それから
「殿下……。この策士オットー・クレンペラーは、貴方の友ですゆえ……」
「オットー……。深く、深く勉強になりました。王族として、人の優しさの一面に触れられたような気がします……」
「もしもーし……」
クーガーの言葉が無視される中、ビルキリスとオットーの慰めあいはまだ続く。
門番のゴーレムに通された道を進みながら、ユースタスケル一行とクーガーたちはそのまま地上を目指して歩いていた。
「違います、虚飾の愛なんかじゃありませんって、信じてください二人とも」
「……」「……」
「あ、割りと本気の無視だこれ」
慰めてほしいのはクーガーの方であったが、さりとて"虚飾の罪"の烙印はかなりのものであった。誰も門番の言葉を疑っていないのである。
何故ならあのゴーレムの超技術のせいである。
あの門番のゴーレムは、無駄に技巧が凝っていた。会話が可能なゴーレムなど他に例を見ない。それどころか、人の心を読み取っているのか、黒歴史を映像化するなどという高度なことまでできるのだ。
恐ろしい話である。
そして、そんな門番のゴーレムが、クーガーのことを"虚飾の愛"と断言するのだから、説得力もひとしおというものであった。
即ち、クーガーの弁明の言葉も何もかも関係なく、クーガーは、
『体目当ての最低ドスケベ野郎』
ということになったのであった。
「……殿下、オットー、どうか話を聞いてください」
「……」「……」
「5000兆あります、なりませんか?」
「……」「……」
「あ、渾身のボケも無視された。これ駄目なやつだ」
ここにきて、クーガーは完全にお手上げであった。全くもって二人に相手にされない――その事実にクーガーはほとほと参った。
実を言うと、クーガーは何やかんやで、この二人に無視されると寂しいのである。
「……独り言ですけど、あれ一番最後のゴーレムは本物の門番じゃないんですよ。本物の門番は全て、映像なりなんなり、我々の心を読み取る力がありました。しかし最後の門番だけは、"
「……」「……」
「証拠がないんですよ。会話ができるゴーレムってだけです。あるいは
「……」「……」
「問題の性質も若干違うし、それに何よりNo.が彫られてなかったじゃないですか。つまり、多分あのゴーレム、なぞなぞゴーレムじゃなくて誰かのダミーですよ」
「……」「……」
力説するも、耳を貸してくれているかどうかは怪しいところである。ビルキリスもオットーも、頑なに返事をしない。
(うーむ、何とももどかしい。神様のことを説明できたらどれだけ楽なことか)
謎空間で邂逅するあの神――創世神にして人智の神「」のことを説明できたら、最後のあのゴーレムに嘘を吐かれたことを証明できるのだが、それもままならないのが現実である。
(時々、あの精神空間に拉致されてるなんて誰にどうやって説明すればいいんだって話だ。それに神との邂逅を他人に口外してもいいのかも分からないし)
手詰まり。
クーガーは言葉に窮していた。
「……そう言えば」
だが、だからなのか、こういうときに限ってクーガーは要らぬことに気がついてしまうのだ。ビルキリスとオットーに許してもらうことだけを考えておけばいいのに、彼は残念ながらこういう人間である。
そしてこういう人間だから、違和感に気付いてしまったのだ。
「ダンジョン試練を乗り越えたのに、
――試練の報酬がまだ手に入っていない。
ぽつりと呟いたその言葉を聞いて、ユースタスケルたち一行は一瞬だけ足を止めた。
「……そう言えば、そうじゃねえか。試練を乗り越えたらいつも報酬があったはずだ」
「! ……試練の後にはそれを乗り越えた証の宝具が待っている、普通はそれが基本だな」
「……確かに違和感」
「……」
クーガーの発言を受けて、ソイニ、ヴァレンシア、エローナの三人はその違和感に勘づいてひそひそと話し合っていた。
彼らは、今まで幾つもの試練を乗り越えてきた。そしてだからこそ、ダンジョンに存在する試練を乗り越えたら、その先に秘宝が待ち受けていることを深く理解している。
今回はそれがない、ということに、この三人は何か引っ掛かりを覚えたようであった。
が、ユースタスケルは相変わらず無言を貫いている。否、意図的に発言を控えているようにも見えた。
こいつは何かを知っている――そう見えてしまうのは、クーガーの単なる偏見なのかも知れない。
しかし、確かにユースタスケルの表情には、何か隠し事をしているとき特有の暗さが見てとれるのだった。
(もしかして、ユースタスケルは)
そんな風に沈黙しているユースタスケルを見て、クーガーはふと、彼のとある言葉を思い出していた。
"かつてこの倉庫に来たことがある"――その発言は、やけに印象的な言葉であった。
「……『虚飾の試練』」
一言だけクーガーは呟いたが、当然返事はどこからも返ってくることはない。
クーガーはここにきてようやく、"ダンジョンが死にかけているのでは"というあの予想がもし本当だったとしたら――と恐怖を覚えた。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「『問いかけの試練』は確か、【fantasy tale】本編ではクリア報酬に『未来の欠片』を入手できるはずだ」
「『未来の欠片』を集めると、神様と会話してレアアーティファクトに交換してもらえる」
「そして、『未来の欠片』は色んなダンジョンを攻略したらその最深部で手に入る魔力の塊でもある」
「……」
「俺が知っている中で、本編クリアのために攻略必須のダンジョンがある」
「それは『大罪の試練』という、七つの大罪にまつわる試練だ」
「そこでソイニたち三人は、自分の抱える大罪を克服し、他の大罪四つに関してもダンジョンを制覇することで、『災厄の竜』の封印を進めることができる――と本編ストーリーに欠かせない要素なのは間違いない」
「……もし仮に、だが」
「この『問いかけの試練』が『大罪の試練』の一つ、『虚飾の試練』だというのなら」
「俺たちは、またもう一度この『問いかけの試練』に舞い戻ってこないといけない……はずだ」
「……」
「一行でまとめると、"もうちょっとだけ続くんじゃよ"だな」
「……」
「……いつもなら一行でまとめる流れだというのに、一人って寂しいなあ全く」
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「結局ユースタスケルだけ暴露ネタがなかったな」
そんなことをクーガーが呟いたとき、またしても一行の空気は微妙なものへと変わった。
つくづくクーガーは、要らぬことに気がつく天才である。誰もがあえて触れなかったそれに、クーガーは簡単に踏み込んでしまった。
「……そうだね」
と、ユースタスケルはクーガーの言葉に苦笑しながら返す。
「確かに、僕だけ何もなかったね」
「いや、不満を言うつもりはないけど、でもお前一人だけ無傷だよな」
「まあ、クーガー君のダメージに限って言うなら、自業自得だと僕は思うけどね」
「え、え?」
自覚のないクーガーは戸惑った。が、ユースタスケルはそれには触れず、「……そうだね、僕だけ何もなかったね」と繰り返していた。
「じゃあ僕も、一つだけ暴露しようかな」
「何をさ」
「僕、実は千歳を越えているんだ」
「……」
あっけらかんと。
「……何てね」
ユースタスケルはそんなことを言って。
「何てね、ってそんなことぐらい分かってるさ」
「そうかい?」
クーガーとユースタスケルの二人だけがそのやり取りを正しい意味で理解していた。その会話は奇しくも、表面だけをなぞるのと、真意を汲み取るのとでは、意味が真逆になっている。
何てね、とユースタスケルはおどけた。そんなことぐらい分かってる、とクーガーは答えた。
だがそれが、冗談だってことぐらい分かってるさ、という掛かり方なのか、千歳を越えていることぐらい分かってるさ、という掛かり方なのか、そこの捉え方の違いは、事実を知る人でなくば気づけないのだ。
もし予想が正しいとすれば――そこにいるのは、『虚飾』の勇者、ユースタスケル。
「……お前は単なる世間知らずのお坊っちゃまって訳じゃないんだよな、ユースタスケル」
「まあ、世間にはそう思われてるかもね」
「もし、お前が本当に世間知らずでお人好しの勇者様だったら、お前はこんなに上手いことやってないさ」
「……そうかな」
答えるユースタスケルの言葉の端には、奇妙な自嘲の響きが潜んでいた。
世間知らずのユースタスケル。
お人好しのユースタスケル。
そうやって噂される、誰にも優しい勇者様には似つかわしくない類の諦念の表情が、そこにはある。
「あんまり上手いことやってないよ、僕は。乗り越えるまで、
「……意外な答えだな」
「初めてかい?」
「初めてだが、まあ悪くはない。親近感が湧くな」
「そいつはどうも」
「まあ、俺もお前と同じ側の人間だからな」
クーガーの胸中にあったもの、それは親近感である。
迷宮第二階層に潜って、内政のための品種改良や魔術研究に試行錯誤する毎日を繰り返して、そうやってようやく今のクーガーがあるわけで。
毎日のように魔石をたらふく食べて、毎日のように魔法を反復練習して、そうやってようやく、ユースタスケルやエンリケに勝利することができたのだ。
抜け道のような方法で
だからこそ、クーガーは好敵手だったユースタスケルにも泥臭い一面があることに、親近感を抱くのだ。
ふと、クーガーは周囲の誰にも聞こえない程度の声で、ユースタスケルに向かって呟いた。
「俺はまあ、人生をやり直してるって感じだけど、そうだな、お前は"運命"をやり直してるってわけか」
「……へえ、君もなのかい」
「お前の持ってるそのオーブ、神様のアーティファクトなんだけど、正式名称は『やり直しのオーブ』って言うんだ」
「……そうか、覚えておこう。僕も知らなかったよ」
「お前、一ターンに連続行動じゃなくて、
「……君は一体何者なんだい?」
問いかけるユースタスケル。顔付きには動揺も乱れも何一つ見られない。ただ穏やかな表情がそこにあった。
だが
やがて、クーガーは口を開いた。
「初めてか?」
「……何が」
「
「! ……君というやつは」
「そら、もう地上だぞ」
指差すクーガーは、してやったり、という顔になっていた。
いつのまにか一行は、既に地上に上がるための階段に辿り着いていて、声を潜めて話していたクーガーとユースタスケルの二人だけが後ろに取り残されていた。
罠も何もない。このまま無事に帰るだけである。
「……じゃあ逆に、クーガー君にいいアドバイスをしてあげよう」
このまま勝ち逃げされるのは面白くない――そんな表情でユースタスケルは切り出した。
「? いいアドバイスって何だ?」
「押し倒せ」
「」
「あれは行ける」
「」
――それは、『お人好しの勇者』の言葉とは思えない最低なそれで。
「……あんまりの言葉で記憶が飛んでしまった。一行で」
「成せば成る」
「最低だよお前、びっくりするぐらい最低だよ」
「そうかい?」
そして、それはクーガーが呆れ返ってしまうような口ぶりで。
「もしかして――
「おいこらお前!」
「地上だ、出よう」
世間知らずのお坊っちゃま、お人好しの勇者様――そう人々に噂されるユースタスケルは、それらのありったけの虚飾を鼻で笑い飛ばすような、そんな意地の悪い表情でクーガーに笑いかけていた。
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