ただの愚図で間抜けな弟が、優秀な一人の兄を超える
エンリケ・ザッケハルトが今まで見てきた限りでは、弟のクーガー・ザッケハルトは、ただの愚図で間抜けな少年であった。
家族がみな甘やかしたせいで、際限なく甘えん坊になり、辛抱を知らない子供に成り下がっている。
全く、何が竜殺しの血筋だろうか。
小さいころに母を助けたのだというが、「痛いの痛いのとんでいけ」だなんて言葉、誰でも言えるのだ。
そんなので母親が助かるというのならば、当の昔に母をなくしたエンリケの過去が、馬鹿馬鹿しくなってしまう。
家族がクーガーを甘やかすことに対して、エンリケはかなり冷ややかな目で見ていた。
育ち方が悪ければ結局、血が良かろうが何であろうが、愚物は愚物にしかならないのである。甘やかせば人はそれに甘えて腐るのだ。それゆえエンリケは、クーガーに
(おそらく、私の弟が大きく変化したのは十三歳の誕生日を迎えてからのこと。彼は生まれ変わったかのように色んなことに着手した)
十三歳になってからのクーガーの変化は目覚ましかった。どこから思いつくのだ、というぐらいの数々の内政計画に加えて、どこから調達してきたのか全く不明である5000兆枚の金貨。彼の果断なる実行力と無尽蔵の資金力による内政計画は、二年以上の歳月を経て、少しずつ結果を出しつつあった。
(あの時は驚いたさ。ただの愚鈍な弟だと思っていたら、いつの間にか急にいろんなことを学んで、――気がついたらいつの間にか私を抜き去っていたのだから)
抜き去った、という表現が正しいかどうかは分からない。だが、もしも人間に価値をつけるのだとすれば、抜き去った、という表現がふさわしいだろう。
誰よりも勤勉にいろんなことを学び、誰よりも熱心にいろんなことを研究し、誰よりも真剣に自己鍛錬に励み、そして誰よりも堂々と奇妙極まりない技術に惜しみなく投資を続けた。
結果、クーガーが内政計画の中で少しずつ育ててきた様々な技術や知識が、そろそろ目に見える結果となって芽吹きつつある。
今となってはクーガーは、間違いなくザッケハルト家でもっとも可能性に溢れている人間であろう。
(悔しいな。神童と呼ばれていたのはこの私だったはずなのにな。いや、長兄も次兄も長姉も末妹も、父も母も、皆才能に溢れた傑物だったはずなのに――)
だというのに、クーガーは、わずか二年間でさっぱり変わってしまった。そしてその二年間で、家族の皆を置き去りにして遥か先を進んでいた。
(なあ、一度ぐらい本気で戦ってくれないかい、クーガー? 私はね、どうしても試したくなったんだ。何もかもが、本当に何もかもが拙かったお前が、この二年間でぐんぐんと成長して、そしてもうどこにいるのか分からないぐらいに遠くなってしまったように感じて、取り残された私は――)
(――ああ、ようやく
「私たち家族は、お互いがお互いを尊重して、それぞれの才能に敬意を払っているいい家族だ。けども、誰かが華々しい結果を残したりしても、誰もお互いに
――本気を出さなきゃいけないなんて、身震いするよ。
そして、竜殺しの血が疼く。災厄の竜さえもが忌む、竜殺しの血が。
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クーガーが蹴り飛ばされてから、状況はさらに加速した。
「魔石解放――『
「! これはこれは、まさか王族魔術とは。まさか生きている間に
エンリケが飛び退り、遅れて業炎がその場を焼いた。王女ビルキリスの渾身の一撃。固有魔術『
一瞬の駆け引き。王女と音楽士の視線が一瞬交差した。
「……なりませんね。ラーンジュ卿。今一瞬消えたように見えましたが」
「ふ、クーガーとの一騎打ちを邪魔しようとするとは悪い子だね。そんなお姫様にはお仕置きしなきゃいけない。――それでは、お聞きあれ。音楽魔術『安寧の
「無駄です!」
突如空間を包む音圧と、それを防ぐ障壁魔術――ビルキリスとエンリケの魔術はかなり高度な水準で拮抗していた。
無形の音楽魔術に対処するビルキリスもさることながら、仮にも王族の血を引く優秀な魔術師相手に高度な勝負を展開できるエンリケも只者ではない。
これは面白い、とエンリケは仮面の中でさらに深く笑んだ。
「……音楽魔術が効いていないみたいだね。少々計算外だったかもしれない――む?」
つぶやいたエンリケは、突如横から投げ込まれた薬品に対処を求められた。
痒み草の粉末の煙幕。
毒と判断し、即座にぴぃぃ、と甲高くオカリナを鳴らしたエンリケは、音圧で毒煙幕の全てを吹き飛ばした。とっさの防御に気が回るのは強者の証である、が――。
「んふふ、予想通りでしたねェ」
しかし、それは罠である。声を発したのは、眼鏡をくいっと上げるオットーであった。
王女と音楽士の勝負の合間を縫って、策士オットーは奇襲を打ったのだ。煙幕玉を投げ込んだのには理由がある。目潰しが最大の目的だったが、このエンリケのとっさの行動でオットーは十分な情報を得ることができた。
「音は空気ですゆえ、今の反応で確認が取れました。ラーンジュ卿の魔道具は空気を操るものです。ですから、恐らく貴方の音楽魔術は、真空状態を作ればそこで途切れてしまいますねェ」
「ふ、君も悪い子だよ。音楽魔術の弱点をつまびらかにするとは、なかなか容赦がないじゃないか、
「! それではお返しにご覧じ
「!」
急いで横に飛んだ。そのエンリケの果断は正しく、目の前を
その雷光に隠れて、ビルキリスの炎の矢が二射、三射とエンリケを狙う。俊敏で隙の無い連携。悉くは踊るようにしてかわされた。しかしエンリケは一瞬にして余裕を失っていた。王女と策士の畳み掛けるような連携はかなり巧みにエンリケを追い詰めていた。
クーガーは叫んだ。
「オットーの張ってくれた煙幕のおかげで飛ぶ先が見える! 飛ぶ先は一瞬空間がぽっかり空くんだ!」
「! いつの間にか転移に気付いていたか……! これはこれは驚いた」
煙幕には更に意味がある――策なれりとはこの事である。
「『消える音楽士』ラーンジュ卿が、今までどうやって堅牢な守りを欺いて様々な場所に侵入していたか、そしてどうして『消える』と称されてきたのか、何故
次に出てくる場所を読んだクーガーは、そこに現れたエンリケに思いっきり蹴りを飛ばし返した。
どす、と重い音が響く。とっさに腕で防御されたが、少なくないダメージを与えたはずである。
蹴り飛ばした姿勢のままクーガーは続けた。
「ランジェリー同盟の盟主ラーンジュ卿は、『貝殻と響くオカリナ』と『夜を渡る外套『夜の翼』』という魔道具を使って戦う。オカリナによる広い範囲への音楽魔術、そして夜の翼による瞬間的な空間転移――使いこなせばこれほど諜報に向いた魔道具はない。そうですよね、兄さん?」
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「来る日に備えて、ラーンジュ卿の戦い方を、お二人に教えておきましょう」
「その前にクーガー、どうしてランジェリー同盟の人たちの戦い方をご存じなのですか?」
「……ラーンジュ卿は音楽魔術と空間転移で戦います」
「あ、逃げましたね」
「逃げましたねェ」
「まずは音楽魔術です。ラーンジュ卿は音楽魔術により強烈な幻覚を与えてきますが、言わば音は空気の振動です」
「! んふふ、つまり、音楽が聞こえてきたと思ったら、さっと耳のそばに真空の膜を作れば何とかしのげる――ということですねェ?」
「その通り、流石は策士オットーだ」
「……んふふ、問題は音楽魔術が辛うじて認識できない程度の微音だったときですが……まあそんなことは流石にないですかねェ」
「オットー。気付かれないうちに相手を幻覚に落とせるほどの腕前なら、きっとラーンジュ卿は宮廷魔術師並みの実力者でしょう。既にお手上げです」
「一応、効き目は弱いでしょうが気付けの薬を奥歯に仕込むとして対処しましょう。――続けますよ、殿下、オットー。真空の膜の作り方は風魔法です。今まで迷宮第二階層の屋敷の地下ダンジョンに潜る際、風魔法は無意識に練習してきたはずですから何とかなるかと」
「んふふ、どうせなら『我々は音楽魔術対策は完璧だ、だから無駄だ』と教えてやりましょう。そうすれば向こうは音楽魔術を諦めて、我々は真空の膜のことを考えなくても戦闘に専念できるはずです」
「そうですね……。教えずに無駄に魔力を垂れ流してもらうのもありですが、その辺の駆け引きはオットーに任せましょう。私は空間転移の方が気がかりです。クーガー、教えてもらってもいいでしょうか?」
「ええ、空間転移ですね。ラーンジュ卿は『夜の翼』という魔道具の外套を持ってます。これは夜の間だけ、目視した空間に転移できるという優れた魔道具です。ただ一回ごとの魔力消費量が尋常じゃないので、流石に連続して発動はしないはずです。ここぞというときにフェイクをかけてくるでしょう」
「空間転移……出てくる場所は予測できませんかねェ? 煙幕のようなものを張れば、転移先が目に見えるなどは」
「そうですね、オットー。是非とも煙幕を張りましょう。もしこの予想が当たれば、相手がどこに現れるかが、ぽっかり煙に穴が開いて見えるはずです。クーガーもそれでよろしいですか?」
「んふふ、ならば私は煙幕を調合しますかね。嫌がらせに色んな成分を配合してやるとしましょう」
「……あのー、私はあくまでラーンジュ卿たちに協力して彼らを逃がす算段なのですけど……。この情報も、お二人が怪我をしないように予め教えておくだけですからね」
「! これはこれは、んふふ、この策士オットー・クレンペラーは相手を倒すつもりでした」
「……なりませんか、クーガー?」
「なりませんよ? 倒してはだめですよ、殿下」
「ですが向こうは、クーガーが手助けしようとしていることを知らないのですよ。最悪の場合、本気で戦うことになるかもしれませんよ」
「大丈夫です。向こうも命はとらないはずです。――それに何より、最悪本気で戦うことになっても勝つ手段はありますよ」
「勝つ手段?」
「んふふ、それはもしかして、この新しく作り出した蘇生魔術『リザレクション』を使う方法でしょうかねェ」
「はい。その蘇生魔術『リザレクション』と魔石連続攻撃を組み合わせたら、多分、殆どの敵には勝てるかと」
「……危ないことはしないでくださいね、クーガー。信じてますよ」
「大丈夫ですよ殿下。……あ、おまじないをいい忘れてた」
「?」
「?」
「悪く思うなよ、ランジェリー同盟。言うなれば、そうだ、巡り合わせが悪かっただけだ」
「あの、何ですかそれは……?」
「……んふふ、時々クーガー殿は不思議なことをしますねェ」
「ジャパニーズテンドン、というやつです。願掛けですよ」
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クーガーがつまびらかにしたもの――それは
音楽魔術と空間転移を使い、自由自在に夜を飛び交うのが、彼の戦闘スタイルである。
強烈な幻覚を引き起こす音楽魔術と、相手の攻撃を殆ど回避できる空間転移の組み合わせは、ただでさえ強いエンリケの強さをより一層人外めいたものにしていた。
「ふ、だから私の移転先を読むために、オーディリア嬢に煙幕を使わせたのだね。……やるじゃないか」
だがそれでも、と言い残してエンリケは転移を繰り返す。
追い縋るクーガーも、遠くから機を窺うビルキリスとオットーも、迂闊に攻撃を仕掛けられないぐらいに早い転移の連続にたじろぎ、とうとうクーガーたちの猛攻は止まった。
(連続転移!?)
「――さて、それじゃあ転移を繰り返せば、君たちはどうするかな?」
連撃。
転移と同時に蹴りの一撃を加えて、すぐに転移するという凶悪な攻め立て。一転して、クーガーらは一瞬で不利な立場に追いやられた。
(馬鹿な、連続転移は向こうも消耗が激しいはず――! こんな無茶なことをするなんて、エンリケ兄さんは……っ)
嵐のような猛攻が続き、クーガーらは防戦一方になる。
痛烈な蹴りが何度も炸裂し、受ける側のクーガーの体力を順調に消耗させていった。障壁魔術を張ってもその内側に飛んでくる転移の厄介さが、防御を殊更難しくさせていた。一撃、一撃、一撃――常人では対処しきれないほどの連続攻撃は、終わる気配を見せない。
「本当はここに音楽魔術を加えるんだがね、君たちはどうやら防げるみたいだからね――」
(! エンリケ兄さんも気付いたみたいだ。音楽魔術は真空で遮断できる。だから音楽魔術だと気付いた瞬間に、耳で真空の薄い膜を作れば全く効かない。――逆に言えば、そこに気付かなければ、あの幻覚の中でこの攻撃の嵐にずっと曝されるわけだけど)
耐えながらも、クーガーは待った。
今ばかりは、迷宮第二階層に作った地下ダンジョンを潜るときに何度も練習した風魔法の技術に感謝しか湧かない。あの時は空気を確保するための技術だったが、何百日も暮らす際、何百回と風魔法を使ったあの経験のおかげで、今こうしてエンリケと戦う際に音楽魔術を気にしないで戦えるのだから。
もしも風魔法を練習していなければ、薄い真空の膜を作ることもできなかっただろう。そうなれば幻覚の中でこの嵐に耐えないといけない。
「ふむ、持久戦狙いか。なるほど、悪くない」
連続する転移に魔力を消耗したか、エンリケは転移をやめた。
代わりに、ぴぃぃ、と再びオカリナを思いきり吹き鳴らす。今度は音の壁がクーガーらに襲い掛かる。とっさに障壁魔術で防ぐが、その隙に乗じたエンリケは今度は転移魔術で近寄って一発強烈な蹴りを浴びせてきた。
顎への一撃。
視界が一瞬灰色になるが、クーガーは意識を手放さないように歯を食いしばって耐えた。
「……回復魔術? ほう、面白いな。回復しながら戦っているとは、なるほど、長期戦には確かに向いているだろうな」
(……くそ、脳が揺れる……ッ!)
クーガーは回復魔術の力を強めた。
(迷宮第二階層での日々のおかげで培った回復魔術のおかげで何とか持ちこたえている。パウリナやビルキリス、オットーと一緒に回復魔術を研鑽していなかったら、きっと今頃は回復が間に合わずにこの猛攻に負けていただろう――)
耐える、耐える、耐える。
クーガーの戦いはついに佳境を迎えていた。攻めるエンリケと凌ぐクーガー。緩急をつけて転移を繰り返し、的確に弱点を突くエンリケもかなりの芸達者だが、それに対応して手広く防御するクーガーもまた相当の実力者である。
早すぎる世界は経験済みであった。
かつて、運命の
手も足も出ないほど早い世界での戦い。
あの時の経験が、辛うじてクーガーの防御の勘を冴え渡らせていた。
ビルキリスとオットーを狙われないのは、クーガーにとって幸いであった。クーガー一人に集中している分、攻撃は過酷だが、その代わり後ろ二人からの回復が心強かった。
回復しながら耐える。ビルキリスとオットーに回復してもらいながら耐える。嵐のような猛攻を耐える。――やがて、永遠と思われた時に綻びが生じる。
「――くッ」
(受けきった! 今だ!)
エンリケも追い詰められていた。煙幕のせいで転移先が読まれる今、転移を迂闊に止めることはできない。だからこそ騙し騙し緩急を入れたり、オカリナによる音圧攻撃を混ぜたりして、何とかここまで連続転移を引き伸ばしてきたが――ついに魔力が底をついたのだ。
勝機。クーガーはここに勝負をかけた。
「うおおおおおおおっ!」
拳を唸らせて渾身の一撃を放つ。防御しても骨ごと砕くような、そんな深い踏み込みの右ストレート。空気を劈くような乾坤一擲の大技は、過つことなくエンリケに一直線に伸びて――。
「――流石だよ、強い。それをまともに受けていたら私の負けだった」
かは、と口から血を吐いて、
エンリケの手はもう、オカリナにない。
オカリナに気を取られながらでは絶対に仕留めきれない――そんなエンリケの、全てを賭けた渾身の一撃がここにあった。
顔面を横からぶち抜かれたクーガーは、ぼぐっ、とぞっとするような音の鈍撃の痛打を受けて、意識をかなたに手放しながら――
「――策、なれり、だぜ、エンリケ兄さん」
「!? な――」
かっ、と魔石が輝いた。
いつの間に魔石が、とエンリケが気付いたときには――。
クーガーが瞬時にアイテムボックス機能を解放させて周囲に放出した、たくさんの魔石から逃がれるすべはなかった。
連続する爆発。
目を焼くような閃光。
耳を突き刺すような爆音。
叩きつけるような光と音の嵐が、その燐光に包まれたありとあらゆる人の意識を粉々に打ち砕く――。
(これがとどめだ、兄さん)
かすむ意識の中、後ろの二人にかけられた『リザレクション』によって無理矢理意識を繋ぎとめたクーガーは、音圧と閃光でびりびり痛む肌に歯を食いしばって踏みとどまった。
(音は真空で遮断できる。光は予期しておけば目を保護できる――。オットーとビルキリスとタイミングを合わせれば、こんな荒業だってできるんだぜ)
魔石に予め仕込んでおいたスタングレネード魔術を大量に解放。
50万カンデラの閃光と
そして――とどめの一撃は。
「うぐっ!?」
「――流石に、もう起き上がれないだろ、兄さん」
――上から叩きつけられる、5000兆枚の金貨による大質量攻撃。
(兄さんの魔道具の外套『夜の翼』は、その転移先を
クーガーは、大量の金貨に沈むエンリケを前にして考えた。
(それに音楽士として勘のいい耳、こいつで相手の攻撃を
三対一、しかも向こうはビルキリスとオットーに手出しをしない――というハンデ付きの戦いではあった。
だがしかし、あの出来損ないのクーガーが、ついに優秀な一人の兄を超えたことには間違いない。
(……また、俺は乗り越えたんだ)
それは、事実の再認識であった。
かつてのクーガーでは絶対に乗り越えられなかった、偉大なる兄エンリケ。
運命が変わらない限り、ザッケハルト家の中では覆らなかったはずの絶対的な序列。
しかしクーガーは、今現に、苦しい戦いを経て、エンリケから辛うじて勝利をもぎ取ったのであった。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「……ご当主様、エンリケ様。……。若様は、ご立派になられました」
闇の中、
気がつけば、天空に翼を広げていた夜は、いつの間にか薄っすらと上り始めた朝によって切り開かれ始めている。
ランジェリー同盟としての時間稼ぎは十分に終わり、作戦はすでに撤退する段階へと移っていた。
シュミーズ卿とビスチェ卿はすでに作戦を終えて
だがやがて、あの
――これは、誰のためでもない、誰も知らない、影の人間が起こした小さな戦いの末路である。
金貨の山から引っ張り出され、意識をすぐに取り戻したエンリケは「なりませんか……か。ならないものだな」と苦笑して、すぐに仲間とともに、そろそろ明けつつある夜の闇にまぎれて消えた。
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