チート四人勇者と戦い、お互いボロボロになり、絶望的と思われた状況で、最後の最後に5000兆枚の金貨で攻撃をする
――控えめに表現して、蹂躙をかろうじて回避できているかどうか。そんな程度には、ユースタスケル一行の攻撃は容赦がない。
『ルールは三体四の変則団体戦。君たちのほうが不利だからハンデをあげるよ。君たちは僕らのうち誰か一人でも降参あるいは戦闘不能にしたら勝ち。僕たちは君たちを全員降参させるか倒さないと勝利にならない。――これなら殆どイーブンだろう?』
(これのどこがイーブンだって言うんだ! チート一人を相手にするのでも相当しんどいのに、それが四人もいるんだから手一杯だ!)
クーガーは胸中で毒を吐いた。場所が許すなら、舌打ちしたい気分であった。
何せそこには魔術の雨がある。秩序の契約者、
それは
クーガーにとってはげんなりする話であった。
「はっはっは! よく粘る! だが邪道だ! 王道の私には敵うべくもない! 普通はこの光景に実力差を悟って、この私、ヴァレンシア・エーデンハイトにひれ伏して許しを請うのが基本だ」
(ステータスを自由に割り振りしなおせるとか、チートじゃね?)
受けるクーガーも必死である。防壁魔術をビルキリス、オットーと協力して三重に展開し、塹壕のように地形を変化させてやり過ごしていた。
塹壕とは、相手からの射撃から身を隠すための堀、または穴である。単純だが非常に効果が高い。そもそも穴を掘るのは重労働なのだが、それだけの見返りは十分にある防御力であった。
ただ、勝てる気は微塵もしなかった。
(この世界でも、塹壕戦は十分通用する戦い方だ。魔術から隠れるための塹壕を掘り、塹壕の影から相手を狙い打つ。戦車でも来ない限り、塹壕なんてそうそう破れることはない。……というよりむしろ、こっちにはそれしか勝ち目がないんだよなー……)
塹壕に隠れて、ビルキリスとオットーは精密に相手を狙い撃っていた。向こうが数ならこちらは精度である。ただ悲しいかな、多勢に無勢という言葉もある。焼け石に水ともいえる。波のように押し寄せる向こうの魔術の圧力を、何ら押し返せていないのが現状であった。
「んふふ、こ、これは、その、んふふ……」
「……なりませんね。いささか不利です。このままでは一人相手に負けてしまいます」
(万策尽きたか……まあ機関銃を相手に戦えと言われているようなもんだからな)
クーガーは少しばかり嘆息した。
まだ
(今は、塹壕に隠れつつ相手を牽制するしかない。この魔石の手榴弾で相手を足止めするしかないわけだ――)
咄嗟にクーガーは立ち上がって、魔術を組み込んだ魔石を投げた。それはちょうど相手の虚を突いた。刹那、目も焼けるような閃光と腹の底から震えるような轟音が周囲を包み込んだ。
これは【閃光】の異名を持つ姉から教わった魔術である。
要するにスタングレネード。
光って音が響くだけ。――単純に言えばそうなるが、相手の視覚と聴覚を奪い取れるのはかなり大きいアドバンテージでもある。
――『
クーガーは今や、かなりの数の魔石を保有していた。日々のミミズ狩りとビルキリスの努力の賜物である。その魔石に色んな魔術を書き込んでいる今、この魔石の手榴弾をぽいぽいと投げるだけで強烈な魔術を連発することが可能なのであった。
(今行くべきか? 今なら向こうは目も見えず音も拾えない……いや、天秤で
分配器というチートを思い出したクーガーは、結局塹壕から少しだけ顔を出して、もう一度、魔石の手榴弾を投げるだけにとどめた。
案の定
(魔術を込めた魔石を投げるだけ――かなり贅沢な戦略だが、詠唱時間もほとんどなく、なおかつ俺たち自身は魔力を温存できるというメリットがある。それに、魔石の魔術解放により多大なエネルギーが発生するから、魔術の威力も並ならないものになる。ほら、向こうもかなり被害を食らっている、はず)
有利とは言い難いが、クーガーはなるべく前向きに考えることにした。
魔石の手榴弾はかなりの効果があったらしい。塹壕からの精密射撃、手榴弾攻撃に向こうも今一歩攻勢に踏み切れないらしく、塹壕の固い防御も相まって相手は手をこまねいているようでもあった。
何せ、向こうは一人でも戦闘不能になったら負けるのだ。慎重になるのも納得できる話である。
「――なら、こうする」
そんな時、
四人の勇者一行は、それぞれ洒落にならないチート能力を持っている。それは先ほどの
この絵描きの
「まじかるすけっち――ナーガラージャ」
(
「焼き焦がして、
――そして灼熱。
クーガーは塹壕の中に隠れられていることを神に感謝した。恐らくこの塹壕がなければ、クーガーたちはひとたまりもなかったであろう。一瞬で蒸発していた可能性は大いにある。幸い、希望卿ユースタスケルがいるので命は無事だろうが、それにしても死にかける経験はしたくないものである。
ハラーハラは世界を滅ぼすような猛毒である。それは熱にして疫病、蛇神の吐息である。生身で浴びたら、皮膚の内側からぶくぶくと膨れて沸騰して爆ぜ、空気に触れて発炎する。よけてもその猛毒の瘴気が、
その威力ときたら、「うわわわわわ、うわわわわわ」「クーガー、何ですかこれは」と二人も顔を青ざめさせるほどであった。
塹壕の中なのに焼けるように熱い。
二人の女の子を守るためにクーガーが盾になっているので、クーガーの背中は恐ろしくひりひりと痛んでいた。触りたくないし見たくもなかった。きっと酷いことになっているに違いなかった。
(創造のエローナの専用スキル、『まじかるすけっち』――今まで戦ってきたボス敵を一ターンだけ召喚して、必殺技を発動させるというチート技。一試合につき同じボスは一回だけという制約はあるが、そんなのはどうでもいい。あいつらが今までにどんなボス敵を倒してきたのかというのが最大の焦点だ――!)
風魔法で灼熱の瘴気を吹き飛ばし、クーガーは再び魔石を投げた。顔を出す際、皮膚が少し焼けたが問題はない。それより今、急いで追加の一撃を食らわせないとまずかった。今一気に畳み込まれたら敗北もあり得た。
「まじかる――!?」
「危ないエローナ! く、ここは俺が――!」
――炸裂。広がる眩い火の海。再び空中が赤く灼けた。
(よし、また時間を稼いだ)
同じく余裕のないクーガーは、猛毒に耐えながらも短く考えた。
(魔石による広範囲中級火魔術『エクスプロード』の一撃だ、不意打ちにしてはキツイ一発のはず。恐らくさっきソイニが咄嗟に『かばう』を発動してエローナをかばったのだろうが、範囲魔法をかばった分二倍のダメージを食らうことになって、かなり余裕をなくしたはずだ)
魔石手榴弾のメリットはこの不意打ちのしやすさにある。
普通魔術を放つときは、詠唱を伴う。なので「いつ」「どこから」魔術が放たれるのかを予測することが容易い。
例え無詠唱でも、魔法陣が展開される光を見れば、どの方角から魔法が来るのか一瞬身構えられる。特に今回のクーガーたちのように塹壕に隠れている場合は、その塹壕の方向から反撃が来ることが予測できる。この予測できるかどうかは、かなり重要な点である。
――魔石手榴弾は、何の前触れもなく、突然魔術が発動する。
敵の潜む前方からだけではない。
時に足下から、時に横から襲いかかる無造作の攻撃。広範囲魔術が飛び交って土埃が舞う悪い視野のなかで、的確に対応するのは困難である。
そんなクーガーの悪辣な魔石攻撃は、勇者一行をかなり苦しめていると言えた。
逆に、不意打ちのようなスタングレネード魔術や広範囲中級魔術を何度も浴びているのに、それを何とか防御できているユースタスケル一行が異常なのである。
これがもし凡百の生徒たちなら、魔石手榴弾の広範囲魔術で何度も全滅しているだろう。
(地味に、不屈のソイニの耐久力が厄介だな……。
本来なら既に余裕で勝っている――クーガーは舌打ちしたい気分になっていた。
魔術を自動で発動でき、なおかつパーティの体力、魔力、状態異常、バフ、デバフ、その他全てを自由に再分配できる女――秩序の
今まで戦ったボス敵を、戦闘中一度だけ呼び出せる女――創造の
味方をかばうこともできて、気絶しても数ターン凌げば何度も蘇る男――不屈の
余りにも悪魔的なシナジーに、クーガーの方も突破口を見出せないでいる。このまま物量にいわせて消耗戦で押し切るか――と考えたところで、それがほぼ無意味なことに気付いてしまった。
(……希望卿がいるんだった)
希望卿ユースタスケル。この状況においては、限りなく最悪の男である。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「クーガー、貴方を信じます。ですからもう一度、私を信じてください」
「怖い、ですねェ……クーガー殿。でも、それでも……この策士オットー・クレンペラーは、貴方の友です」
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
重ねて言うと、希望卿ユースタスケルは、この状況において最悪の男である。
塹壕を作って、土の中に篭って、
「悪いけど、勝利は譲れないよ。――希望の
運命の主人公、ユースタスケル・フォルトゥナート。
全てを切り裂く光の剣『クレイブ・ソリッシュ』に選ばれた者。
――その本質は、無限の希望である。
全体回復+全体状態異常回復+全体バフ効果を持つ音楽魔術『希望の
ぱりん、と空間が割れるような音がした。空中にオーブが三つ砕け散る。クーガーはその瞬間、
(希望卿ユースタスケルは――最大10回までチャージすることで、最大11回連続行動ができるぶっ壊れキャラだ)
何が希望だ、こんなの絶望じゃないか――とクーガーは臍を噛んだ。最悪の場合あと七個、
ここまで積み上げてきたクーガーたちの血の滲む苦労は、希望卿の僅か三オーブで綺麗にリセットされてしまったのだった。
「初めてかい、クーガー君?」
「……何が」
「――僕は、一瞬で状況を覆されるような戦いは初めてかい、と聞いているんだ」
おん、と風が唸り斬撃が空を飛んだ。塹壕の前に積み上げた土塁が、三重に展開した魔術障壁もひっくるめてものの見事に切り裂かれていくのを見て、クーガーは戦慄した。
「――! なりません! 炎の矢/ignis sagitta! ルビーの焔/rubico flagrantia!」
「遅いよ、ビルキリス王女」
とっ、と軽い音がして、一瞬で勇者ユースタスケルが距離を詰めていた。縮地という歩法があることは知っていたが――これほどに速いとクーガーは知らなかった。
咄嗟にビルキリスを突き飛ばして守ろうとするも、今度はクーガーがよけ切れない。斬撃の乱れ撃ちがクーガーを襲った。最後に鳩尾を思い切り蹴飛ばされ、クーガーは二度三度地面を跳ねた。
「クーガー! 無事で――」
「悪いけど、よそ見は看過できない」
叫ぶビルキリス。だが声は途中で掻き消えた。
王女を思い切り蹴り飛ばし、その方向に、おん、と斬撃を切り飛ばす容赦のなさが、希望卿ユースタスケルの戦い方である。即座に横一閃に薙ぎをいれて、立ち上がりかけたクーガーに一太刀浴びせるところまで含めて余念がなかった。ビルキリスとクーガーの間の距離は絶望的に引き離されてしまった。
全て、土塁が切られて一瞬のことだった。
「――よそ見は看過できませんねェ! 棘の雷/spinium fulgoris 三十撃/triginta! 更に魔石を」
「ああ」
ぱりん、と空間が割れて、三十の雷は霧散していた。策士オットーの渾身の魔術が、一瞬で終滅させられたことを示す一幕であった。無残に砕けた塹壕のなれはてに、沈黙と戦慄が走る。
三十もの魔術を、一瞬で掻き消す敵――。
「初めてかい?」
「な、何が――」
「――僕は、後出しで魔術を全て掻き消されるような戦いは初めてかい、と聞いているんだ」
どどど、と叩くような音が連続して、オットーは壁に二度叩きつけられた。おん、と風が唸って追い打ちをかける。吹き飛ばされたオットーの四肢は、だらりとして力を失っている。
ここまで全てが、一呼吸の間の出来事だった。
「……ふ、ざけるな!」
「遅いよ」
クーガーが吠え、尋常じゃない脚力で飛び掛かり、そして――毬のように地面を跳ねた。
強化魔術を自分に施したクーガーは、それでもユースタスケルの世界には届かなかった。あまりに違いすぎた。
四重に重なった斬撃が襲い掛かってきたとき、ああこれが奴の速さか、とクーガーは悟った。
「本当は僕は手を出すつもりじゃなかったんだ――」
愁いを帯びた声がして、斬撃が二度飛んだ。ビルキリスの魔術が掻き消され、ついでに一撃浴びせられていた。ビルキリス殿下、と叫ぼうとしたクーガーの喉にまた新たに一撃刺さっていた。いつ飛ばしたのか見えないほどの技前であった。
「極力、三対三の試合にしようと思っていたんだ。公平だろ? 僕抜きで三対三さ。でも、あのルールだと流石に負けそうだったからね。一人でも戦闘不能になれば負けというルールじゃ君たちに有利すぎたみたいだ。だから僕が出た」
「……ignis――」
「遅いよ」
ビルキリスの抵抗はあっさり打ち消された。ついでに腕を伸ばして魔術を準備していたオットーにも一撃浴びせて場を圧倒していた。
希望卿の独り言はまだ続いた。
「実は、得点的には君たちには勝っているんだ。だから決闘をしても決闘をしなくても、きっと僕たちは君たちを差し置いてこの『野外実習』で勝っていたと思う」
「な……」
「ああ、実は僕たち色々あったんだ。森の奥で
――だから、伝説の魔物のおかげで素材点もたくさんあるし、温泉を見つけたから特例で得点板をもらっちゃったんだ。
そんなことを悠然と語る希望卿に、クーガーら三人は言葉を失ってしまった。
「なら、何故……何故……私たちと、戦った、のです……」
「喋らないほうがいいよ、ビルキリス王女。傷が深い。でもそうだね、言うなれば看過できなかったんだ。――人を脅したりして他の人たちより優等生扱いされる君たちが。学校を丸々一週間サボったり、女子風呂に入ったり、好き放題して周りに迷惑をかけているくせに、学校からの成績は高く評価されてしまう君たちが、見過ごせなかったんだ」
さらりと。
「悪いことをしているんだよ、君たち。悪い奴が
そんなことを言って。
「だからクーガー君。今からでも遅くない。真剣にやりなおそう。今から真剣に、真面目にやりなおしてくれたら僕は――」
「――俺は、
クーガーは激昂した。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
(そんなの八つ当たりじゃないか)
正義の名を借りれば、八つ当たりが正当化されるなどとは、クーガーは考えていなかった。
見過ごせないなら注意をすればいい。言葉で説得すればいい。少なくともクーガーらは、ルール違反も一方的な搾取も、何一つ行っていないのだ。クーガーらとて悪ではない。悪いところがあるなら、そこを変えるぐらいの交渉の余地はあった。
それを「見過ごせないから」と勝負を吹っかけてきて、力に任せて全てを奪おうとするなんて、ただの言いがかり、ただの八つ当たりである。
正義という聞こえのいい理由を付けながら、こつこつクーガーなりに積み上げてきた努力を全部否定するような、そんな希望卿ユースタスケルの行いは、クーガーにとって到底容認できるようなものではなかった。
――楽ではなかったのだ。
体を鍛えてきたことも、魔術を訓練してきたことも、魔石をたくさん集めたことも、魔物の解体を練習してきたことも、全部、楽なことではなかったのだ。
「何が、真剣にやりなおそう、だ。
「残念だ」
ぱりん、と空間が割れ、おおおお、と空気が連続して唸った。クーガーに雨のように斬撃が降り注いだ。それは命を叩き削るような所作であった。その中心にいたクーガーは、暴力の嵐に摩耗した。文字通り、命が削れるような感覚がした。
「――用心深いね、クーガー君。君は賢い」
足元をぐるりと斬ったユースタスケルは、そのあと苦笑して構えなおした。遅れて足元にこっそり仕込まれていた地雷の魔石が爆発する。連鎖的に爆発したそれは、ユースタスケルに致命的なダメージを与えることはなく、上手にいなされていた。
クーガーはまたもや届かなかった。少なくないダメージは与えたものの、結局は凌がれたらしい。断続的に舞う土埃が、虚しく宙を空振った。
元々、塹壕は
だから塹壕の中や塹壕のそばに魔石を埋めて、地雷にして相手に致命的なダメージを与えようと考えていたのだ。ここぞというときに爆破して相手を巻き込む。それで最悪一人でも倒しきったら勝てる――そうクーガーは思っていたのだ。
舞い上がる粉塵の中、ユースタスケルは通る声で言った。
「視界が悪いな――まあいい。この土埃で光は減衰するけど、手数がそれを埋めてくれる。あと二個オーブがある。二回は僕の世界だ」
ろくに立ち上がれないクーガーの元に、死の足音が近づいてきた。足音――本当は連鎖する魔石の大爆発の音で聞こえないが、おおおお、と唸る斬撃の音だけは憎らしいほどよく聞こえる。距離も、少しずつ縮まるのが分かった。
「この連鎖する爆撃に巻き込まれなければ、僕は勝てる――」
そして吹き荒れる嵐。
斬撃の嵐は時に防壁となる。籠の網目のように斜めに交錯した斬撃が、ユースタスケルの前を行き、地面に仕込まれた魔石を先んじて切っていく。見えなくてもいい。魔石の爆発の連鎖と、斬撃の衝撃波で前が見えなくともいいのだ。ユースタスケルはその後ろをゆっくりと歩いていけばいいだけであった。
「――策、なれり」
「何――?」
――だからこそ、この視界の悪さは全てをごまかしてくれた。
「んふふ……粉塵爆発、ご存知でしょう……? 可燃性の粉塵が、空気中で次々に引火して、爆発を起こす現象です……」
「!」
馬鹿な、可燃性ではない土埃では粉塵爆発など起きようもない――と言いかけたユースタスケルは、状況がすでに違うことに気付いてしまった。
いつから、この土埃が
この粉塵はまずい、とユースタスケルは気付いてしまった。
「怖い、ですねェ……クーガー殿。この身に代えても……一人は……仕留めようと覚悟してたのですが……んふふ……でも、それでも……この策士オットー・クレンペラーは、貴方の友です」
ぱちり、と火が散った。「んふふ」と小さな笑みがこぼれた。
「袋のネズミという言葉がありましてねェ――
――そして、目を覆うような爆発。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
『んふふ、どうせなら塹壕を作るときに、地下ダンジョンで取れた黒土の粉塵を仕込みましょう! ――炭鉱? よく分かりませんが、削るときに失敗した粉です』
『ええ、あの、爆発するものです。――大丈夫ですよ、空気中を満遍なく舞わないと、粉塵爆発しないですからねェ』
『計画はこうです! この塹壕に飛び込んできた敵を、魔石の地雷と、我々の集中砲火と、この粉塵爆発で仕留めるのです!』
『――んふふ、心配には及びません! お任せを! この策士オットー・クレンペラーは貴方の友です!』
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
何も、残された三人の勇者はただ単にぼーっとしてた訳ではない。
例えば、秩序のヴァレンシアは積極的にパーティの魔力や体力を分配器で調整し続け、創造のエローナは魔力消費量の大きすぎる『まじかるすけっち』を控えて瞑想により魔力を回復し、不屈のソイニはそんな二人を守るため周囲の警戒を続けつつ、三人ともじりじりと塹壕に近寄っていた。
近寄りきれない理由として、一つは魔石の地雷への警戒がある。
クーガーの魔石手榴弾、魔石地雷は端的に言って驚異であった。
そもそもユースタスケル一行は、ぼろぼろに消耗していた。予想以上にクーガーが粘ったのだ。だから今、彼ら三人は、塹壕に飛び込んで短期決戦にもちこんだ希望卿ユースタスケルに殆どの魔力と残存体力を託して、三人は三人で休憩に努めていたのだった。
途中、ユースタスケルが『希望の
こんなぼろぼろの状態で、もし一発でも不意打ちを食らってしまったら――。
もはや三人は、希望卿ユースタスケルの足を引っ張らないように、状況を静観する他はなかった。
「……魔石を投げるだけかと思ったら、地面にまで仕込んであるとは……邪道だな。不意打ちは王道にあらず、だ」
「ああ……。俺たちは、不意打ちばかり狙うような、そんなあいつらみたいに甘ったれた生き方はしてない」
「……あの王女様は、特殊。妨害魔術なんて、珍しい」
思い思いのことを呟く三人。
何度も連続して爆発が見えるのみ――塹壕の様子を見ることもかなわない三人は、ただその場に佇んで、不意打ちが来ないかと神経をとがらせていた。
「ユースタスケル卿、貴様はこの私ヴァレンシア・エーデンハイトが王道と認めた男だ。――勝て。普通は、それが基本だ」
「信じてるぜ。俺たちは、こんなところで負けるような、甘ったれた生き方はしてない――!」
「……勝てる」
三人が呟く中、塹壕から飛び出る影が一人。
一人、ということはユースタスケルのみだ――そう判断した三人は、しかし一瞬感じた気配に警戒を爆発的に高め、後ろにさっと飛びのいた。
「――火の矢/ignis sagitta 十三撃/tredecim」
「!」
咄嗟にソイニが、腕のガントレットでそれらを弾く。威力は弱かったが、油断のならない速度があった。くそ、敵か、とソイニは思わず舌打ちした。
「い……一対三、ですか……なり、ませんね……ふふ。……楽に、なんて、なれませんね……人生……」
その影は、ふらりと揺れている。
満身創痍の王女が、何とか踏みとどまって立っている――そんな痛ましい光景のようにも見えたが、全てはおびただしい粉塵にもみ消されて、よく見えない。
一体何が起きているのか。
三人はこの混迷した状況に戸惑いを隠せなかった。
――だが、状況が動くのは決まってこんな時である。
「! ――ユースタスケルの天秤が!」
「!」「!?」
一際大きな爆発。大きく傾く分配器の天秤。三人に刹那走る緊張。
その隙を、王女ビルキリスは逃さない。
「――」
投げられる魔石。放たれる無詠唱の火の矢/ignis sagitta。駆け出す王女。
同時の行動が防御を難しくさせた。
最後の捨て身としては上出来である。ビルキリスは自分の身を守る気がないのだろう。魔石の爆発と、無詠唱で放った火の矢/ignis sagittaに巻き込まれてもいい――そんな覚悟のこもった飛び込みだからこそ、よけ切るのは酷く困難になった。
「障壁/obice!」
(障壁魔術!?)
どこに、何を防ぐ障壁を――と考えた三人は、そこで発想の転換に気付くのが遅れた。
シールドバッシュ――盾による体当たりである。強固な障壁が、相手を吹き飛ばす鈍撃として働くのだ。
それもかなり強固な障壁魔術である。あの『
三人のうち、三人ともがバランスを崩した。
「ほら、クーガー……できましたよ。あれだけ、ミミズたちで……練習しましたからね……」
ビルキリスは絶え絶えの息で呟く。
三人のうち、転倒したのは膂力の足りないエローナと、無理をしすぎていたソイニである。が、障壁魔術で地面にぐいぐいと押さえつけられているのは、運の悪いことに、か弱いエローナの方であった。
「……ゼロ距離バースト、でしたね、クーガー。本当は、地面から出てくる貴方と、挟み撃ちで使いたかったです」
「! まさか――!」
「クーガー、貴方を信じます。……ですからもう一度、私を信じてください」
力をください、という呟きがこぼれた――気がした。
それはまさに一瞬を縫う様な間隙の出来事であった。ソイニもヴァレンシアも、エローナを助けようとするが、間に合わない。
そして、息もつかせぬまま――再び巻き起こる、大爆発。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
『大丈夫です、万が一はあり得ません。私の障壁を使って、塹壕の中に相手を閉じ込めます。こんなこともあろうかと、障壁魔術は練習しておいたのです』
『……クーガー? 迷宮第二階層で何を見てきたのですか。私たちは、魔石を大量に食べて魔力を育ててきましたし、長い時間をかけて、障壁魔術や妨害魔術、無詠唱魔術を練習してきたではありませんか』
『万が一上手くいかなくても、この障壁で挟み撃ちにしましょう。クーガーなら地面からでも移動できますし、相手の不意を突けるに違いありません』
『ゼロ距離バースト? でしたか。あれを実行します。……大丈夫ですよ、私たち二人の息は、ぴったり合いますとも』
『クーガー、貴方を信じます。ですからもう一度、私を信じてください』
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「――うん、オーブの魔力が全部消えたよ。強いね」
希望卿ユースタスケルは、満身創痍になりながらも、剣を杖にして立っていた。
数えきれないほどの生傷を体に受けながら、それでも、絶望をひとかけらも顔に滲ませない芯の強さには、確かに『希望卿』の名が似合っている。
運命の主人公、ユースタスケルは、数々の苦境を知っているからこそ、どんな逆境でも一抹輝く『希望』を知っているのだ。
オーブは消えた。残り二つとも全部が消えた。
一つは、大掛かりな粉塵爆発から逃れるために。
もう一つは、もう少しで倒されてしまいそうだった仲間エローナを助けるために。
あと少しでも間違っていたら――負けていたのはユースタスケル一行である。
まさに間一髪の勝負。
ユースタスケルたちは、はっきり言って自分たちをここまで追い詰めたクーガーたちを賞賛してさえいた。
「――まだ、戦うのかい、クーガー君」
「……」
策士オットーを背負いながら、王女ビルキリスを抱えながら、その男クーガーは立っていた。
ナーガラージャの猛毒にじわじわと蝕まれて、無数のクレイヴソリッシュの斬撃を浴びて、一番手酷い怪我を負っているクーガーが、それでも歯を食いしばって直立している。
――吐息が、煮えたぎる闘志に熱されて揺らめいていた。
「……策士が泣きながら『背負ってください、もう歩けません』と頼んで、王女が朦朧としたまま『抱えてください、まだ戦います』と頼んだからな。なら俺が歩くまでだ」
「強いね、クーガー君は」
「5000兆あるからな」
「何だいそれ」
後にも先にも、クーガーはもう膝をつかない覚悟でこの場に立っていた。
何故なら、見てしまったからである。
あのどこか掴めない策士が、悔し涙を滲ませて、もう歩けないと吐露して、ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返し呟くところを。
あの気丈で真面目な王女が、息も絶え絶えになって、抱えてください、まだ戦いますと、朦朧とした様子で呟くところを。
決意が人を強くする瞬間があるのだとすれば、それは今だ――とクーガーは感じていた。
絶対に負けたくないと思ったのだ。
そして、不思議と負ける気はしなかった。
何故なら三人とも、
「金貨5000兆枚――俺の強さだよ」
「ふ、笑わせないでくれ。でも、君は強いよ」
「お前は……もう少しだけ戦えるだろう、ユースタスケル。それともその剣を杖にしなかったら立てないぐらい満身創痍なのか?」
「そうだよ。オーブは反動がひどいんだ。それに、殺さないようにするのも本当難しいんだよ。……でもいいよ、多分、君とイーブンだ」
「イーブン? まさか。勝っているのは俺だよ」
「?」
あまりに自然な言葉に、周囲が一瞬虚を突かれる。
勝っている、という言葉はそれだけ非現実めいていた。だが、クーガーはその言葉を信じていた。
「――三対四じゃないぜ。
そして突如――金貨の雪崩が驚愕する勇者四人を横からひっぱたいて、大質量で呑み込んだ。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
金貨一枚の厚みは、実は一円玉の半分か同じぐらいである。
であるから、金貨が5000兆枚積み重なっても、せいぜい
金貨の質量は一枚あたり5g程度なので、重さは総計で約250億t、つまり
5000兆枚といっても無限ではない。
だが――それはおぞましい質量である。
どばあ、と何かやばいことになった。
太陽までの距離の25倍攻撃はそこそこ効いたらしい。
割と最悪な攻撃であった。
例えるならば地獄絵図である。
「! みらくるすけっち! キュクロープス!」と叫ぶエローナを呑み込み、一つ目の偉大なる巨人を「ぶごおおおおおお」と呑み込んだ。
「! 押し返せ! メタトロンの36の羽ペン!」と叫ぶヴァレンシアを呑み込み、羽ペンと天秤を呑み込んだ。
「! 負けねえ!
「――く、やってくれる!」
金貨の波に抗い、満身創痍になりながらも、仲間三人を引きずり上げたユースタスケルは、「第二弾」という無慈悲なクーガーの声と、再び押し寄せる金貨の波に溺れた。
「ぐ……く、そ……、ま……まだまだ――!」
と希望の限りを尽くさんと這い上がるユースタスケルたち四人に、今度こそクーガーはスライムの塊を思い切りぶちかました。
「装備品が強すぎる。――だから一旦、布部分は消えてもらうぞ」
クーガーの表情に、悪魔のような笑みが浮かび上がった。
何度も魔術学院から奪い取り、地下ダンジョンでミミズと一緒に養殖していた『服だけ溶かすスライム』――それが、オットーによる水魔術の制御と、ビルキリスによる障壁魔術の制御により、異常な水塊となって襲い掛かる。
果たして、それは巨大な岩石のように四人組に叩きつけられて、勇者ら四人をざぶざぶ揉んだ。
服が溶けた。
「! じゃ、じゃ、邪道だ――ッ!」
「こ、これだから貴族は――!」
「……えろい」
「! 流石に看過できないぞ!」
抗議の声を上げる四人に対し、クーガーはようやく、装備品による相手の加護が減衰したことを感じたのだった。
そしてそこに――これで勝てる、と一抹の希望が生まれた。
初めて、クーガーはこの状況にして、相手の台詞を皮肉る真似にでた。
「初めてか?」
「! 何がだ」
「俺は、金貨に溺れ負けるのは初めてかと聞いている」
――そして始まる、金貨の砲撃第三幕。なだれ落ちるも呑み込むも、全ては金の塊である。
連続する魔石の大爆発を凌いで凌いで、それでも爆撃を浴びせられ続けてきたような、満身創痍の少年少女に、この金を乗り越える術などない。
あるなら何度も流し込むまで。何度も、何度も、何度も。
このとき、クーガーは、何とも言い難い達成感を味わい、涙をこぼした。
ぼろぼろと瞳からあふれるそれは、クーガー自身を驚かせたが、しかし不思議と止まることはなかった。
――かくして、クーガーは勝利を収める。
運命の主人公との戦いを、絶対に勝てないはずの戦いを、ついに、この手に征したのであった。
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