話を聞くと、ランジェリー同盟とは無関係じゃないみたいなので、いつの間にかこっそり下着を戻す協力を結ぶことになる
ランジェリー同盟は、社交界に突然現れた下着啓蒙団体であり、
周囲に危害は与えない。ただ古い肌着を盗み、新しい肌着を置いていく、という謎の多い連中である。
むしろ下着を新調してくれるからありがたい――とまで考える人もいるほどであり、多くの貴族は彼らを問題視していなかった。
この
そのためクーガーも詳しかった。
「嘘だろ……じゃあやっぱり俺が知ってるランジェリー同盟そのものなのかよ……。コッドピース卿も、同盟の盟主ランジェリー卿ことラーンジュ卿も、全部俺の想像通りなのかよ……」
「流石は同志。詳しい」
「まさか、ううむ、でもザッケハルト家が関係しているとなるとなー……最悪だよなこれ……」
ランジェリー同盟の盟主、ラーンジュ男爵は、同盟四卿を束ねる存在でありながら、様々な領域への間諜に優れた人物である。
そのことは当然、誰も知らないことだが――クーガーだけはゲーム【fantasy tale】の攻略wikiの情報を知っている。だからラーンジュ男爵がランジェリー同盟の盟主であるというネタバレも、そのラーンジュ男爵が何者なのかということも、全部クーガーには分かりきっていることであった。
ひどい茶番であった。
「無事に下着を戻せば、一体誰がランジェリー同盟なのかの追及の目から逃れられる……だろうか」
「おそらくは。協力して欲しい」
「……にしても俺、何でこんなことに協力しなきゃいけなくなったんだろう……。本当やめて欲しい……本音を言えば関わりたくもないんだが」
「……」
気まずい沈黙。
エローナに無言で見つめられると、クーガーとしても少し思うところがある。色んな縁もあり、無碍にするわけにはいかなさそうであった。そもそもこのランジェリー同盟、ザッケハルト家に利することはあっても、害することはないはずである。エローナには、その活動に協力して
「分かった、下着を戻す作業なら手伝おう。女子寮の構造はしっかり把握している。協力できる部分も多いはずだ」
「流石は同志。協力感謝する」
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このゲーム【fantasy tale】が異色ゲー扱いされている理由の一つに、衣装の違いというものがある。
実はこの世界では、奇妙な服装が、一部の文化圏では認められているのだ。
列挙するなら、パンツを穿かないのは常識、男の場合下半身は直穿きタイツのみでも普通で上着の丈が短かったら股間の形が普通に見える、
これらをふしだらと見るか、文化と見るか。
どうしてこのような格好が流行っているのかというと、様々な要因が重なってのことである。
例えば、従来の重たすぎる服装からの反発、ゴム素材がほぼないのでトイレに行って服を脱ぐのが困難であること、気候に合わせた快適な服装、平民から成り上がった国王の側室が「自分のように平民の娘が貴族に見初められるには、色気を全面に出すしかない」と考えて流行らせたファッション、斬新かつ布を節約した衣服を流行らせたい仕立て屋たちの思惑、そしてゲーム製作者の「髪ブラっていいよね」などの趣向――これらが悪魔的にマッチしたとしか言いようがない。
驚くことに中世ヨーロッパでも、人々が上記のような格好をしていた時代もあり、【fantasy tale】の世界ではその服装を一部流用したというわけである。
無論、王室や保守派貴族らは
裸体を全面に押し出す人間もいるにはいるが、ザッケハルト領ではそんな人は少なかったし、学びの場である魔術学院アカデミアでもそんな人は少ない。
そしてそれゆえ、クーガーは今まで、奇抜な服装に直面したことは殆どなかったのである。
(悪魔的な服装だもんな……例えばシャンプーハットのようなのを首につけて股間をもっこりさせてるおっさんとか、多分遭遇して笑わないようにする方が難しい)
むろん、時々この手合いの人間は存在する。
以前、この服装に直面し、文化の違いに面食らったクーガーは、もうちょっとましなファッションを流行らせてしまおうかと考えたこともあった。だが、それこそ価値観を押し付けるだけになるので、結局あきらめた。
結局、こういう世界なのである。
むしろ特定の服装文化が、他の特定の服装文化を弾圧したりしていない分、平和なのかもしれない。
ふしだらファッション、豪華絢爛ファッション、素朴な服、革新的な服――みんな違って、みんな良いのだ。
(少なくとも学院でも、そんな格好をしている生徒は少数派だ。おかげで気が散らずに済んでいるが)
さて、この世界の服装事情から話を戻して、クーガーの現状である。
結局のところクーガーが第一容疑者だという現状からは何も変わっていないのだった。
「うーむ、貴様が犯人だという筋が王道だと思っていたが、羽ペン曰くそうじゃないらしい」
「ヴァレンシア、お前な……」
「俺もてっきりそうだと思っていた。どうやらお前以外にも甘ったれた生き方をしている奴はいるみたいだな」
「言っとくけどソイニ、甘ったれと犯罪は関係ないと思うぞ」
秩序のヴァレンシアと不屈のソイニの勇者両名からは、ようやく犯人ではないと誤解が解けた。説明には骨を折ったが、エローナが無実だと説明してくれたのであった。
では犯人は誰なのか、という話になると、エローナとクーガーはめっきり弱ったが、そんなことを聞いても仕方がないか、とすぐに解放されて、今に至る。
「となると次に怪しまれるのは洗濯女たちだな。だがこの導きの羽ペン曰く、彼女たちも盗んだわけではないらしい」
「女子たちの反応はどうなんだ? ランジェリー同盟に対して激昂しているのか?」
「さほどだな。すぐに新調品を手渡してくれる、と知っている人も多い。どちらかというとそんな連中に進入を許した魔術学院の
ヴァレンシアは羽ペンを触りながらそう答えた。法務卿エーデンハイト家の血筋を引くヴァレンシアがそういうのなら、正しいのであろう。
そもそも
「誰も怒っていないし、誰も犯人じゃない――気持ち悪い話だ。邪道だ。普通は、誰か怒るのが基本だ。この王道たる私、ヴァレンシア・エーデンハイトのようにな」
「まあ、俺はどうでもいい。下着がどうこうなったって困るような、甘ったれた生き方はしていないからな」
「違うぞソイニ。これは悪だ」
「結局、もっといい品が新調されて戻ってくるんだろ? 目くじら立てるような悪じゃないだろ」
二人の会話の雲行きが怪しくなってきたところで、クーガーはついに事態の正しい理解ができた。要するに女子たちから見て、大した問題になっていないのだ。そもそも肌着は
そういうものだろうか、とクーガーはあまり深く考えないことにした。
(魔術学院の少女たちが着ていた肌着、と称して売れば、確かに好事家たちには高く売れるだろうな。控えめに言って、魔術学院にくる貴族の娘たちは可愛いし。やっぱり魔法を使える血筋だからか、エルフや妖精の血がどこかに混ざるのだろうか?)
高く売れる。そして
誰も損をしていないこの構図が、クーガーにはかえって奇妙なことに思われた。
「行く?」
「ん? ああ、そうだなエローナ……。すまない、ヴァレンシア、ソイニ。ちょっとそろそろお
「む、そうか。まあ羽ペンで調べて、貴様が盗んでいないことは確認済みだ。安心しろクーガー。また何か貢ぎたくなったら、この私ヴァレンシア・エーデンハイトに貢げ。普通はそれが基本だ」
「無視していいぜ、こいつ。……んなことより疑われるような甘ったれた生き方を変えとけよ。じゃあな」
面倒臭そうな口調でソイニがさくっと話を切り上げた。
無視とは何だ、と抗議するヴァレンシアを背に、クーガーとエローナはまた別のところへと移動するのだった。
誤解は解けた。約束どおりエローナは誤解を解く協力をしてくれた。後はクーガーが協力する番である。
すなわち――ランジェリー同盟に協力して、今からこっそり女子たちに下着を返す手伝いを、である。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「面白いことになっているのう、クーガーや。お主に5000兆枚の金貨を与えて正解じゃったわい」
「!? 神様!? ちょ、え、何、何ですかこの真っ白な謎空間!? え、拉致!?」
「脱穀機で時間短縮チート、蚊帳を作らせて虫除け&金稼ぎチート、草鞋を普及させて衛生チート、発酵食品を研究して栄養抜群保存食チート、芋類の栽培研究で農業チート、高級植物石鹸の生産で商業チート、避妊具で衛生チート、ハーブ栽培で農業&健康チート、ノーフォーク等の輪作農法チート、バタークッキーのお菓子作りチート、レンゲ農法と近代養蜂を合わせた蜂蜜チート、若い頃からの効率的筋トレチート、間諜を手懐ける情報チート、温度管理による養蚕チート、気温計と気圧計による天候予測チート、シエスタを入れて自分の労働効率改善チート、洗濯板の発明チート――更には、足踏みクランク機構・バネ・ぜんまいなど今後の機械化を見据えた技術に先回りして投資し、加えて印刷技術さえおぼつかないこのご時世に、変造困難な証書の重要性にいち早く気付き、紙幣印刷や商業証書の印刷を夢見て印刷技術に投資するその大胆不敵な構想チート!」
「構想チートとは」
「未来が見えておるということじゃよ。それも、機械化するから石炭もクランク機構も全部一緒にやろう、という単純な考えじゃなく、色々と考えておるわい。例えば、魔石をエネルギー源にする未来もあるから石炭を燃料にする研究はあまり進めなくてもいいが、そこから先のクランク機構などは機械化に必須の技術じゃから先回りする……などの分別がついておる」
「……まあ、多少は」
「無理に機械化を急がないのも、製鋼時の空気循環のために風車や水車を使う必要があるから王国への土木工事の申請が必要ということと、あとは木材の乱伐が増えれば農業形態に支障が出てしまう、ということを知ってのことじゃ。灌漑を急がないのも、この世界における塩害対策の知識が未熟だから、万が一塩害を起こしたときのリスクを考えてのこと。……お主の改革は、急進的に見えるが保守的じゃ。じゃが、誰もそれに気付かぬ。――構想チートじゃよ」
「……比較的リスクの少ない改革に着手しているだけです、もっと賢い方法はあったかと」
「あるのう。じゃがまあ、期待以上じゃ。この分なら死ぬまでに、金貨5000兆枚分の歴史は進めてくれるじゃろうしな。――ところでお主、魔石を相当食べておるな?」
「……。長生きしたいですからね。地下にダンジョンを作ってミミズやスライムを養殖してます」
「よいよい、それでいいのじゃ。もっと強くなるのじゃよ。いつか訪れる災厄の竜を討ち滅ぼせるようにな」
「! やはり災厄の竜は千年周期でやってくるんですね……!」
「この世界の人間じゃ、どう転んでも千年分は文明が衰退する未来が待ち受けておるんじゃが――外界から来たお主なら、まあ、ちょっとは変えてくれるじゃろうと思ってのう。期待しておるぞ」
「……。神様」
「悪く思わんどくれよ、クーガー。言うなれば、そうじゃ、巡り合わせが悪かっただけじゃ」
「あ、それ私の台詞」
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夜、それはどこかの都にて。
「そうら、夜がやってくるぞ。何者にも邪魔されない静かな夜だ――」
夜は静謐な世界である。その闇を渡るには覚悟が必要である。
私は孤独、私は私、闇の中へと溶けていくものか――そういう覚悟がなければ夜の翼には耐えられないだろう。何もない闇は、人を狂わせるのに一時間もあれば充分なのである。
だが時には、私は闇、私は溶けていく、と逆に自分に言い聞かせなくてはならない者もいる。
間諜たちが踊るのは、もっぱら夜の闇の中である。街灯がない世界を、彼らは音で歩く。
「――さて、君たちに覚悟はあるかい?」
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