説教されて、厳しいげんこつを食らって、その後温泉でまったりとする

「――この、大馬鹿者ども! 貴様ら! 迷宮を舐めているのか!」


 戦いが終わってみれば、こんこんと続く教官の説教である。

 実際、説教をされても仕方がないなとクーガーは思っていた。ただ可哀想なことに勇者ら四人は裸マント姿である。夜の冷える空気に、これはあまりにひどい仕打ちであった。


「大体、戦いの途中から粉塵が酷くて酷くてたまらん! 視界が悪くなって、周囲の生徒がもし魔物に襲われでもしていたらどうする! 加えて爆音だ! あの爆音で森の主が起きたらどうだ! ――トドメにあの金貨! お前らは、滅茶苦茶すぎる――!」


(ごもっともだ。金貨の波で色々森も傷付けちゃったし、テントとかもぐちゃぐちゃになったし、本当に色々申し訳ない)


 実際、色々と申し訳なかった。

 あれから、クーガーが金貨を『アイテムボックス機能』で回収したあと、残った光景は中々の地獄絵図であった。

 地面は滅茶苦茶に荒れていた。テントはボロボロに潰されていた。解体業で受け持っていた肉たちはぐちゃぐちゃにつぶれていた。焚火は木っ端みじんだし、木々も色々なぎ倒されているし、ついでにいろんな魔物も巻き込まれているし、本当にひどいとしか言いようがなかった。

 生徒たちに怪我がないのは、【fantasy tale】の決闘システムの仕様(決闘中は部外者に攻撃できない)によるものだったが、もしこれで生徒も巻き込んでいたら説教どころでは済んでいない。

 ――思いかえせば、本当に最悪な戦いであった。


「全員得点板を剥奪だ! 更に罰として魔術学院アカデミアの倉庫の掃除を一週間命じる! ――いいな!」


「私は被害者だ! 普通はこの私、ヴァレンシア・エーデンハイトを見逃すのが基本だ!」


「んなわけあるか阿呆!」


「これだから教師は――! いつも俺たちを家畜みたいに見やがって! 勉強できることの何が偉い!」


「勉強じゃなくて周囲への迷惑だこの阿呆!」


「見せるから、見逃して」


「エロで買収しようとするなこの阿呆!」


 勇者たち三人は騒がしかった。げんなりするようなやり取りだった。隣で聞いているクーガーは虚脱感しか覚えなかった。


「んふふ、困りましたねェ。この策士オットー・クレンペラーでも痛いものは痛いのですねェ」


「本当に困っているのは俺の方だこの阿呆!」


「げんこつ。……深く、深く勉強になりました。王族として、人の営みの一面に触れられたような気がします」


「何納得してるんだよごめんなさいだろうがこの阿呆!」


 頭にげんこつを落とされたオットーとビルキリスは、涙目で何か訳の分からないことを言っていたが、もうクーガーは無視をすることにした。

 クーガーも頭が痛くてそれどころではなかったのだった。


「初めてかい、クーガー君?」


「いってぇ……何がだ」


「僕は、泣けるほどのげんこつを落とされたのは初めてかい、と聞いているんだ」


「この期に及んでお前もぶれないな」


 がつん、と二撃目がクーガーとユースタスケルを襲った。最悪だった。今のはどう考えても巻き込まれ事故である、話しかけられただけのクーガーは悪くないはずだった。

 だがそんなことは、教官からすればどうでもいいことらしかった。


「~~~~っ」


「クーガー! 何だその目は? 何か釈明でもあるのか?」


「……5000兆あります、なりませんか……」


「なるわけないだろうがこの阿呆!」


 三撃目。露骨に痛そうな音がした。頭で受け止めたクーガーは、つばが吹きこぼれそうなほどに悶えた。






 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






 結局『野外実習』は、勝利したクーガーらも敗北したユースタスケル一行も、両方とも得点板を没収されるという形で幕をひいた。


 骨折り損のくたびれ儲けとはこのことである。

 頑張ってたくさんの魔物を解体し、たくさんの料理を作って振るまい、ユースタスケル一行らと激しい戦いを繰り広げ、息も絶え絶え精も根も尽き果てた――というところでこの仕打ちなのだから、本当にくたびれただけである。

 中々げんなりする結果であった。


 これでもし、解体中に発生する骨などの廃棄分の素材をとり集められてなかったなら、まさしく損しただけになるだろう。


(はー、本当やってられないな……。全部ユースタスケルが決闘を吹っ掛けてくるのが悪い。あいつが決闘を吹っ掛けてこなかったなら、全部うまく行ってたはずなのに)


 と、胸中ではぶつくさと文句を言いながらも、それでもクーガーは今回の『野外実習』の成果を清算するのだった。


(まず、魔物の解体技術はだいぶと上達した気がするな。まああれだけの数をぶっ通しでやったから、いい経験にはなったはず。他にも魔物の素材は大量に手に入った。普段なら捨てるような血、内臓、骨を重点的に拾いまくったから、ポーションなどの魔法薬や、アンデッドの研究がまた一層捗るだろう)


 大量の魔物の解体技術。

 普段なら捨てる魔物の素材。

 魔物食ザッケハルト料理の宣伝と、バタークッキーザッケハルト銘菓の宣伝。

 その他、料理を振る舞ったり、媚薬のことでお近づきになれた多数の貴族たちとの繋がり。


 これらの収穫を、多いと見るかどうかは人によって別れるだろう。前向きにみればその通りだが、後ろ向きに考えたら、ただ単に便利屋の仕事をしてろくなものも得られなかっただけだ。

 せめてここに恒久の香とこしえこうを追加で手に入れたかったところである。


(まあ、いいか。もっと大きな収穫があった)


 だが、クーガーは顔をほころばせた。

 実は他の人には気付かない、もっと大きなものをクーガーは得ているのだが、そのことは誰にも言ってない。誰かに言って聞かせるつもりも今はなかった。


(運命、変えたなあ)


 主人公たちユースタスケル一行と勝負して、こてんぱんに負けるはずだった、そんな未来――それをクーガーたち三人は、死に物狂いで戦って回避したのである。

 回避、できたのである。

 運命が。

 変わらないかもしれないと今までずっと不安だった運命が。

 全体からみれば、その変化はほんの僅かかも知れないが、それでもクーガーは運命を変えてみせたのである。


(ステータスを自由に割り振れる女、今までのボス敵を召喚できる女、何度も復活する頑丈な男、そして一ターンに何度も行動する男――こんなチート連中に、俺たちは勝ったんだぜ?)


 絶望的な強さの敵に勝った――そのことは、クーガーを大いに上機嫌にさせていた。

 今は、今ばかりは浮かれてもいいだろう――そんな風に彼は考えて、勝利の余韻をしばらく堪能した。






「クーガー? 何をぼんやりしているのですか?」


「んふふ、クーガー殿は疲れておいでのようですねェ」


(本当にこの二人には、感謝の言葉しかないな。――ビルキリスとオットーの奮戦あって、相手を金貨の雪崩攻撃に抵抗できないほど消耗させた訳だし)


 ちゃぷり、と湯が揺れた。クーガーは思いきり体を伸ばして、今しばらくは湯治に身を任せることにした。


(それにしてもユースタスケルも中々気が利く。『僕たちの見つけた温泉を使うといい。湯治の効果もあってかなり快適だよ。どうだい、見過ごせないだろう?』だったか。――まあ、実際背中も少しずつ癒えてきた気がするな。傷口にミネラルが染みると思っていたが、回復魔法で半分治してから入れば結構いけるものだな……)


 どうせ最後の『野外実習』の日なのだ、ゆっくり羽を伸ばそう――そう考えたクーガーら三人は、こうしてユースタスケルたちが見つけた温泉を堪能することにしたのだ。

 これがまた正解で、先程から三人は骨が抜けたみたいになっていた。疲れた体にこれほど湯が染みるとは思わなかった。温かさがひどく心地よい。


 かくしてクーガーたちは、今しばらくは、まったりと湯を堪能していた。


「……ビルキリス殿下、オットー、また三人で頑張りましょう」


「ふふ、ええ、そうですね。信じてますよ、クーガー、そしてオットー」


「んふふ、勿論です。この策士オットー・クレンペラーは皆さんの友ですゆえ」


 ちゃぷり、とまた湯が揺れる音がした。心地よさに微睡みながら、クーガーは今の時間がもう少し続けばいいのにと思った。


(……。あれ、俺なんで王女様ビルキリスお嬢様オットーと混浴してるんだろ)


 ふと疑問が脳裏を掠めたが、クーガーは気にしないことにした。

 どうせお互いに布で体を隠してるのだから、問題はないはずである。

 策なれりとどこかで誰かが言った気がするが、それも気にしないことにした。

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