第六章

何故か拗ねている王女様と策士二人をなだめるため、妙案のような何かを思い付いたところ、更に王女様に拗ねられてしまい、結局夏休みに三人一緒に遊ぶことになる

 倉庫掃除の一件(ゴーレムに襲われたことだけを報告し、地下の『問いかけの試練』のことは報告しなかった)は先生たちに報告され、職員会議が緊急で開かれたという。

 結局、生徒の安全のため、二週間の倉庫掃除は途中で打ち切りとなった。

 クーガーらは「野外実習を滅茶苦茶にしてごめんなさい」という反省文だけで、全てを許されたのであった。






「よし、ようやくあの糞つまらねえ倉庫掃除から解放されるってもんだ」


「喜ぶなソイニ、邪道だぞ」


「掃除は、楽しかったけど、あの倉庫は、もう勘弁」


「まあ、先生たちも見過ごせなかったみたいだね。僕も正しい判断だとおもうよ」


 ヴァレンシアを除き、ユースタスケルたち一行は口々に喜んでいた。

 ちなみに掃除が楽しかったというエローナの発言は、ビルキリスとのあられもない駄弁りだったり、倉庫にある珍品鑑賞が楽しかった、という意味らしい。

 絵描きとしては、珍しい資料の塊だったのだろう。倉庫の珍品に目を輝かせていた彼女を思い出しながら、クーガーはそんなことを考えた。


「ミノタウロスのアレ・・とか、ドラゴンのアレ・・とか、凄かった」


「おいエロ女」


「同志も、見た?」


「同志違う。見たけどお前ほど興味津々じゃなかったよ」


 全くぶれない女エローナの言葉を聞いて、あくまで創作用の資料であってほしい、と願うクーガーであった。

 一方で。


「……そうですね、クーガーは他の女の子のほうが会話していて楽しいのでしょうね。深く、深く勉強になりました。王族として、人の営みの一面に触れられたような気がします」


「何という拗ね方」


 ――王女ビルキリスは、盛大に拗ねていた。


「クーガーは、その、得意なのですよね、他の女の子と遊ぶこと」


「何かひどい誤解してませんか?」


「きっと、5000兆あります、なりませんか、とエローナを口説いているのでしょう」


「今の会話アレ・・の話しかしてないんですけど、そんな要素ありました?」


「結構。話の流れぐらい分かってます。どうせこう口説くのです。ミノタウロス、ドラゴン、さあ今度は金貨5000兆枚のおちん」


「なりません。なりませんよ王女殿下」


 またもやである。またもやクーガーは、電光石火の速度で王女の名誉を守ることに成功していた。王族の言葉に口を挟むという不敬を働きながらも、ここだけはクーガーの譲れないところであった。

 ゲーム【fantasy tale】における『不機嫌のビルキリス』は、気品高くプライドも高い姫である。故に、そんな下品な言葉は言わないのである。


 そしてまた一方で。


「……んふふ、心配には及びません。この策士オットー・クレンペラーは貴方のですゆえ、お邪魔虫にならぬようどこかに消えましょう……」


「こっちはこっちで超ネガティブになってるし」


 策士オットー、ことオーディリア嬢も盛大に拗ねていた。


「『私にとっては二人を失うのが……一番怖いですから』という言葉に踊らされました。ええ。柄にもなく喜んで、ええ、ちょろかったと思います」


「ちょろいという自覚」


「今になれば、何度裸でアタックしても、何百日も同棲しても、全然襲いにこなかったので脈無しということぐらい理解しておくべきでしたねェ……。ええ、間抜けなことをしたものです」


「オットー、お前は男だ、男、いいな?」


「! おと、男、……胸がないことをそんな風に嘲弄されるとは思いませんでしたがっ!」


「そういう意味じゃねえよ、頼むから落ち着け、お前正体ばれるぞ」


 オットーってこんなキャラだったっけ、とクーガーは呆れたが、本人は本気でへこんでいるらしかった。

 確かにオットーは、男装しているので胸がない。というより、小さいころより男装を続けるため、胸をきつく締め付けてきたので、自然とそのように・・・・・育ったのであった。当然の結果である。が、本人は不本意のようであった。


(えー……。二人とも拗ねるとこんなキャラになるのかよ)


 可愛さ半分、面倒臭さ半分、クーガーとしてはそんな新鮮な二人に戸惑いを覚えていた。

 助けを求めるようにユースタスケルたちに目線をやると、彼らからは、自分で何とかしろ、とばかりのにべもない反応が返ってくるのみ。

 クーガーは困り果てるしかなかった。










「マネーライフ:悪役貴族の人生やりなおし計画」 第六章











 実を言うと、『問いかけの試練』が残した傷跡は深かった。

 試練のせいなのか、ビルキリスとオットーは今もなお拗ねている。クーガーとしては何も悪いことをしていないつもりだったが、


「普段からお前は、あの二人に無意識に悪いことをしているぞ」


 とヴァレンシアに指摘され、クーガーは(そういうものなのかもしれないな)という気分になりつつあった。

 思い返せば、ビルキリスに対して、体目当てだと取られても仕方のない発言があったのかもしれない。

 思い返せば、オットーに対して、彼女は世間的には男だからと少々距離をおいていたところがあったかもしれない。


(そういうのが回り回って、今拗ねてる原因になってるのかもな)


 それならば、とクーガーは考えた。

 クーガーの脳裏にはあるひらめきがあった。それは今度の夏休みの計画である。


 今度の夏休みに帰省する際、ザッケハルト領で開かれる夏祭りにオットーだけを誘って一緒に遊ぶようにすればいいのではないか、と。

 これは、体目当てだとか思われている王女殿下とは距離を少しとって、一旦クールダウンをはさみ、逆に構ってもらえていないと思っている友人との距離をつめるという、一見理にかなった方策のようにも思われた。






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「――そんなわけないでしょう! 断じてこれを理にかなっているとはいいません!」


「え、え、え、あの、これは、ええ、その、つまり、何ゆえ、その、ええ、ええと」


「……申し訳ありません」


 一人だけ仲間外れにされて涙目になりながらも怒っているのはビルキリス王女、突然の提案と申し訳なさとであたふたしているのはオットー、そして怒られているのはクーガーである。


「私は、仲間外れにしてくださいと申し上げたのではありません! そういう意地悪をなさるとは思いませんでした!」


「ええ、その、私も、王女殿下を差し置いてというのは、色々と申し訳が立たなく、ええ、そのですねェ」


 当然の話であった。

 オットーはともかく、ビルキリスが拗ねている理由を考えてみれば、こんな方法は理にかなってるはずがないのである。


「……申し訳ありません、どうやら大変失礼を働いてしまったようです」


 クーガーは(涙目の殿下も可愛いな)と関係ないことを考えながら、咄嗟に謝った。


「――我が領内で夏休みに開かれる夏祭りには、きちんと王女殿下も一緒にお誘いします」


 反応は如実だった。


「! ……はい、その、よろしければ」


「! ああ、よかったです、よかったです……ええ、安心しました……」


 結局こうして、夏休みもいつもの三人組で夏祭りに遊びに行くことが決定されてしまった。やむない事情というものである。


(……まあ、王女殿下が来てくれるとなると、色々特産品をアピールできたりするし、それはそれで政治的には美味しかったりするんだけどね)






 普通、貴族や王族は、子供の一存で自由にあれこれすることなど不可能である。夏休みにちょっと友達のところまで夏祭りに出掛ける、ということも本来は困難なことだ。

 しかし、クーガーとビルキリスに関して言えば、その辺にほぼ問題はない。

 ザッケハルト領の特産品のひとつである石鹸の一件で、クーガーとビルキリスにはすでに政治的な関係ができていた。

 今回の一件も、王女による視察という体にすればいいだけの話である。

 残るはオットーだが、彼女曰く、


「父の"霊薬卿"のことですゆえ、むしろ喜んで差し出すでしょうね。この一件にはクレンペラー家も噛みたいはずです」


 とのことであった。

 つまりはいつも通り、三人で遊んでも問題はなさそうであった。


(何だ、あんまり心配しなくてもいいのかもな)


 クーガーはぼんやりとそんなことを考えて、内心安堵した。


(あの『問いかけの試練』の後、二人とも本気で凹んでいたように見えたから、もしかしたらフォローが必要なんじゃないかって思っていたけど、そこまで深刻じゃないのかも)


 嫌われてないならよいのだ。ビルキリスもオットーも、どちらも今やクーガーの大切な友人である。

 ビルキリス殿下に至っては、前世からオールビルキリスパーティを組んでいたぐらいには思い入れが深い。弱いキャラだったが、さえあれば充分に運用できた。


 愛――それは、恋愛的な意味合いを含んだものというより、こういうキャラが好きだ・・・・・・・、というもの。アイドルのファンの気持ち・・・・・・・、あるいは漫画や小説のキャラクターへの・・・・・・・・愛着・・というものが近い。

 心の底から推し・・なのである。

 クーガーがビルキリス殿下に敬愛・・を抱いているのは、そういう所以によるものが少なからずある。


(ビルキリス殿下に対しての感情がなら、オットーは、まあ、情だな……。情が湧いたというべきかね。何だかんだこいつと一緒にいるのも悪くないかなって思えてきたというか)


 誤解を恐れず言うのなら、ビルキリスへの感情がならば、オットーへの感情はである。

 共に過ごした時間が、オットーに対しての気持ちを少しずつ変質させていることが分かる。最初の方こそビルキリス殿下ほどの思い入れはなかったのだが、ここのところ、この三人で一緒にいないことのほうが珍しいぐらいになっていた。

 このまま死なせたくはない、と思うほどには、オットーに対する思い入れが深くなりつつあった。


(嫌われてなくてよかった)


 心配しなくてもいいのかもな――そんな風に楽観するクーガーの背後には、誰にも気づかれないような微妙な間があって。

 三人が、一人と二人に。クーガーの抱く愛情・・の微細なニュアンス。ビルキリスとオットーは、一瞬だけ無言になって俯いていた。






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 夏休み。

 入学したての一回生にとっては、気付けばあっという間にやってくる長期休暇である。普通に過ごしているつもりが、毎日何だかんだと忙しく、そしていつのまにか半年が終わっているのだ。一回生の約半分がきょとんとする気持ちも分かるものである。

 それだけ、魔術学院アカデミアで過ごす時間は濃厚なのである。普通に過ごすだけで、時間が過ぎるのを忘れてしまうのだ。魔術学院に通う生徒たちが口を揃えて「四年では時間が足りない」と言葉するほどなのだ。半年などあっという間であろう。


 だが中には、やっと夏休みか、としみじみと感慨に耽っている生徒たちの姿もちらほらとあった。

 それがビルキリスとオットー、そしてクーガーである。


(百倍の濃度……とまでは言わなくとも、何十倍もの濃度の半年を過ごしたのは事実だからなあ)


 今さらの話である。

 世界迷宮では、階層が進むごとに時間の流れが十倍の密度になる。迷宮第二階層に拠点を構えていたクーガーたちは、夜な夜な寮を抜け出しては第二階層で過ごしてきたのだ。

 例えば、夜の六時間を百倍すれば、優に二十五日分に相当する。平日の五日間は、クーガーたちのおおよそ百三十日以上に匹敵するのだ。

 こんな調子で教育課程前期の百二十日余りを過ごせば、約八年という年数になる。


(……長い半年だった。この半年の間に俺はびっくりするぐらい背が伸びて、髭も生え始めた)


 背が二〇センチ近く伸びて髭も生える――八年もあれば当然の変化だが、半年の変化としてはかなり気色悪い。

 クーガーの急変は、同級生たちをざわつかせるに充分なものであった。


(魔石を食べて老化を抑制しているのにこれか。……まあ、魔石は代謝を活性化させるだけだからなあ)


 代謝を活性化させると、肌の張りが戻ったり、運動しても息切れしにくくなったり、そう言った面で若くなる。

 しかし、背が縮んだり肉体成長を逆行することはなく、いくら魔石を食べても子供に戻ったりはしないのだ。


(夏休み、実家に帰ったときに皆に何て言われるんだろうな)


 果たして、急成長ぶりに驚かれるだろうか――とクーガーは、一人であれこれと想像するのであった。






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