第三章 世界迷宮での「野外実習」で、邪道を極めながらも一位を狙う

女子寮に住むことになったら、策士にその秘密をせがまれ、調子に乗ってエロイベントのこともしゃべってしまい、何故か女子風呂に入ることになり、それを王女に目撃される

 流石に王女とおんぼろ寮の中で二人暮らしは色々とよくない――そう思ったクーガーは、逆にクーガーの方から、彼女の住んでいる場所へと移ろうと提案したのだった。

 王女の住んでいる場所は女子寮・・・

 いわゆる苦肉の策であった。


(このソーシャルゲーム【fantasy tale】が神ゲー扱いされている理由の一つに、女子寮バグというものがある――)


 女子寮バグというのは、文字通りのバグで、男子なのに女子寮に住めてしまうというものである。

 これはゲーム制作者がデバッグ用に残した仕様なのだと言われているが、一部の人間からは「このバグを残したメーカーは英断を下した」と熱く評価されている。クーガーも高く評価している。

 ちなみに男子寮バグも存在しており、そちらも女性からかなり好評価されていた。

 そしてこれこそが、このゲームがギャルゲー&乙女ゲーRPGと言われる由縁ゆえんでもあった。


 閑話はさておき、女子寮に住む件である。

 女子寮の門番のガーゴイルは、合言葉を知っていれば簡単に突破できてしまう。それに学校からの許可証はいとも容易く発行できるのだった。校長が恐ろしく緩いのだ。

『何? 女子寮に住みたいじゃと? ――ぶわははははははっ、そんな阿呆が他にもおるとはな! 構わん構わん、妾が何とかしてやろう。この黒猫、国王や皇帝よりもずーっと偉いからな』

 ――この調子である。

 悠久の時を生きる魔術学院の長は、ある意味国王や皇帝よりも遥かに偉大な存在である。

 そんな校長からの許可を得たクーガーは、女子寮に住もうが何をしようが大丈夫なのであった。


 ――問題があるとすれば。


「あいつ、女子寮に住もうなんて正気じゃねえ」


「どんな手管を使ったんだ……」


「【黒猫の魔女】からの免状をもらうなんて、あいつ絶対何かを持っていやがる……」


「はっはっは! 気持ちはわかるぞ! 普通はこの私、ヴァレンシア・エーデンハイトと一緒に住みたいというのが基本だ」


「これだから貴族の野郎は……! 俺たち平民はこいつみたいに甘ったれた生き方はしてない――!」


「んふふ、面白いことになりましたねェ。この策士オットー・クレンペラーにも分からないことがあるのですねェ」


(周りがうるさい)


 問題があるとすれば、周りがうるさいことであろう。当然といえば当然かもしれない。筋肉ムキムキ野郎が、学校を一週間サボったかと思ったら、更にムキムキになって帰ってきて、今度は女子寮に住むとか言い出すなんて、尋常の沙汰ではない。そしてこれに許可が出るものだから、学院に激震が走るのも当然といえた。


(まあ、何の根拠もないわけじゃないけどね。あのおんぼろ寮のままじゃ、いつか崩れ落ちるから、工事のために一時避難させてくれって口実は取り付けておいた。もちろんお金も個人的に出すからってね)


 ほぼ無いような、取ってつけた口実ではあるが、無いよりましである。クーガーは「自分が暮らす場所が一時的に使えなくなるから」という口実を最大限に活かして、女子寮に堂々と入寮したのであった。











「マネーライフ:悪役貴族の人生やりなおし計画」 第三章











 騒動になって早々、クーガーはついにあいつに目をつけられることになった。学園編の悪役四人の一人にして、調薬と医療魔術のスペシャリスト、そして策士と自称する例のあいつである。


「んふふ、初めまして。面白いことになりましたねェ。この策士オットー・クレンペラー、貴方に興味を持ちました」


「はあ、初めまして。ジルベルフ・ザッケハルト伯爵の四男、クーガー・ザッケハルトです。まだ国王陛下から爵位は賜ってませんが、何卒宜しくお願いします」


「んふふ、錬金術師の"霊薬卿"の三男、策士オットー・クレンペラーです。策士オタとお呼びください」


(懐かしい。確かこの自己紹介で、一瞬でネタキャラが定着したんだっけ。「んふふwwww水着イベントなのでガチャを回しまくるですぞwwww」とかネタAAがたくさん作られたんだっけな)


 ――策士オタ。オットーの略称がオタなので何もおかしくはないのだが、しゃべり方、個性的な性格、そして名前がオタ・クレンペラー→オタクエンペラーとなることから、ファンからも公式からも、思いっきり弄られてる愛されキャラクターでもある。


 これで悪役三銃士が揃ってしまった、とクーガーは思った。

 噛ませ犬のクーガー・ザッケハルト。

 当て馬女のビルキリス・リーグランドン。

 引立て役のオットー・クレンペラー。

 悲しいことに、全員殆どのシナリオで死ぬという非業の運命を抱えている。


 なおこの三人は、「ポンコツ脳筋」「性格のキツい女」「自称頭脳派」の三悪のお約束を守っているという。どうでもいい話だった。


 それはさておきである。クーガーはいまや孤立してしまっていた。それこそ貴族派でも王族派でもない、単独勢力扱いなのだ。

 唯一ビルキリス王女とはそれなりに親交があるが、精々下っ端ぐらいにしか思われていなかったりする。クーガーも厳密にはビルキリス派ではないので、やむ無い話ではあった。


 要するに、クーガーはだいたいぼっちなのである。

 そんなところに変人オットーが話しかけてきたのだから、周りから見ても随分と目立つというものであった。


「んふふ、ところでものは相談でしてねェ。実はこの策士オットー・クレンペラー、クーガー殿にお願いがありましてねェ」


「? いかがされましたか、策士オタ殿」


「! 策士と呼んでくださるとは……。ああいえ、失礼しました。柄にもなく少々喜んでしまいましたねェ」


「……」


「実は女子寮に入る方法を教えてほしいのですよ」


「……」


 策士オタは、ぶれない奴であった。






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「実は、この学院には有名な風呂場イベントというのがあってだな、通気孔を通っていくことで男子寮の風呂場、女子寮の風呂場を上から覗くことができる」


「お、おお……。流石ですクーガー殿。この策士オットー・クレンペラーでも知らない知識を把握してらっしゃるとは……!」


「イベント毎に風呂場で繰り広げられる会話も違っていて、手に入るスチルもそれぞれ違っている。イベントを逃した場合は、絵描きのエローナと交渉して絵を買わないとスチルが埋まらないんだ」


「んふふ、胸が熱くなりますねェ。その絵描きの娘と交渉して、今までの絵をすべて買いたいですねェ」


「で、情報料代わりといってはなんだが、策士オタ殿にはやってほしいことがある」


「何なりと仰せ付けください、クーガー殿。この策士オットー・クレンペラー、どんなことでもしてみせましょう」


「これから頻繁に男子寮に厄介になる予定だから、その時は策士オタ殿の部屋に泊めてもらいたい。――それでもいいか?」


「――んふふ、心配には及びません! この策士オットー・クレンペラーは貴方の友です!」






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 それからしばらく。

 クーガーとオットーは何故か女子風呂にいた。


 話の流れは突飛で奇妙なものである。

 絵描きの娘エローナと交渉を交わし、見事に絵を手にいれたクーガーとオットーは、その宝物を堪能した後、それをオットーの部屋へと搬入することになった。

 桃源郷、という言葉がある。

 地獄変、という言葉もある。

 いうなれば、地上のありとあらゆるユートピアを詰め込んだエローナの絵こそが桃源郷そのものであり、逆にいえば、地獄変とはその後に入った男子風呂のことである。


 搬入で疲れたクーガーとオットーは、一汗流そう、と考え、そのまま貴族向けの男子寮へと足を踏み入れ、そこでこの世の地獄を見たのだった。

 無論、地獄とは男の裸体のことではない。

 男同士が何やら怪しく睦まじいことをしている光景のことである。

 言うなれば、薔薇の世界であった。

 この世界では、高い位の貴族とその可愛らしい侍従が、時に愛を確かめあうことも珍しいことではない。与えるも受け止めるも愛である。そしてそれの延長線として、気のあう貴族同士が時に一夜限りの社交に興じることもあるのだった。


 クーガーとオットーは音速で風呂場の扉を閉めた。そして逃げた。


 残念ながら、クーガーもオットーも異性の方が好みである。それはもう仕方がないのだ。これは合う合わないの問題なのだ。

 人の営みには色んな形がある。よくあの王女も常々口にしているが、これこそ人の営みの複雑さなのだ。


 なので仕方がなく――本当に仕方がなく、二人は女子寮の風呂場を借りるという話の運びになった。

 これはやむを得ない話であり、違法性阻却の問題であった。法哲学と倫理の話であり、幸福の分配問題でもある。すなわち、非常に難解で根深い問題を意味しているのだ。そういうものである。


『――情報感謝する。急いで向かう』


 絵描きの娘エローナに、つい先程・・どこで・・・何が・・あったのかを説明したクーガーたちは、そのお礼として『清掃中の札』を手にいれた。

 これはソーシャルゲーム【fantasy tale】のレアアイテムの中のレアアイテムであり、全風呂イベントを制覇したものにしか配られない皆伝の証でもあったが、こんな形で手に入るとは僥倖の極みであった。

 エローナがどれだけ感謝しているのかが窺えようものであった。いつも前髪に隠れている目がらんらんと光っているように見えるほどだった。その証拠に、レアアイテム『清掃中の札』である。


 ――かくして、女風呂にクーガーとオットーの二人だけが佇んでいるのだった。


 一服。女風呂というのはどうしてか、香のようなものを焚いてふんわりといい香りを漂わせているらしく、クーガーたちにとっては新鮮極まりなかった。どうやらそういう魔道具を使っているらしかったが、それにしても非常に珍しいことである。王族の風呂もかくや、と言わんばかりの豪華さで、クーガーは言葉に困るほどであった。残念ながら男子寮の風呂はここまで豪華ではない。羨ましいという感想しか湧いてこないほどであった。


「んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ――」


「落ち着け、策士オタ殿。先程から隣でそればかり笑われる側の身になってくれ。不気味で不気味で仕方がない」


「これはこれはクーガー殿。いえ何、異性とお湯の共有をしていると思うと、落ち着かないものがありましてねェ」


「気持ち悪いという言葉を知ってるか」


「大丈夫ですよ。神は仰ったのです。今を楽しめと。この稀有な奇跡は神様が与えてくれたささやかな幸福ですよ。短い人生、全力で楽しまなくては損というものです」


「仰ってねえよ絶対」


 ちゃぽん、と水の音がした。

 色々なことがあった、とクーガーはしみじみと思った。


(――エローナ先生から風呂絵のスチルを二枚ほど購入して、それを他人に見つからないように走ってオットーの部屋に運んで、そしたら汗をかいたから汗を流そうと風呂場に行ったらまさかの事態に出くわして。……当然逃げたけど、ちょっと思いついてエローナ先生に風呂場でおきた出来事を説明したら、いきなり皆伝の証を貰うなんてな……。エローナ先生と言えば、様々なお色気イベントに一枚噛んでいる【fantasy tale】の超人気キャラクター。まさかこんなに簡単にこれを貰うとは思わなかったけど、ラッキーだったな)


 言葉にするのも難しいほど、濃密な半日であった。

 そもそもオットーに「女子寮に入る方法を教えてください」と頼み込まれたのがきっかけである。思わず要らぬことを言ってしまったクーガーは、流れで絵描きの娘エローナのところに一緒に行く羽目になり、そこでお宝イラストを目の当たりにし、勢いで購入してしまったのである。「5000兆あります」といつものように。二枚を手に入れた二人は、それを隠しながら何とかオットーの部屋へと運び込み、息絶え絶えなところ一つ休もうということで風呂に向かったら、あれがあれで、エローナ先生大喝采で、レアアイテムゲットで、女子風呂で、今に至るのだ。

 これが一日の出来事とは到底思えないほどであった。


「神に感謝します。――おお、神よ、いつもは貴方のことを信じておりませんでしたが、幾たびの奇跡は貴方の御心あってのこと。この策士オットー・クレンペラーは、今ばかりは神に至上の敬意を捧げます」


(神、ねえ。神か――……)


 ふと好奇心がむくげたクーガーは、まさかと思いつつ脳内でシステムウィンドウを確かめてみると、そこには神からのメッセージが届いていた。

 今を楽しめ、とただそれだけである。

 神は仰ってたらしい。色々げんなりする言葉であった。


(さて、オットーは予想通り、俺のほうを見て・・・・・・・興奮しているが、どうやって切り出すかね)


 クーガーは知っている。オットーの正体を。


 そして、神はこうも仰るらしい。――変化は唐突であると。いつの世も変化は前触れなく起きるものであり、偶然の事故がすべてを支配している。

 それは女風呂に入っている二人にとっては、外の王女の澄ました言葉であった。


「……クーガー、あなたはそういったことを嗜んでいらっしゃるのですね。深く、深く勉強になりました。王族として、人の営みの一面に触れられたような気がします」


「……え、ビルキリス……王女……?」


 がらりと風呂場の扉が開いたかと思うと、そこには縦ロールの似合う王女が体にタオルを巻いて仁王立ちしていた。静かな時間が流れた。とても静謐で、誰も邪魔できないような時間であった。

 クーガーは、何故開けた、としばらく言葉を失った。









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