学校を一週間休んで世界迷宮に潜って、色々満喫しつつ、レアアイテム集めや魔術の練習などを行っていると、王女がついてくるなどする

 世界迷宮は複数の階層で構成されている――が、人々はいまだに第四階層までしかたどり着いたことがないらしい。

 伝説によると第八階層までたどりついたものはいるらしいが、それはもう遠い昔の話であり、真実かどうかも判別がつかないので、今現在確認できる限りでは第四階層までが到達限界だとされている。

 階層が浅い――と人々はいう。

 しかし世界迷宮を知る人間からすれば、四つもあるのかと絶望を覚えるような数字である。


 何せ、世界迷宮は言葉通り世界・・である。

 第一階層は森の世界であり、第二階層は海の世界――と、一階層ごとに新しい大陸を探検するような規模の迷宮なのである。当然一生を迷宮の中で過ごす人も存在する。彼らは『迷宮の民』と呼ばれ、第一階層民、第二階層民、というように呼称されているぐらいである。

 ごく普通の、洞窟の中や遺跡の中といった印象の迷宮とは訳がちがうのだ。四階層を浅いという人間は、世界が四つあることを知らないのである。


 ――空があり、太陽があり、星がある。

 そんな迷宮は、ここ世界迷宮のほかには存在しない。

 もちろんこれらは見せかけのもので、はるか上空に境界領域があり、そこで空間が区切られている――と学者は予想しているが、真実は定かではない。本当に迷宮の中に空があるのかも知れないのだ。


 その世界迷宮に、クーガーは挑むことになった。

 理由はいくつもある。


「美味しいものはたくさん食べたい。面白いものはたくさん見たい。便利な魔道具はたくさん欲しい。可愛い子たちとはたくさん遊びたい。魔物はたくさん狩りたいし、魔法はたくさん練習したい。世界迷宮内の温泉には入りたいし、迷宮鳥のふわふわな布団は買いたいし、魔物娘たちとはいちゃいちゃしたい。でもお金の流れは把握されたくない。とにかく好き勝手やりたい」


 ――はっきり言って、クーガーは恐ろしく欲張りであった。






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 魔術学院アカデミアの授業を一週間欠席する。

 入学早々、そんな前代未聞かつ破天荒なことをする阿呆がいるとすれば、バカ四男坊のクーガー・ザッケハルトただ一人であった。


「時間の進み方が各階層でずれている世界迷宮は、階層が進むごとに時間の濃度が10倍になっていく……つまり第二階層で二年近く過ごしても、地上では僅か七日間程度しか経過していない、という計算になる。――逆に言えば、魔術学院に在籍している間は、限られた時間をたっぷり有効活用できるというわけだ」


 授業は非常に面白い。魔術学院の教育自体に何ら問題はない。

 しかし、クーガーはそんなことには満足しなかった。

 クーガーの関心は今や世界迷宮に集中していた。


 時間の濃度が異なる世界迷宮を有効活用しない手はないのだ。上手く活用すれば、時間が非常にかかる品種改良の実験や、自分の魔術の修行が捗ることは間違いなかった。

 だからこそ、まずは学校生活の一週間を犠牲にしてでも、世界迷宮内で過ごすことの出来る環境を整える必要があった。

 寝床の確保、各種実験に適した環境の作成、そして自分の死の運命を変えられるような何か――それが現在クーガーの欲するものである。


「まずは家。そして小屋。俺だけが自由に出入りできるように鍵も欲しい。複雑な結び方の紐に頼るような防犯技術じゃ、絶対にこの先はやっていけないだろう――」


 ――そして現在、クーガーは迷宮第二階層の迷宮街を歩いている。

 魔術学院にきたばかりかと思えば、一週間分の休みを取って、そしていきなり迷宮第二階層にいる。普通の人では考えられないような身軽さだったが、クーガーは往々にしてこういう男であった。行動が早く、果断に富んでいる。自由ともいう。ともかく彼は、いとも簡単に迷宮第二階層に到達しているのであった。


 迷宮街は素晴らしい環境であった。

 迷宮の中だというのに、今は昼間の日の光を受けて、街の石壁は白く照りかえっている。露店がいくつも開かれている。客引きが大声で街行く人を呼び込んでいる。馬車は整備された馬車道を走っており、荷物を横から横へと活発に流している。

 高度に発展している、とクーガーは思った。

 初めて足を踏み入れた世界迷宮だが、想像以上に豊かな世界らしい。資源や気候に恵まれているからか、人々もどこか温和そうである。迷宮内のマナにより生育促進された果実、農作物、家畜の安定供給と、諸外国と戦争をするということがない環境が幸いして、迷宮街は恐ろしいほどに発展している。

 もちろん日夜魔物に苛まれる――という点は大きな難点であるが、それでも迷宮内の生活の方が地上の生活よりもはるかに豊かではないか、とクーガーが思ってしまうほどであった。


(存外金を積んだら上手くいくものだな。迷宮入口から第二階層に通じる合言葉までなら金貨二万枚で買えた。安いものだ。これで迷宮の第一階層と第二階層を自由に行き来することができる。他にも武具や防具など、自分に合った冒険用道具の数々も金貨1000枚で十分買えた。少々大盤振る舞いだが、これぐらいはむしろ安いものだ。何といっても安全はいくらお金を積んでも買えないからな。こうやって準備にしっかりお金をかけておかないといけない)


 人のごった返す第二階層街を歩きながら、クーガーは自ら勝ち取った700日の自由を噛み締めていた。

 金貨の支出は合計で二万千枚程度。一般家庭にすむ人間五十名程度を一生養い続けることができる値段を、簡単にぽーんと払うことができるのはクーガーの強みである。


 所詮、クーガーにとっては大した金額ではない。なぜなら、クーガーは自分の懐に5000兆枚の金貨を持っているのだ。文字通り、懐から金貨を取り出せるクーガーは、それこそ湯水のように金貨を使っても問題はないのであった。

 何気にクーガーが一番転生者としての恩恵を感じているのは、この懐から自由にアイテムを出し入れできる『アイテムボックス機能』と『ヘルプウィンドウ機能』なのだが――今更説明することではない。何せ、保存容量の殆どを金貨に食いつぶされているクーガーは、いくらチート能力めいた『アイテムボックス機能』を持っていようとも、これを軍用や商用に応用できるほどの大荷物を収容することは不可能であった。そもそもこの能力はあまり公にしたくなかったりする。せいぜいちょっと便利、ぐらいにしか活用していないのだった。


 ともあれ、今は迷宮街の探索である。

 珍しいお土産ぐらいならちょっと買っても手ぶらで帰れるのが、この『アイテムボックス機能』のいいところである。幸い資金はいくらでもある。あのビルキリスも、お土産をいくつか渡せば上機嫌になってくれるであろう。


 そんなことを考えながら、クーガーはぶらぶらと迷宮街を堪能するのであった。






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「ふー、やっぱゲームの知識があるって最高だな。本当に最高の三ヶ月だった。何しても大体上手くいくし、レアなイベントアイテムはさくっと回収できるし、何よりも魔術の習得がおかげさまで簡単なんですよね、本当」


「魔術はイメージってみんな言うけど、普通の生徒たちはどんなエフェクトなのか、どれほどの威力なのか、どれぐらいのMP消費なのか、そういった大まかな情報さえ知らないで手探りで魔術を勉強しているわけでしょ。かたや俺は【fantasy tale】に出てくる各種魔法は大体覚えているから、感覚的にある程度は魔術を発動できるんだよね。そこからどうやって魔術を磨いていくか……って課題はあるけど、まあ、それはそれだ」


「それよりイベントアイテムだよ、イベントアイテム。魔物とエンカウントしそうになったら震えて教えてくれる首飾り『予兆のペンデュラム』とか、これ持ってなかったらこの先詰むぐらい重要なアイテムだよね。毒に強くなる『解毒の指輪』とか、これもう相当貴重な魔道具だし、『ソロモンの契約の指輪』とかもう、ボス敵でも魂の器レベルが低ければ使役契約できるぶっ壊れアイテムだし」


「そもそも、迷宮第二階層まではお金で合言葉を教えてくれる人がいる――っていう知識もゲーム知識だし、やっぱりそういう知識を持っているか持っていないかは違うね」


「あとはあれかな? 賭博場のお姉さんと、ちょっとえっちな事件イベントを引き起こすことができるっていうやつ。ちょっとあれを実践してみるのもあり――」


「! ……誰だ!」


「……え、ビルキリス……王女……?」






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 宿屋の一室で、王女ビルキリスはつんとした顔のまま、全くもって冷静そうであった。

 さっきクーガーが呟いたとんでもない言葉を、よもや聞いていないのではと思わせるほどの澄ましぶりである。そういえばゲームでは、『不機嫌のビルキリス』というキャラクターだったなとクーガーは思い出した。

 ともかく、この部屋には自分ひとりだ、と油断していたクーガーの落ち度である。一国の王女にとんでもないことを聞かれてしまったのだ。彼女が至極冷静そうなのが唯一の救いであった。


「賭博場でえっちなこと。……クーガー、あなたはそういったことを嗜んでいらっしゃるのですね。深く、深く勉強になりました。王族として、人の営みの一面に触れられたような気がします」


(あ、これ駄目なやつだ)


 一瞬でクーガーは悟った。ビルキリスは努めて冷静であろうと自分を律しているのだろうが、何故か三ヶ月ぶりに見た彼女が、じとっとした目を自分に向けているようにしか見えなかった。「なるほど、賭博場ですか、えっちなこと、ええ、賭博場で」とよく分からないことをぐるぐると何回も繰り返し口走っている。駄目だった。よく見ると彼女の耳はほんのり赤い気がした。


「クーガーは、その、結構大胆なのですね、豪胆といいますか」


「何かひどい誤解してませんか?」


「きっと、5000兆あります、なりませんか、と可愛い子にとんでもないことを要求するのでしょう」


「王女殿下、私のことを最悪な男だと思ってませんか?」


「その、具体的には、どのようなことをなさるのですか、賭博場で、可愛い子と」


「賭博場から一旦離れましょう」


 埒が明かなかった。

 正直なところ、クーガーは何故王女がここにいるのかを問い正したいところだったが、彼女は平然と「王族特権です」とだけしか口にしなかった。

 恐らく、迷宮第二階層程度ならば、王族特権を使って簡単に入ることができるのだろう。それはそれで羨ましい、とクーガーは思ってしまった。

 しかし、冷静に考えるととんでもない女である。大胆だとか豪胆だとかはむしろビルキリスの方であろう。単身で世界迷宮に乗り込もうとする王族など、クーガーからすればあまりにも恐れを知らない行為だと思われた。


「大胆なのはビルキリス殿下の方でございましょう。王女ともあろう方が、と私も少々予想外でした」


「! あ、あれは、先日のあれは、そうではなく! そんな、私は、その」


「違います違います」


「違いません!」


「いや違うんですって、その話じゃありません」


 話が噛み合っていなかった。先日、というのは恐らく、あのおんぼろ寮で彼女が盛大に自爆したときのことであろう。時間を計算してもちょうどそのあたりである。迷宮第二階層で三ヶ月近く過ごしているが、これは地上では一日にも満たない時間である。ビルキリスが一日ほど間を空けてクーガーを追ってきたというのならば納得のいく時間差である。


「あ、ああ、それよりクーガー。地上には戻らないのですか? 同級生の皆さんも、クーガーが居なくなったことで少々騒然としております。早めに戻ったほうがよいかと」


(話をそらした……。まあ追及するつもりはなかったから別にいいけどさ)


 ビルキリスはクーガーを地上へと戻したいようであったが、クーガーは当然嫌である。せっかく七日分の休みを申請してまでこの迷宮探索に踏み切ったのだから、しっかりとあと残り600日近くを堪能したいのだ。


「話は分かりました。しかしながら王女殿下、誠に申し訳ありませんが――」


 だから当然その申し出は丁寧に断った。極力角が立たないようにクーガーは表現に気をつけた。これぐらい言い含めたらビルキリスも察してくれるであろう、と、そのような言い回しであった。


「――ですので、誠に申し訳ございませんが、地上にはしばらく戻りません。もう少しここ、迷宮第二階層で成し遂げたいことがあるのです。どうかこの地に残ることをご容赦ください」


「そうですか。では私もそのようにいたします」


「どうか何卒宜しくお願いします――ん?」


「こちらこそ、何卒宜しくお願いします。迷宮には何度か足を運んだことがありますが、世界迷宮は初めてです。どうぞお手柔らかに」


「ん、んん?」


「?」


 クーガーは目の前をガツンと殴られたような衝撃を受けた。しばらく現実が飲み込めなかったほどである。

 言葉の意味を何度か反芻して、ようやくクーガーは話の流れを理解したのであった。

 どうやら、クーガーと一緒にこの世界迷宮内に残る、とこの王女はのたまっているのである。衝撃的であった。予想外と言ってもいい。やはりビルキリスは、人並み外れて大胆である――クーガーは改めて、上手く回らない頭でそのようなことをしみじみと思うのであった。


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