第四章 いつの間にか下着泥棒騒動に巻き込まれる

『野外実習』から解放されて、早速迷宮第二階層の屋敷に戻って、促進栽培やスライム養殖などの効果を見つつ、死霊術の研究を大幅に進める


 あの長い『野外実習』から帰ってきたクーガーは、元の女子寮に戻るよりも先に、とりあえず迷宮第二階層の屋敷へと帰った。

 理由は簡単である。あの勇者たちユースタスケル一行との戦いで傷付いた背中をじっくり癒す必要があったからだ。


(回復魔法もかけてもらった。湯治もしてきた。でも後は、ゆっくり時間をかけて治すしかない)


 時間をかける――世界迷宮の内側は、下に潜れば潜るほど時間が10倍に引き伸ばされる。だから地上でわずか半日ほどの時間でも、迷宮第二階層では50日近くの時間になるのだ。

 実際、それだけ時間があれば、クーガーたちの傷も十分に癒せるものだと思われた。


「あー……。決闘したんですかー……。それでクーガーさんたちそんなにボロボロなんですねー……。ボクの知らない内にそんな激戦してたなんて……」


 屋敷に住む高位悪霊レイスのパウリナは、「せっかく契約を結んでいるんだし、ボクを連れていってくれたら楽に勝てたかもしれないのにねー」とそんなことを言っていた。実際楽になった可能性は高い。こうみえてパウリナは生前はそれなりに魔術に詳しい妖精であった。死してレイスとなった今もなお、強力な魔術の使い手である。彼女がいれば、大きな手助けになったはずである。

 実のところ、妨害魔術という、現代にはない古代魔術を教えてくれたのもこの生ける霊体パウリナなのであった。妨害魔術を駆使して勝利をもぎとったクーガーたちにしてみれば、彼女の功績は非常に大きかった。彼女なくしてはなし得なかった勝利なのだ。


 だが、それでも比較的・・・楽になるだけであって、どうせシビアな戦いになるには違いなかった。


「んふふ、中々強かったですよ。勇者四人は。勝てたのは奇跡に近いですねェ」


「ええ。オットーのいう通り、私たちは相当追い詰められました。もし向こうが殺す気で我々にかかっていたなら、我々はひとたまりもなかったでしょう」


「まあ、殺す気なら『クレイヴソリッシュ防御無視の光の剣』で斬られた時点で死んでますからね。私たちは全員一度は殺されてます。希望卿ユースタスケルたった一人に」


「……え゛、それってあの太陽神ルーが祝福したもうた、神話の剣クラウソラスの一振り――フラガラッハなんじゃ」


 霊体であるはずのパウリナの笑みが、引きつっていた。元妖精のパウリナは、長生きしている分、こういう情報には滅法詳しい。


「凄かったぞ。体力とか魔力とかを好き放題分配する女、災厄級の魔物を召喚する女、何度でも甦る男、そして一瞬で何度も技を放ってくる男との戦いだったんだから」


「え、誰がクラウソラス持っててもおかしくないぐらいぶっ飛んでるんですけど。何してるんですかクーガーさん」


「メタトロンの羽ペンと天秤も持ってたな」


「わー。高位天使の自動魔術執行装置未来を書くペン秩序の分配器運命を量る天秤ですかー。わー。本当に何してるんですか」


「大丈夫、魔石巻き散らかして勝ってきた」


「ああ……」


 どうも何かを悟ったらしい。この悪霊パウリナは、ボク戦わなくて良かった、と心底安堵しているようであった。確かにひどい泥仕合であった。同じ戦いはごめんこうむるところである。


「で、どうだったんですか『野外実習』は? たしか魔物を狩ったり薬草を採集して素材を集めるんでしたよね。皆さん大丈夫でしたか?」


「んふふ、百人分ぐらいの魔物料理を作ってばっかりしてましたねェ。策なれり、です」


「とりあえず魔物を二百体近くは解体してきたぞ」


「最後に温泉に入ってきました。深く、深く勉強になりました。とても素晴らしかったですよ」


「わー……本当に何してるんですか……?」


 パウリナの言うとおりだった。

 誰も魔物を狩ってないし、薬草も採集してないのである。客観的に聞いてみると、確かに本当に何をしているのか分かったものじゃない。料理、解体、決闘、温泉、どれも見事に関係なかった。






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






「当分の間、やることは決まっているんだよな。――ハーブの品種改良、ハーブの水耕栽培実験、発酵食品の研究、イモ類の地下栽培実験、ミミズの養殖実験、スライムの養殖実験、地下でハーブを食べさせての養蚕実験、あとはアンデッドの研究だな」


「うーん、徐々に効果が出てきましたねー。こう見えてもボク、本当に頑張ったんですよ? もっと褒めてくださっても大丈夫ですからね!」


「まあな、ありがとうパウリナ」


「ほっぺひっぱるのなんででふか」


 クーガーはご満悦だった。

 実際、眠らなくてもいい高位悪霊レイスのパウリナのおかげで、研究は飛躍的に進んでいた。そもそも迷宮第二階層は、放置しておくだけでも地上の100倍の時間が進むのだから、品種改良、発酵食品の研究、栽培実験などの時間のかかる研究をするには、まさにもってこいの環境なのである。






 以下は、簡潔に記した進捗である。


 ハーブの品種改良――光源や肥料に難あり。ダンジョン内の魔鉱石の光のみで細々と育つハーブについては、着実に品種改良が進められている。ハーブの葉をたくさん作り、ミミズにも炭鉱の粉塵にも強いハーブを目指して改良中。香辛料代わりになるので、美味しい味の毒消しとして、ザッケハルト領に持ち帰れたらと考えている。なお、このハーブの品種改良を経て、メンデルの遺伝の法則がこの世界でも成立していることを確認中。今のところはそれっぽい結果を出している。


 発酵食品の研究――かなり困難。持ち帰った酵母と、迷宮第二階層の住民たちから分けてもらった別の酵母を使って、いろいろと実験中。持ち込んだ酵母から目立って進化・品種改良できたものはあまりない。ただし、発酵に適した温度条件や湿度条件などはだんだん詳細が分かってきたので効率はよくなった。この厳密な温度条件の情報だけでも、ザッケハルト領内でのワイン業を更に発展させられると予想される。


 堆肥舎の作成――ひどく困難。トイレでも育つハーブ、トイレでも育つミミズおよびスライムを作ろうと考えているが、今のところ悪臭はあまり緩和されていない。


 水耕栽培の実験――困難。魔石をすりつぶしたものを粉末にして水に溶かし、それによる水耕栽培を行っている。いまのところ何種類かのハーブはこの水耕栽培により育っている。ミミズの死骸が勝手に浮いてそこから水が腐ったり、炭鉱の粉塵が水にはいったりするのが難点。今は水路に布をかぶせてやり過ごしている。


 石鹸用植物の栽培――まずまず。元々ダンジョン植物なので、環境が激変しない限りは育つと思われる。長期的には毒性の少ないものへと品種改良を進めることを計画中。


 地下での養蚕実験――極めて困難。ハーブを食べさせる飼育実験は、ハーブの成分で蚕が死んだり、糸を吐かなくなったり、奇形に育ったりとかなり至難を極めた。ザッケハルト家で増やしてここに持ち込んできた蚕を、結構な数だけ減らしている。幸い、問題なく食べてくれるハーブの種類は見つかったので、それを中心に与える。


 炭鉱の発見――元から発見はしていたが、地下ダンジョンが育って空気を食べてくれる・・・・・・・・・までは採掘をしなかった。採掘手段が『アイテムボックス機能』によるものなので、石炭の粉塵は舞わないと考えていたが、可燃ガスを懸念してあまり掘りすぎないように留意している。ガス、粉塵共にアイテムボックス内に収納可能で、何かの爆破用途に使用できる。


 地下栽培の実験――比較的順調。光る魔道具のおかげで促進栽培のような実効果が得られている。土を耕すことが恐ろしく手間だが、慣れのためか魔術で土を耕すコツのようなものを掴みはじめた。目標はアンデッドによる管理。


 ミミズ・スライムの養殖――順調。元々ダンジョンが魔物を育てるのに適した環境ということもあり、かなり軌道に乗っている。主にゴミの処理などを一任しようと考えている。魔石の収穫量は順調に増えつつある。


 アンデッドの使役実験――困難。そもそも死霊術の資料は少ないので、殆どの部分を手探りで実験している。蟲を使って操作するもの、血で束縛するもの、菌株を植えつけるもの、ゴーレム魔術や契約魔術と併用するもの……など、いろんな魔術を検証中。






 ――などなど。


 果たして、目立った成果は出ていないようにも見えたが、「栽培ハーブの品種改良による香辛料化」「地下でのジャガイモなどの促進栽培」「スライムの養殖により腐った水分の処分と魔石収穫を両立」という何気にすごいことを三つも同時実現していた。


 もちろん、たとえば『栽培ハーブの味はえぐみが強く食用に難しい』等、課題も多いが、それらはたとえば『ハーブをシシ肉や熊肉など臭みの強い肉とあわせることで相殺させる』など工夫を凝らしたり、もしくは長期的に品種改良を進めるなどして改善すればいい話である。

 時間さえかければ、改善などいくらでもできるのだ。


 改善といえば、死霊術である。

 先ほどの表現では、全然研究が進んでいないような書き方をしてあるものの、この分野こそ、一番前進しているともいえた。


 その秘密はクーガーの知識である。

 クーガーとパウリナが共同で研究すれば、実験がずいぶんと捗るのだ。

 もともとゲーム【fantasy tale】に出てくる魔術のエフェクトや呪文に精通しているクーガーのおかげで、魔術の術式研究はかなり進んだ。

 そこに『脳があって、心臓があって、それぞれの内臓はこんな仕事をして』という一般程度の生物の知識や、その他様々な知識が混ざり合って、結果クーガーたちは、死霊術に欠かせない様々な知識を、この時代の人たちの水準より遥かに高いレベルで持ち合わせていた。


 高校程度の知識があるクーガーは、解剖学に明るいことになる。内臓の正しい機能、形、位置を知っていることは、死霊術においてそれなりに重要なことである。他にも【fantasy tale】の中に出てくる様々な死霊術の呪文を、一部記憶しているのだ。

 結果、パウリナをして、


「古代魔術とクーガーさんの知識を合わせたら、死霊魔術の精度をぐんと高められますね……。百年は研究が進みそうです」


 と唸るほどであった。


(まあ、"答え"を知っているようなものからな……。攻略wikiとかで調べた知識がこんなところで花開くとはね……)


 クーガーはどういう表情をすればいいのか迷った。

 すごいだろと自慢するのは気が引けるのだ。答えを知っているなんて、ある意味露骨なずるなので、この時代の魔術師には申し訳がない。なのでクーガーは冷静に頷くだけにとどめておいた。

 ちなみに、クーガーの知る手法ゲームの死霊術は無駄が多いので、改良を重ねることになりそうであったが、それでもパウリナは喜んでいた。


「――これで煩雑な仕事を自動化できそうです! さー、いろんな作業をアンデッドにやらせて、ボクは楽をしますよー!」


(お前もアンデッドだろうに)


 そう思ったクーガーは、しかしあえて何も口にしなかった。

 パウリナが忙しくしている原因はクーガーなのだから、当然であった。

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