王女が意外とやり手だったことを再認識しつつ、少しずつ打ち解けていくのを感じつつ、やはり寝言でとんでもないことを聞かれるなどする

 思ったよりビルキリス王女は箱入り娘ではないらしい、とクーガーは認識を改めることになった。


 普通は王女ときたら、蝶よ花よと育てられ、魔術や馬術よりも、読み書きやマナーを子供に教えたり刺繍をしたりと内助の功を期待されるものである。

 この【fantasy tale】の世界でも、それは似たようなものである。魔術を修めたり、学問に興じるのは優秀な証である。


『不機嫌のビルキリス』は優秀な魔術師である。

 ゲームでは当て馬として名高いビルキリスだが、設定上では『実力も高くプライドも高い第九王女』と書かれていたはずである。

 自尊心が高いのかどうかはクーガーの知るところではなかったが、ゲームでは主人公たち三人と三体一で戦いを繰り広げるイベントがあったのだから、実力もそれなりに高いはずである。


(……魔力が高いし、操作も上手い。なるほど、よい血統の娘が、こなれた魔術師から丁寧な手解きを受けたら、これほどまでに実力を伸ばすというのか)


 魔術の腕前は、箱入り娘のそれではない。

 見る限りビルキリスは、クーガーが二年間で付け焼き刃で手に入れた実力を凌駕していた。体格や膂力はクーガーの方が恵まれているかもしれないが、ビルキリスは感覚的かつ鮮やかに戦う。

 魔術の誘導が巧みだったり、詠唱が一部短縮されていたりと、ビルキリスはかなり技巧派であった。


「狩りは貴族や王族のたしなみです。若いうちから、たまに鹿狩りや鷹狩りに連れていってもらいました。領民を守ることに繋がるのと、魔物を仕留められたらご馳走を食べられるのとで、私も狩りは嫌いではありませんでした」


(なるほど、だから動く魔物に命中させたり、離れた所から狙い撃ったりするのが得意なのか。さっきから戦闘で意外と役に立っているものだから、少し驚いてしまった)


 戦闘を終えて一呼吸入れたクーガーとビルキリスは、少しだけ息を整えた。

 さっさと仕留めた魔物をアイテムボックスに収容したかったが、ビルキリスが見ている以上それもままならない。あまりこの能力は周知されたくないのである。なのでクーガーたちは普通に、背中の籠に魔物を詰めて持って帰ることにしていた。


 魔物の解体は現地では行わない。

 これはクーガーとビルキリスが徹底していることであった。まずもって二人は解体は不得意である。ぱっぱと手際よく、必要な素材、不必要な素材を切り分けることは不可能に近い。それに下手に急いで切り分けると、素材を傷めてしまうのだ。

 加えて、魔物が出没する場所で下手に解体なんてしたら、血のにおいで他の魔物を呼び寄せてしまう可能性もある。

 手際よく作業を進められるのであれば、現地での解体もあり得る選択肢ではあったが、クーガーたちの今の実力ではそれはなしであった。


「今日はホーンラビットが三羽ですね。十分な成果でしょうか」


(三羽とも結局ビルキリスが仕留めてしまったけどな。それに、いつもなら担いで帰る必要なんてないから、もっとたくさん狩って、悠々と帰路に就けるんだけどなあ……)


「? ご不満でしょうか?」


 きょとんとしているビルキリスに対して、クーガーは別に何も言わなかった。彼女のいう通り、ホーンラビットを三羽分も無事に狩れたのだから、文句を言うような戦果ではない。猟師として過ごしていくのであれば、十分ノルマを果たしているといえよう。

 ただ――効率主義者であるクーガーとしては、ビルキリスに見張られて本気を出せない現状は、若干やきもきするような感は否めなかったが。






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 ビルキリスと一緒に過ごす上で、クーガーには幾つか印象的だったことがある。

 例えば虫を食べるとき。


「これは何ですか……? うようよと虫のような生き物がのたうち回っているのですが」


「虫です。これを外がこんがりするまで焼いてから食べると、良質なたんぱく質になるのです。火を通せば殆どの寄生虫は死にますので、安心して食べられます」


「……」


「こうやってこんがり焼いたものを、ぽきっと二つに割って、とろっとしている中身をパンに塗って食べると美味しいですよ。王女殿下もお一ついかがですか?」


「……少し、心の準備をさせてください」


 ビルキリスはあまり文句を言わない人間であった。クーガーが虫を食べると言ったときは、流石に嫌そうな顔をしていたが、それでも一緒に虫を食べるのだから大した人間である。我が儘放題だったかつてのクーガーと比較すると、ビルキリスは遥かに自制心がある。

 それに、虫を食べ始めると食べ始めるで、「……意外と食べられるものですね」と慣れるのも早かった。適応性が高いのかもしれない。二匹目も普通に美味しそうに食べているものだから、クーガーは少しだけ笑ってしまった。






 例えば少し高価な店で料理を食べるとき。


「クーガー、姿勢が崩れています。それと肉を切り分けたあと、フォークは一度右手に持ちかえるのが基本です。テーブルの上のパンくずは自分では寄せ集めないで給仕に任せること。あと、ナプキンをきれいに畳むのは料理が美味しくなかったという意味になるので、あまり綺麗に畳んではいけません」


「それはフランス式です。フォークはそのまま左手で使った方が効率がいい。パンくずを自分で集めておくことも、使ったナプキンを綺麗に畳んでおくことも、給仕の仕事に障りがないようにした配慮です」


「ふらんす……? よく分かりませんが、クーガーのそれは中央式のマナーとは少し違うようです。今のうちに直した方がいいでしょう。貴族たるもの、常に領民の規範たるべしです」


「料理をわざと残したり、食事中に人前で鼻をかむことが平気だったり、中央式のマナーは意味がない・・・・・。食事中に髪をさわらない、ナイフやフォークの使い方はこうする、というような食事マナーは、料理にフケが入るのを防いだり、素手で料理を掴むのを防いだり、そうやって衛生面を向上するための方策です」


「それもありますが、我が国の歴史ある伝統です。マナーさえ守れない貴族とは、誰もまつりごとや条約を結ぼうとは思いませんよ」


「公の場の食事ではないのです。少し気安くさせてください……」


「……」


「……」


 少し慣れてくると、ビルキリスは色々と口を出してきた。立ち振舞いやマナーには特に厳しかった。王族として育てられたからなのか、とにかく細かく、そして感心するほどの知識量である。

 流石に王女だけあって、中央式のマナーにはかなり精通している。どこに出しても恥ずかしくないほどであろう。同じ貴族といえど、我が儘放題だったかつてのクーガーに、これほどの教養があったかというとかなり怪しいところである。

 第九王女ビルキリスは、継承権が低いといえどもそれに甘んじることなく、むしろ継承権が低いからこそ王族としての矜持ゆえに、こういったマナーなどをきっちり修めてきたのであろう。努力家である。


 ただクーガーにはどうにも、彼女がクーガーに中央でも恥をかかないようにマナーを叩き込んでいる理由がぴんと来ていなかったりする。

 ゆくゆくは中央で働く未来もあるので、こういったマナー指導は、ありがたいといえばありがたいのだが、奇妙といえば奇妙でもあった。







 例えば部屋でだらだらと過ごしているとき。


「馬の力を借りずに走る鉄馬車や、昼も夜も町を照らす街灯、他にも遠くの人と会話ができる魔道具――そんな便利なものが一般化されたところですよ、ニホンというのは」


「不思議な夢ですね。私も夢は見るけど、父上と一緒に狩りに出掛けたり、舞踏会でぐるぐる躍り続ける夢だったり、城の階段が急に消えて転落する夢だったり、そんな変な夢ばかり。夢の中でも内政のことを考えるなんて、本当にクーガーらしいですね」


「……ええ。庶民が綺麗に澄んだ水を飲み、毎日暖かい風呂に入り、そして藁よりも遥かに柔らかな布団で寝るんです。皆、学校に通って算術、音楽、地理、政治、歴史などを学ぶんです」


「欲張りですよ。後千年は先の未来じゃないかしら。そんなに魔道具は作れないでしょう?」


「驚かないでください、ビルキリス殿下。魔道具がなくても、達成できた未来なんですよ。魔道具があればもっと早いかも知れませんよ」


 ビルキリスは、クーガーの世界を知りたがっていた。

 彼の内政計画を知るものならば当然だろう。クーガーの施策は遠大極まりない。課題は大きいが、夢があった。世界を何年も進めるようなことを、平気でいくつも取り組んでいる。

 だからクーガーは、嘘にならない程度で喋った。夢の中にあるとてつもない世界を、夢として語った。


 まだ先があるのか、とビルキリスは呆れていた。

 だがクーガーからすれば、まだまだ達成すべき未来は、先の先にあるのだった。






 例えば掘り出し物の魔道具や魔道書を漁っているとき。


「クーガー。最近とみに無駄遣いが多いのではありませんか?」


「金貨5000兆枚あります」


「そうじゃありません。なりません。どこに保存するというのですか」


「なりませんか?」


「だからなりま――え? 今どこにしまったのですか? え、あれ、ええ?」


「なりませんか?」


「何それ詳しく」


 面倒くさくなってきたのでビルキリスにはいいかと思い、クーガーは『アイテムボックス機能』のことを吐露した。今まで驚異的な速度で内政計画を実現できていたのも、ひとえにこの『アイテムボックス機能』により機密事項を持ち運んだりしていたからだと、そして5000兆枚もの金貨の保存先がここであると、ビルキリスに説明したのである。


 ビルキリスは、それを案外あっさりと受け入れたかと思うと、「……なるほど、しかしそんなことを私に話してもよかったのでしょうか」と問い返してきた。それは、クーガーが知る限り真摯な目だった。

 人に初めて信用された――そんな感じの目であった。第九王女として生きる上で、彼女がどのような人生を送ってきたのかクーガーには分からなかったが、その瞳は何かを暗示していた。

 クーガーが一瞬言葉に困るほどに、その目はクーガーに突き刺さっている。

 きっと、クーガーが思うよりもずっと、ビルキリスにとっては『信頼』というものが重いのだろう――そんなことを思わされるような一瞬であった。






 例えばそれは王家魔術について尋ねたとき。


「ご存じの通り、私たち王族は、王家魔術と呼ばれる特殊な魔術を使用します。特に私は、魔石に複数の魔術を刻んだり、魔法を魔石に変換して保管したり、魔石の純度を高めることができる『王国宝石館まじかるじゅえる』を使用できます」


「……噂には聞いております。ビルキリス殿下は、魔石に予め魔術を仕込んでおくことで、いざ戦うときには魔石を解放して大量の魔術を叩き込むことができると」


「優秀な間諜をお持ちのようですね、クーガー。場所が場所ならば、私は貴方を罪に問わなくてはなりませんでした」


「……失礼いたしました」


「いいのです。むしろ知っておいて欲しかったのです。――私がどうして毒殺されかけたのかを」


 ビルキリスは、少しずつ自分のことを話してくれるようになった。例えば、城での生活は勉強ばかりで退屈だったとか、料理はしたことがないから迷宮第二階層にいる間に挑戦してみたいとか、クーガーが洗濯したあの時の服は未だに残っているとか、友人は少ないから侍女たちと仲良くなったとか、そんな些末なことを話してくれた。


「……『信頼』でしょうか」とビルキリスは呟いた。他人には話さないことなのに、と独り言が続く。クーガーはそれを聞くだけだった。そうです信頼ですよ、と軽々しい気持ちで同意するのは、どこか『信頼』の重さを茶化しているようで、だからクーガーは何も言わなかった。






 例えばそれはいつかの日。


「……私が毒を盛られたことは、ご存知でしょうね。あの舞踏会、私は貴方の父君であるジルベルフ卿の生誕祭で、見苦しく吐き戻してしまいましたが――あれはどうやら毒による物だったようです」


「……。予想はついていました。その後毒を盛った犯人を秘密裏に始末したことも、こちらの耳に届いています」


「優秀な間諜をお持ちのようですね、クーガー。――そうです。私の世界は常に、謀殺の危険性と共に生きる、息苦しい世界だったのです。ご迷惑をおかけして本当にこんなことを言う資格はないのですが、でも、私は、看病されながらも、あの時本当に、親子の距離が近い、このザッケハルト家が心底羨ましいと思ったのです」


「……」


「父が子に話しかけるなんて、私の世界では滅多になかったことです。一部の子供に下手に肩入れすると、奸臣がそれを利用する――頭では分かっていても、距離が遠いのです」


「……なるほど」


「狩りが好きでした。父も母も、上手だと私を褒めてくださるのです。褒められるのが好きでした。私が生きるうえで、数少ない、安心できる瞬間でした。魔術を磨いたのは、それゆえです」


「……」


「王族としてしっかりと勉学に打ち込みました。褒めてほしかったのです。あるいは――有能でないと、いつか殺されると思ったからなのかもしれません。王族でないと、王族でないと、と思いつめていた時期もあります」


「……ビルキリス殿下」


「もしかしたら、このまま生きていれば、人を許せず、人を信じられず、猜疑に縛られ傲慢不遜に育っていたかもしれません。時々そんな夢を見ます。――傲慢不遜に生きて、そのまま死ぬ夢を」


「ご冗談を。ただの夢です」


「文通ができて本当によかったです。クーガー。貴方との文通は、たくさんの学びでした。自由気ままな貴方を見ていると、本当に胸が空く思いです。――それと、信頼してくれてありがとうございます」


「……色々と面倒くさくなったから、もう話しちゃって楽になろうって思っただけですよ」


「楽になんてなれませんよ、人生」


「そうですね、中々ね」


 そして、ビルキリスはそのまま眠った。クーガーはしばらく日記を書いてから眠った。

 眠りにつくまでのまどろみの中、(信頼といえば)とクーガーはどうでもいいことを思い出した。

(もしかしたら、学院の中では、他に信頼の置けるひとがいなかったのだろうか)

 思い返せば、一度、毒で殺されかけているのだ。他にもクーガーが知らないところで、何度も殺されそうな目に遭ってきたのかもしれない。迷宮第二階層に単身でやってきたときは、なんて大胆な女だと思ったものだが、案外迷宮に逃げてきた・・・・・という考えのほうが正しいのかも――とクーガーは考えたりした。


(まさか。さすがに迷宮よりは学院内のほうが安全さ――でもまあ、人間関係で息が詰まる思いをするかもしれないし、あるいは殺されるかもと神経をすり減らすことになるかもしれないけどね)


 そこまで考えてクーガーは意識を手放した。そういえばビルキリスは、こっちに来てからのほうが楽しそうだと、そんな言葉がちらりと脳裏をよぎった。






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






「……うーん、むにゃむにゃ……」


「う、だめですよ、先輩、倉庫に誰かきたら……ちょ」


「……いや、童貞ですけど。……いや、興味がないわけじゃないんですけど、でも、ジャージ汚せないんで……」


「え、わ、ちょ、……だめです、俺、縄跳びの縄そんな風に使ったことないです……いや、先輩、ちょっと、あんまり舐めると……」


「あああ、だめです、先輩、かけられても嬉しくないです、ちょ、あの」


「! ……誰だ!」


「……え、ビルキリス……王女……?」

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