。死霊術の研究が飛躍的に進んだおかげで、ボクはだいぶ楽ができるようになりましたねー……」
しみじみ語るパウリナは、
ダンジョン管理。
パウリナに任されていた管理の仕事は、非常に幅が広く、そして非常に労働としてもしんどいものが殆どであった。
まずはハーブの栽培管理として、いくつもの分室を数日ごとに見回って水をやり、奇形種を間引き、害虫を駆除しなくてはならない。
次に、発酵食品の実験として、いくつもの分室の室温と湿度が適度に保たれているか確認し、魔法陣で温度を調節したりして、時には酵母の活動を助けるためにかき混ぜたりしなくてはならない。
また、養蚕実験では、こまめに蚕が元気かどうかを確認し、餌のハーブの葉を柔らかく千切って与え、飼育箱を布で覆って軽く保湿して、こまめに飼育箱を入れ替えて、繭作りや産卵を手伝う必要がある。
他にもミミズコンポストは、増えすぎたミミズを定期的にダンジョンに放流したり得られた堆肥を分離するため、上から網をかぶせてその上に餌をおいてミミズたちを網の上に移住させて、そうやって網ごとミミズを移しかえたりしなくてはならない。
これら肉体労働を代わりにやってくれるのがパウリナの使役モンスターたちである。
ハーブに付く害虫を食べるのは、契約によって行動を制限されたスライムたち。
発酵食品をかき混ぜるのは、熱湯消毒を受けた後の
養蚕用のハーブを摘んできて、それを細かく千切るのは土ゴーレムである。
他にもミミズたちを移し変えたり放流したりするのもゴーレムやスケルトンの仕事であり、おかげでパウリナの仕事量はぐんと減ったのであった。
「いやあ、魔石はたくさん取れますから魔力には困りませんし、使役魔術のいい練習になりますし、ボクとしてはかなり生活の質が向上した気がしますねー。ほら、水汲みも、ミミズ狩りも、水耕栽培の水のお掃除も、全部スケルトンとかゴーレムとかが代わりにやってくれますしね? この館のお掃除だってほら、簡単な掃除は大体スケルトンがやってくれてますからね! おかげでボクはかなり楽ちんになりましたー!」
「じゃあ仕事を増やしても大丈夫だな」
「……」
「そんな死にそうな顔するなよ、もう死んでるんだから」
クーガーの鬼のような提案に、パウリナの顔は一瞬で死人のそれになった。面白いほどの変化であった。
傍にいたビルキリスやオットーでさえ、クーガーの鬼のような発言を責めるような顔になっていた。どうやら同情心が湧いたらしい。奇妙な話である。
元をたどればパウリナは高位アンデッドのレイスという魔物であり、どう扱き使おうとも非難される謂われはないはずである。
それこそ死霊なのだから、二十四時間睡眠なしでずっと馬車馬のように働いてもらうことも可能なのだ。
それがこの展開である。ぼろぼろ涙を流して泣くパウリナを、ビルキリスとオットーが、
「泣かないでください、大丈夫ですよ、クーガーは私の方から止めておきますから」
「ええ、クーガー殿にひと言申しましょう。流石に可哀相ですゆえ」
とあやしているのだから、クーガーとしても微妙にいたたまれない気分になるというものである。
「じゃあパウリナには、仕事を絞りに絞って、美味しいハーブティの淹れ方と、ミミズを餌にした淡水魚の飼育とかを研究してもらおう」
「……ふぁい」
「物言いたげな態度だな。もっと増やせるんだけど、どうしようか。貝の養殖に挑戦してみたり、ダンジョン内で栽培実験中の農作物の品種にかぼちゃ、ごぼう、とかを追加したり、あとは」
「……ぅぅ」
「クーガー殿、流石にやりすぎです。この策士オットー・クレンペラーもこれ以上は看過できませんゆえ」
「クーガー。世の中には程度というものがあります。人の上に立つものならば、搾取するばかりではいけませんよ」
「……あの、これ俺が間違ってるんですか? これでも減らしたほうなんですよ?」
「……」「……」「……」
「……三人して、そんな物言いたげな表情をしなくても」
――結局、パウリナの仕事には、美味しいハーブティの淹れ方と、ミミズを餌にした淡水魚の飼育研究の二つが追加されただけで、他の仕事はいったん保留ということになった。クーガーはいささか渋い表情のままであったが、友人二人が言うならば、と押し切られる形で結局了承したのであった。
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「何じゃ、そんなに焦らんでもええじゃろ。どうせ学院には四年間通うんじゃ、迷宮第二階層との時間差で計算すれば四百年じゃぞ? それだけあれば、いくらでも好き放題品種改良できるわい」
「!? 神様!? ちょ、え、またですかこの真っ白な謎空間」
「この展開にはもうすっかり慣れた様子じゃのう。まあよい。実はお主にちょっと伝えたいことが出来てのう」
「はい、何でしょうか」
「お主、悪意の卵については知っておるかの?」
「はい。千年に一度、素質のある人間の体に植え付けられる卵だと聞いてます。そしてその人間を苗床にして、災厄の竜がすくすく育つとも聞いてます」
「して、その災厄の竜の卵がどこに宿っておるのかも知っておるかのう?」
「私と、ヴァレンシア、ソイニ、エローナ、ビルキリス、オットー、そしてエイブラムの七名です」
「……そこまで知っておったか。全くお主の知識には驚かされるわい」
「七人が死んだら、すぐに彼らの悪意の卵が孵ります。かといって放置してても、今度は悪意が宿主である私たちを狂わせて、結局災厄の竜が孵ってしまうでしょう」
「対策も分かっておるかの?」
「……悪意を克服することですかね。例えばソイニ、ヴァレンシア、エローナは悪意を克服できました。しかし他の生徒たちは」
「克服する手立ては色々あるんじゃよ? 王家の血で封印する、霊薬を飲んで竜の卵を殺す、竜殺しの剣で自刃する――」
「そういえば、ソイニたちも悪意を克服する際に、そんな感じで何かイベントをこなしてましたね」
「さて問おう。お主はこの悪意の卵をどのようにして克服するのじゃ? 自刃でもするかのう?」
「……それは」
「……すまん、言い過ぎたかもしらんのう」
「悪夢の中のダンジョンで先に遭遇しておいて、メロメロ魔石バグを利用して戦闘中に契約を結んで無理矢理に使役獣にします」
「」
「魔石の純度を高められるビルキリスがいるので、魔石のレベルを理論上無限に高めることが可能ですし、あと策士オットーがいるのでデバフもバフもガン積みできて相手を好き放題状態異常にできます」
「」
「神様?」
「……あんまりのことで記憶が飛んでしもうた。とりあえず一行で」
「ボス敵でもメロメロ状態なら魔石で契約できる」
「」
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