マネーライフ:悪役貴族の人生やりなおし計画
同盟に協力すると告げて驚かれるも、なぜか王女と策士に抱きつかれることになり、それはともかくそろそろ下着を返す作戦を考えるとするかとしたら当日逆に警備をしろと名指しで命じられる
同盟に協力すると告げて驚かれるも、なぜか王女と策士に抱きつかれることになり、それはともかくそろそろ下着を返す作戦を考えるとするかとしたら当日逆に警備をしろと名指しで命じられる
いつも通り、授業が終わって放課後、迷宮第二階層に潜ってのことである。
「ランジェリー同盟に協力する」
――そんなことを迂遠に伝えると、ビルキリスとオットーは時間が止まったように反応を止めてしまった。
要するに予想外だったのだろう。まさか本当にそんなことがあるはずはない、という顔であった。信頼を裏切ったとき、人はこんな顔をするのだろう。虚無という単語が似合う。
「……ん、んふ、んふふ、ああ、そう、そうでしたか。失礼、きっと深い考えがあって……いや、なかろうと……この策士オットー・クレンペラーは貴方の友です。……ずっと、ええ、貴方のお側に」
「……クーガー。私は、もっと早く知りたかったです。私は……そういう深い悲しみこそ分かち合いたかったのです。……もっと本当の貴方を教えてくれたら、きっと私も」
「あれ、これもしかして勘違いされてる奴じゃ」
ちょっと泣きそうな顔の二人をみてクーガーは大いに焦った。絶対にろくでもない勘違いである。
「実はランジェリー同盟には協力しないとまずいんですよ。というのも、今回襲われた貴族用女子寮の生徒たちに下着を返す際、多分秩序のヴァレンシアが待ち構えているんですよ。あの女、『今度あったら、この私ヴァレンシア・エーデンハイトが王道を教え込んでやろう! 盗んだらつかまる、普通はそれが基本だ』といって息巻いているんです。このままだとランジェリー同盟がつかまってしまうわけです」
「……」
「……」
「だから、下着を盗まれた女子たちに先に下着を返そうと思っています。そうすれば、ランジェリー同盟はつかまらないでしょう」
「……」
「……」
ろくでもない勘違いは続いているようだった。悲しそうな表情はますます深みを増している。どうにも誤解が解けていないらしい。
「……やはり、クーガー殿は下着泥棒だった……と。この策士オットー・クレンペラー、薄々そう感じておりましたが……いえ、やめましょう」
「……。私のものでよろしければ、不問といたします。それこそ、その、……どのように扱っても結構です」
「ちょっと待って」
「……」
「……」
「いやそんな泣きそうな顔にならないでください。違います、誓って違いますとも」
(いやだから俺は下着泥棒じゃないって何度も言ってるじゃないか! 俺は一度もそんなことをしてないってば!)
…………。
……。
弁明は長時間に及んだ。
「……なるほど、クーガーはこのランジェリー同盟の一員ではないのですね。突然奇妙なことを口にするので、あらぬ想像をしてしまいました。申し訳ございません」
「んふふ、なるほど。安心です。ええ! この策士オットー・クレンペラー、少し怖かったですが……貴方を信じておりますゆえ!」
「分かってくださって幸いです! オットー、そしてビルキリス殿下、本当にありがとうございます!」
「ただ、協力する理由は……お話くださらないのですね」
「……。貴方を、信じております、ゆえ……」
「……二人とも、そんな顔で袖をぎゅっと引っ張るの止めてもらえませんか?」
結局二人の顔は晴れていない。それも当然であろう。下着泥棒に協力するけど理由は話せない、なんて言われたら、内心不安で堪らないに違いなかった。
だがクーガーは、この事件の真相を墓まで持っていくつもりであった。絶対に口外できない秘密だとクーガーは感じている。というより、信頼の置けるこの二人にこそ知らせたくない事実なのである。
このオーディリアとビルキリスという、とても優しくて無二の友人だからこそ、クーガーは失いたくはないと思っていた。
(いや、そうじゃないか――まだ確定した情報じゃないということもあるな)
「せめて」
クーガーは言葉をいいかけた。
「せめて、情報が確定してからにさせてください。そうでないうちに変なことを言って、その、……失望されたくはないのです。私にとっては二人を失うのが……一番怖いですから」
言い切ったとき、クーガーは自分の頬が熱くなるのを感じた。
なぜこんな言葉を口走ったのだろうか、という後悔と、もっと的確な表現があったはずだ、友人の前ではなるべく身内の恥を晒したくないとか、といううろたえが表情に出る。
二人を失うのが怖い。まるで告白みたいな言い回しになってしまった。
「! あ、あ、ええ――」
――だが、そんなことは瑣末なことであった。
オットーが犬のように飛び込んできたからである。
「――ええ、ええ! はい、ええ! ええ! ご安心ください! この策士オットー・クレンペラーは、ええ! 貴方の友です!」
「ちょ、重」
「んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ――」
気色の悪い笑みを浮かべて全力で擦り寄ってくるオットーに、クーガーは辟易した。美少女なのだが、食いつきが凄かった。何せクーガーを押し倒すほどの勢いである。尻餅をついたクーガーは痛みに少し顔をしかめた。
かたやビルキリスは、刺されたような顔でうろたえているばかりであった。「~~っ」と何かを葛藤しているようだったが、オットーの勢いに思うところがあったのか、蚊の鳴くような細い声がへろへろと搾り出されてきた。
「だ」
「だ?」
「抱きつい……も、……ですか……?」
「え、あ、はい」
勢いで、はい、と言って、数秒後にクーガーは顔を青くした。一国の姫になんということを――と後悔する間もなく、ビルキリスがぎゅっと抱きついてくるのを感じる。
ついに、どんなことを言われても仕方がない身空になったわけである。罪さえ申し立てられるだろう。まずい、とクーガーは思わず身を硬くした。
(……今どういう状況なんだこれ)
冷静に考えろ、とクーガーは自分に言い聞かせた。
(何で、下着泥棒の協力をしたいとお願いしたら、お嬢様二人に抱きしめられているんだ……?)
まったく訳が分からなかった。理解不能であった。
オットーは何度も服に顔を擦り付けてくるし、ビルキリスは服に顔をうずめて深く息を吸っているので、クーガーはますます身を硬くせざるを得なかった。
もしや『媚薬サテュリオン』でも盛られたか――と考えが突飛な方向に飛んで、しかし言葉は何も出てこなかった。喉がからからするような感覚に襲われた。クーガーの頭は今、混乱の極みであった。
(え、そうだよな? 俺、下着泥棒を手助けしたいけど理由は話せないよごめん、って都合のいいことを言っただけだよな? あれ、え、ええ?)
記憶がぽんと飛んで、クーガーはさっき何と口走ったのかを忘れてしまった。多分ろくでもないことである。変なことになっているのだから、変なことを言ったに違いない――おかげでクーガーは、ますます顔を青くしていた。
「……」
そんな三人を、パウリナが白い目で見ていた。押し倒されているクーガーはその表情がよく見えた。
さも気の毒なものを見るような目付きであった。さりとて、誰が気の毒なのか、ということはクーガーにも今一つ断言できなかった。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「面白いことになっているのう、クーガーや。お主に5000兆枚の金貨を与えて正解じゃったわい」
「!? 神様!? ちょ、え、何、またですか、この真っ白な謎空間!? え、拉致!?」
「お主、たかが四男坊の分際で、王女様とお嬢様の二人を手篭めにするとはやりおるのう。やはりアレじゃな。お主の誠意、お主の目を離せない魅力、あとお主の筋肉の賜物じゃな」
「筋肉の賜物」
「じゃって、のう? 金貨5000兆枚あるイケメンが、放っておくと世界を変えそうなわくわくすることを山のように生み出すんじゃ。あと筋肉。モテるじゃろうな、下着泥棒なんぞしなけりゃのう」
「下着泥棒してないです! あとえらく筋肉推しますね。イケメンなのは血筋のおかげで、私の努力じゃありません」
「『有能金持ちイケメンだけどちょっと浮いてる彼、でもそんな彼の本当のよさを私だけは知ってるの……』みたいな女もいるからのう。そういう女の心をひょひょーいと転がすのは簡単じゃろうて。お主は色々持っておる」
「神様何か女に恨みでもあるんですか……?」
「ほーれ金貨5000兆枚のおちんちんじゃぞーって言っても色んな人がくるのに、加えて有能イケメンで、でも何となく自分に手が届きそうな程度に変なカレ、なんじゃぞ? ほれ、男版オタサーの姫(金持ち)じゃ。な、最高じゃろ? ほれほれ、お主が女ならオタサーの姫になれたぞい」
「人間って悲しいですね。多分私も、5000兆持ってるポンコツ可愛い女子がいたら一瞬で惚れてますね」
「――さて、クーガーや。真面目な話をするから心して聞け」
「格差すごい」
「このランジェリー同盟とかは、ワシとしてはどうでもええんじゃ。好きにせい。――それより重要なのは金貨じゃ。お主の金貨、あんまり盗まれぬように用心せいよ? じゃないと七つの大罪の一つ、強欲のマモンを呼び寄せることになるんじゃ」
「! 災厄の竜の一角……! え、待ってください、もしかしておんぼろ寮でお金を盗まれたことですか? それとも勇者たちとの戦いで思わず金貨を使っちゃった時に一部盗まれたとかですか?」
「ま、そういうことじゃ。これは老婆心からの忠告じゃ」
「……肝に銘じます、神様」
「悪く思わんどくれよ、クーガー。言うなれば、そうじゃ、巡り合わせが悪かっただけじゃ」
「あ、それ私の台詞。しかもあまり上手くない」
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オットーとビルキリスに抱きつかれた。神様からは変なことを言われた。
――そんなこんなで、ようやく運命の『下着をこっそり戻そう』作戦決行日が近づいてきた。絵描きのエローナに恩を売るためとはいえ、いろいろげんなりするような話であった。
ところがその矢先、クーガーたちに思いがけないことが生じた。
ヴァレンシアが何やら、面倒な作戦を考えたのであった。
「――作戦はこうだ! どうせ例のランジェリー同盟は、魔術学院アカデミアに忍び込んで、この貴族女子寮『月の塔』の洗濯物置き場にやってくることだろう! そこを狙う! この私ヴァレンシア・エーデンハイト、ソイニ、エローナ、そして希望卿のユースタスケルの四人が、この『月の塔』の入り口を警護する!」
(そして、俺たちはその裏をかいて、警護の妨害をして、何とかランジェリー同盟が捕まらないようにしないといけない――と。気が重くなる話だ)
堂々と大声で語るヴァレンシアとは対照に、クーガーの表情はどことなく優れない。
エローナと協力してこっそり下着を返すつもりだったのに、とんでもない邪魔が入ってしまった。
胃が痛い気分である。最悪、また勇者たちと大立ち回りを演じないといけないかと思うと、クーガーの心労も窺えようものであった。
「私たち四人は無敗の英雄である! ならば、普通はランジェリー同盟などというどこの馬の骨とも知れぬ輩などに遅れを取るはずもないのが基本だ! この秩序のヴァレンシアの目が黒い限りは、目の前の悪を許しはしない!」
「あー、まあ甘ったれた生き方はしてないつもりだ。どこぞの賊を追っ払うぐらいは訳ねえぜ」
「……が、頑張る」
「悪いけど、仲間のお願いは見過ごせないんだ。だからしばらくは、僕たちがこの女子寮『月の塔』を警護させてもらうよ」
四人のうち三人は威勢のいいことを言っていたが、当然
演説のようなヴァレンシアの語りは続いた。
「もちろん、我々四人だけでは心細いという人もいるだろう。いないと思うが、一応な。――ここに強力な助っ人を呼んできた」
(いるのかいないのかはっきりしろよ……。というか、え、強力な助っ人?)
「だろう、クーガー・ザッケハルト? 貴様は邪道だが、こういう輩との戦いは得意なはずだ。毒には毒を、というわけで私たちと一緒に警護を頼もうじゃないか」
「え」
「はっはっは! 何、普通は、この可憐なヴァレンシア・エーデンハイトのお願いを聞いて協力してくれるのが基本だ。――そうだろう? 美女のお願いを呑めないようでは、一生出世できないぞ?」
(それってつまり……当日抜け出せないってこと?)
その宣告の意味することに、クーガーとエローナは顔色を失った。
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