悪霊が住む曰く付きの屋敷を買うため、一瞬で霊退治を成功させて、今度は屋敷にバグ技と荒業で地下ダンジョンを作るなどする

 簡単に家を買うことができる。

 そうビルキリスに伝えると、彼女はきょとんとしたまま何を言っているんだという顔つきになっていた。

 ちなみに彼女とは「縄をつかうこと、何かをかけること。……クーガー、あなたはそういったことを嗜んでいらっしゃるのですね。深く、深く勉強になりました。王族として、人の営みの一面に触れられたような気がします」と盛大な誤解を解く作業から始まったので、朝は騒がしかった。

 おかげで家を買うことを切り出したのが昼頃になってからであった。


「……この地に居を構えるつもりなのですか? ここは迷宮ですよ」


「金貨5000兆枚あります」


「なりませんよ?」


「なりませんか」


「なりませんよ」


 どうやらならないらしい。

 金貨一万枚もあれば豪邸が買えるというのに(金貨一万枚は、5000兆枚の僅か0.0000000002 %だと説明するとそういう問題じゃないと一蹴されてしまった)、無駄遣いはならないという論調であった。


「ですが、悪霊の住み着いたという幽霊屋敷を除霊することで、格安で家を手にいれることができるというイベントがありまして」


「格安で家を手に入れたとして、それでどうするのですか。私たちの本分は学生です。いずれ魔術学院アカデミアに戻って魔術を修めないといけません」


「でも、たまには息抜きしたいですよね」


「……」


「それに外装が綺麗で、そこそこ大きな家なんです。レンガ造りの屋敷でして、暖炉もあって、冬場は暖かいんです。そんなにいい家なら、盗賊が住み着いていてもおかしくないという話ですが……まあゲーム中のイベントですからね」


「……そのゲーム、イベントというのが分かりませんが……なるほど、理解しました。どうやらクーガーは今後も長期に渡って迷宮に潜る算段なのですね」


「その通りです」


 呆れた表情のビルキリスだったが、しばらく考え込むと、そのまま、


「まあ、宿を借り続けるよりはそちらのほうが安く上がるのかもしれませんね。それに誰が隣に泊まっているか、どんな寄生虫が寝台に住み着いているか分からない民宿よりは安全かもしれません」


 と遂に認めたようであった。

 彼女も、家を持つ数々のメリットを理解したのであろう。

 宿を借りっぱなしでは荷物の保管が難しいのだ。宿の一室に放置するのは何だか気が引けるのである。それに、魔術の研究をするにしたって、宿の一室では少々手狭なのである。

 だが、家を持てば荷物も比較的安心して置いておけるし、地下室で魔術の研究をすることだってできる。

 もちろん、掃除をする必要があるのは手間であろうが、それは仕方がないことである。


 悪霊退治についても、準備を万全にして行えば危険ではないと再三再四説くことでようやくビルキリスから同意が得られた。

 一瞬で片付く、一瞬で、と力説することで、何とかビルキリスも折れたのであった。

 その整った眉を顰めつつ、「まあ、そこまで言うのならば一緒に戦います。幽霊を狩った経験はないので呪われないか不安ですが、貴方を信じます」としぶしぶといった様子である。

 一般的に、悪霊退治は困難を極める作業であるため、クーガーの言うように一瞬で片が付くことはかなり稀なのである。それでもクーガーのことだから――と従うビルキリスは、クーガーにとって心強かった。






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「悪霊退治というから張り切ったのですが」


「絵画を暖炉で焼くと一瞬です。本当は絵画を焼かなくても、裏庭の墓を調べたり、書庫にある日記を調べたり、ぬいぐるみを調べたり、地下室を調べたりするといいのですが、絵画を焼いたほうが早いので」


「あの、何か禍々しい煙のようなものが出ているのですが」


「レイスの残痕ですね。この屋敷には元々不死の研究をしていた魔術師が住んでおり、研究に失敗してレイスとなったという逸話があるのですが、まともに戦うと結構苦戦するので、こうやって倒すのが定石です」


「はあ」


 おおおおおおおお――、という恨めしい声をよそに、クーガーは薪の量を増やした。

 たっぷりと聖油をしみこませ、ルーン文字で除霊の句を刻み、鎮魂の花を巻き付けた薪を、ぽいぽいと暖炉に入れるだけ。火力が増して、おおおおおおおお――、という怨嗟の声はさらに大きくなった。この薪、実は謝肉祭などの祝い事によく使う白樺のご神木であり、迷宮街でご神木の薪を管理している人にお金を積んで分けてもらったのである。

 果たして、効果は絶大であった。


「ちょ――ちょ、死ぬ――」


「死にたくないのか、偉大なる魔術師にして死霊術に手を出した妖精、パウリナ・リーンよ」


「え……喋るんですね……」


 ちょ、死ぬ、みたいなことを幽霊に言われるとは、とクーガーは新鮮な感動を覚えた。少なくとも幽霊にそんなことを言われた経験はクーガーにはない。台詞も中々ひどい。切羽詰まっているのが一際シュールであった。隣でビルキリスがドン引きしているのを感じたが、効率主義者のクーガーからすると正直知ったことではない。


「無理、ちょ、やめ――」


「この俺、クーガー・ザッケハルトとビルキリス・リーグランドンと契約を結べ。俺たちの血に浸したミスリル銀の指輪はここにある。もう俺たちの名前も貴方の名前も彫金してある」


「え――ちょ、横暴――」


「次の薪をいくぞ」


「やめ、無理、ちょ――ご、ごめん、ボク契約する!」


「さあ、指輪を齧れ。変な真似をしたらこのアンク十字のタリスマンを使ってお前を焼く」


「ううう……ボクもうやだ……」


 ――この間、ビルキリスは無言であった。最悪という言葉が似つかわしい景色である。小柄な半透明の妖精に指をはむはむと齧らせてる男の姿がそこにあった。妖精は半泣きだし、男は「血を飲みこめ」と相変わらず横暴だし、正直悪霊のほうが哀れであった。


縛れnauthiz


「ぎゃっ」


「悪霊パウリナよ。これでお前の魂は、俺たちの血により縛られた。以降、この血がそばにある限りお前に自由はない。口から指輪を齧ったから、お前の舌の自由は契約に基づき俺が奪った。今後、声は俺のために使え」


「……はい」


「後は、今まで蓄えてきた魂の器経験値を四分の三ほど俺たちによこせ。以降その配分で俺たちに魂の器を供与し続けること」


「……はい」


 クーガーの悪魔のような要求に、聞いているビルキリスの方がいたたまれなくなるほどであったが、クーガーはどこ吹く風と要求を続けている。

 やれ二人がいない時は部屋を掃除しておけとか、やれ夜は盗賊が来ないよう館を守れとか、やれ野菜栽培や発酵食品の管理を任せるだとか、とにかく面倒なことを全部この幽霊パウリナに押し付けようという魂胆らしい。

 本当に一瞬だった。本当に一瞬で悪霊退治が終わってしまった。残念なことにこれはビルキリスが知っている悪霊退治ではない。


「いやあ、言ってみるものですね」


 と、全部言った後でからっと笑うクーガーだったが、聞いているビルキリスは、乾いた笑いしか出せなかった。






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 家を手にいれることに賛同したビルキリスも、新しく契約を結ぶことになったこの館の元家主のパウリナ幽霊も、果たしてクーガーの次の発言には度肝を抜くことになった。


「地下を掘って掘って、思いっきり掘って、簡易なダンジョンを作ります」


 ――空気が凍った。


「……クーガー。私はあくまで、ずっと宿暮らしするよりも費用を安く抑えられるということ、荷物の管理などが簡便になるということ、あとは落ち着いて魔術の研究などをする空間が手にはいることなど、そういった点から屋敷を手にいれることに同意したつもりですが」


「あの……クーガー様? ボクの屋敷に勝手に乗り込んできて、ボクにいきなり隷従契約を結ばせて、そして今度は……ダンジョンを作るなんて滅茶滅茶なことを言ってませんか?」


「バグ技を駆使すると、地下にダンジョンを作れるんです。普通は街中では魔物とのエンカウントは起きないので、普通の家の地下室を拡張してもダンジョンにはならないのですが――この幽霊屋敷の地下室は、変数管理のバグで、イベントクリア後もゴースト系の魔物を呼び寄せるままになっているのです」


「……」


「ああ、多分話が噛み合ってない……」


「噛み合っているさ、パウリナ。地下室を拡張してダンジョン化しておけば、荷物の管理もできるし、魔物を狩ることで魔法の練習にもなる。魔物の家畜化に成功すれば領民の食料問題も解決するし、植物栽培や品種改良を行うことも、発酵食品を作ることも、全部ダンジョンを作ることで解決する」


「……」


「解決しないですよ……ダンジョンですよ……」


「ダンジョンという言葉のせいで想像がつかないだけだ。要するに大きな地下室に、地下で育つ薬草を植えて、あとミミズとかを放し飼いするだけだ」


 クーガーの計画は、実に簡単であった。

 ダンジョンを作ろうというよりも、要は、ミミズなどを放し飼いできる地下室を作って、たまにミミズを狩って魂の器経験値を稼ごう――という話なのである。

 そして別の地下室で、発酵食品を作ったりあれこれしたりすればいい、ということなのだ。


「迷宮ミミズという魔物がいる。やつらは迷宮の土を食べて魔力を蓄えながら育つ。体内を捌くと蓄積された魔力の塊――魔石を採集することができるから、まあ、いってしまえば簡単に魔石を稼ぐことが出来るわけだ」


「あのー……クーガーさん、そんな地下室を思いっきり掘るようなことをしたら、地盤沈下とか起きないんですかー……」


「普通は起きるだろうね、地盤沈下。――でも、ひとたびダンジョン化したら、ダンジョンは中を漂う魔力に補強されて外圧にかなり強くなる。つまり館の重みに負けて潰される、なんて事態にはならない。よく砂漠の地下なんかに、昔の遺跡がダンジョン化して埋まっているなんてことがあるけど、あれはまさにダンジョンが外圧に強いことを示す好例だ」


「水とか染み出てきたりしませんか……?」


「出てくるだろうね、色々。水路を作る必要はありそうだ。まあその時はその時さ」


「……行き当たりばったり過ぎませんか? 何でそんなに超然としてるんですか?」


「5000兆あるからね、何でもできるよ」


「5000兆」


「金貨5000兆枚」


「何それ詳しく」


 ぎょっとしているパウリナをよそに、クーガーは計算を進めていた。

 クーガーの計算では、大学機関である【魔術学院アカデミア】には4~6年は通うことになる。最短で4年間かかるのだ。つまり逆に言えば、時間の流れが100倍であるここ迷宮第二階層においては、この地下室のダンジョン経営は400年続くのだ。

 それはつまり、400年間をかけて品種改良や発酵食品の研究などを行うことに等しい。あるいは、400年間にわたり大量の魔石を拾い集め、迷宮ミミズを狩って魂の器経験値を獲得することにも等しいのである。

 当然、それらの管理はパウリナに任ずることになる。余りにも可哀想な話であった。パウリナはまだ、そのことに気付いていない。改めて可哀想な話である。


「……クーガー。よろしいですか」


 ここでようやく、ビルキリスが口を開いた。


「地下室を拡張して、それをダンジョン化する。荒唐無稽な話のようですが、まだ言いたいことは分かります。ただ大きな疑問があるのですが――それをどうやって掘るのですか? そしてどうやって出てくる土をどう処分するのですか? 現実的ではありませんよ」


「素晴らしい。流石はビルキリス殿下。それこそが大きな壁なんです」


「あら、あらら、じゃあ駄目っぽいですね、どうするんですかクーガーさん」


 ビルキリスの指摘は正しい。結局、掘る技術と、掘った土を処分する手立てがないのであれば意味がないのである。便乗してパウリナにも駄目出しをされるが、しかしクーガーは両方とも意に介しないようであった。


「ですが大丈夫です。出てくる土は『アイテムボックス機能』で収納します。壁に触りながらこうやって収納すると、ほら表面から――」


 ずずず、と手が沈んでいくように壁に埋まっていく。

 余りにもあっけなく。何の抵抗感もなく。

 その光景を見たビルキリスとパウリナは言葉を失ってしまった。

 どうにも何が起こったのかを理解できないようであった。

 当然であろう。土の壁は普通は消えないし、人の手を飲み込んだりもしない。

 こんなに溶けるように、一瞬で姿を消すことなどありえないのだ。


「ほら。『アイテムボックス機能』を使えば、こうやってどんどんと削れるんですよ、穴を」


 ぽかんとする二人を前に、「この際、白状します」とクーガーは語った。

 今まで農耕計画を色々と練る際、土壌管理をどのように行っていたか。

 機密情報を保管するための地下室をあちこちに作る際、どんなことをしていたか。

 それらの答えのすべてが、この『アイテムボックス機能』を駆使した技なのである。

 確かにクーガーは、仕事が恐ろしく速く、そして有能であったが、ずるをしていないわけではなかったのである。

 こういった、アイテムボックス機能を使った簡単&高速穴掘り技術などを持っているから、あんなにたくさん発酵食品づくりの実験室を用意したりすることができたのだ。


「あとはあれですね。ミミズを大量にアイテムボックスの中に収容しているので、こいつらを大量にここに放します。迷宮ミミズもどこかから取ってきて放し飼いします。餌を与えたら勝手に増えてくれるでしょう。光る魔道具とか水を出す魔道具を使って、色んな農作物を地下栽培するのもいいでしょう。もうここは、自由です。自由な空間ですよ――!」


 力説するクーガーを前に、二人は絶句するしかなかった。






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「――あー、疲れた……。一日中穴を掘る作業してたから、体が滅茶苦茶痛い。掘るよりは遥かに楽なんだろうけど、これはこれでキツイな……。一日中踊っているみたいなものだからな、これ」


「ある程度までいったら、ミミズたちが勝手に掘ってくれると思うけど、あいつらのもそもそした速度じゃ信用がならんしなあ。……地上に上がって数年間経ってから見てみたら凄く広がっていた、程度にしか期待ができないだろう」


「ていうか、一日でこの屋敷の10倍以上の空間を作った俺は十分偉いと思うんだ……。多分もっと褒めてもいい。褒められたい。優しいお姉さんにぎゅってされてめっちゃ甘やかされたい」


「……あ、俺、ちょうど姉いたわ。ナターリエ姉さん。可愛いし、体つきえろいし、甘やかされるの十分ありだな」


「風呂一緒に入ったりしてたし、昔ぽよぽよしてたお腹を凄く触ってきたし。あとそのままのノリで、俺のアレをぐにぐに握ったりして遊んでたし」


「あー、今思いかえすと凄いことしてるなー……。大いにありだー。甘やかされてー。めっちゃ甘やかされてー。そのままえっちなご褒美とかしてもらいてー……」


「! ……誰だ!」


「……え、ビルキリス……王女……?」






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 クーガーの独り言を聞いていたビルキリスは、「……あ、あのお姉さんと、クーガーはそういったことを嗜んでいらっしゃるのですね。深く、深く勉強になりました。王族として、人の営みの一面に触れられたような気がします」とあらぬ誤解をしていた。

 ダンジョン作成で疲れたテンションで呟いた発言を真に受けられると困るしかない。あれはクーガーの冗談半分の願望である。

 とりあえず色々と弁解しておいたクーガーだが、結局その日いっぱいは、彼女のじとっとした目は変化しなかった。

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