倉庫を掃除していると突如仕掛けが作動してゴーレムたちが起動したので、地下に逃げ込み、そこから抜け出すために『問いかけの試練』を選ぶ

 今日も今日とて倉庫の掃除である。

 そろそろクーガーは、普通に授業を受けるよりもむしろ倉庫掃除の方が日々の楽しみになりつつあった。


 何せクーガーは秀才である。いつも迷宮第二階層に潜っては暇な時間に魔術の勉強をするので、学校よりも遥かに進んだ魔術の知識を保有しているのだ。おかげで授業が退屈で仕方がないほどである。

 それならば貴重な素材や魔道具に溢れた倉庫の方が、勉強になるというものであった。


 とはいえそれは、パウリナという古代魔術と妖精魔術に詳しい使役魔と、薬草学に明るいオットーと、秘匿されている魔術の神秘を王族として知っているビルキリスに囲まれているからなのかもしれない。

 元よりクーガーも攻略wikiの知識を保有している分、他の生徒よりも知識が何歩分も抜きん出ていたりする。

 授業を退屈に思うのも仕方のない話であった。


(いや、でも一年前期だから退屈なだけで、二年とかから授業についていけないパターンかも)


 ふと危惧したクーガーだったが、そのときは迷宮第二階層を利用して百倍の時間で勉強すればいいか、と考えた。






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 それはさておき、倉庫掃除である。


(アイテムボックス機能があるから、床の表面のみを収納していけば床の掃除は一瞬なんだよな)


 クーガーの手抜きはひたすら徹底されていた。


(逆に、標本とかに積もった埃を払うのは、風魔法のいい練習になるかもしれない。でもこっちもアイテムボックス機能を使いたいんだけどなー。アイテムボックスに収納して、出して、をするだけで一瞬で埃が取れてピカピカになるんだけどな)


 それをしないのは、その行為そのものが倉庫ダンジョンの番人に目をつけられるかもしれない、と思ったからである。

 標本とかをアイテムボックスに一瞬でもしまったら、それはある意味窃盗である。一瞬だけなので窃盗ではないと言いたいところだが、そんなことなど、ダンジョンの番人のデュラハンゴーレムに区別がつくはずもない。


 なのでクーガーは、床の埃を収納していくだけにとどめていた。


(それにしてもこの倉庫、ダンジョン化してる空間なのに、これだけ埃っぽいってのは奇妙な話だな。ダンジョンは空気の汚れを食べて清浄にしてくれるはずなのに)


 ダンジョンの呼吸――クーガーの知る限り、生きているダンジョンは魔素の漂う空気を食べてゆっくりと成長する。その過程で埃は、殆どがダンジョンの餌となるのだが、どうやらその気配はなさげであった。


 だからこそこうやって今クーガーたちが掃除をしているのだが、冷静に考えると奇妙な話である。


(もしかして――ダンジョンが死にかけて・・・・・いる?)


 そこまで考えたとき、クーガーはふと恐ろしいことに気づいてしまった。

 そういえば、この場にいる全員を殺してしまえば簡単に災厄の竜をほぼ全て解放できる――。






「! 危ない!」


 何かに気付いたユースタスケルが叫んだ。

 ほぼ同時に、がおん、と恐ろしい音がした。

 棚が、がたたたたた、と次々に動いて陳列していた魔道具や標本などと共に何処かへと移動してしまった。


 一連の動きを見たクーガーは、倉庫ダンジョンが敵性生物の排除に動いているのだと気づいて絶句した。

 しかもこの動きかた、尋常ではない。

 恐らくダンジョンにとって火急の出来事が起こっているのだとクーガーは勘づいた。


 そして、倉庫の地面と壁の煉瓦は次々に組み変わって、出っ張ったり引っ込んだりを繰り返し、壁や地面のなかに隠れていた無数のゴーレムたちの姿を露出させた。

 その数は、およそクーガーらが目視できる範囲だけで四十体を超える。


 ゴーレムの目に光が灯ったのを確認したクーガーは、あらん限りの力で叫んだ。


「ゴーレムだ! 地下に急げ!」






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『地下に急げ』――クーガーの言葉を疑う人間はいなかった。

 今回のような非常事態において、取りうる選択肢は、入り口に急ぐ、その場に待機する、そして更に奥に進むの三択。直感的にクーガーは最後の選択肢をとったのであった。


 巨体が大地を踏み鳴らす音が響く。衝撃で地面が揺れる。

 差し迫る危機を前に、クーガーたちは一目散に地下へと駆け出した。

 幸い、地下室への入り口はすぐそばであった。行く手を阻む存在もなく、クーガーたちは無事にその地下室の入り口に足を踏み入れることができた。


 ゴーレムたちは追いかけてこない。

 敵の様子をうかがったクーガーはそのことに安堵を覚えつつ、地下への入り口の扉を閉めるのであった。


「……地下に潜れば、ゴーレムは追いかけてこなくなる」


 地下階段から地下倉庫に転がり込んだ一行にむけて、クーガーは語った。


「よくあるゴーレム魔術だ。侵入者を逃がすな、と命令されているから、こうやって一息つこうと思ったらむしろ逆に奥に進んだ方がよかったりする」


「ですがクーガー、追いかけられる可能性もあったのでは」


「それでもいいんですよ、ビルキリス殿下。階段という細い入り口に誘い込めたら、入ってこようとするゴーレムを一体ずつ始末できますから」


 最悪でも一体ずつ始末すればいい、というのがクーガーの計算である。


「……ふむ? 詳しいな、クーガー。だが地下からゴーレムたちがやってきて階段で挟み撃ちにされる可能性はなかったのか? いや、むしろ普通はそれが基本だ」


「ヴァレンシア、それはほぼない。基本的にダンジョン内では階層を跨いだ魔術を発動できない」


 ヴァレンシアに口早に答えたクーガーだったが、まさか攻略wikiに『倉庫ダンジョンのゴーレム襲撃トラップは奥に進んだ方が安全』と書かれてたなんてことは言えない。

 僅かに訝りの視線を感じたクーガーだったが、その辺りは勢いで誤魔化すしかなかった。


「それよりもクーガー、どうやって脱出するかだ」と切り出したのはユースタスケルである。「最悪、僕とソイニが囮になるという方法で――」


「それだがユースタスケル、この倉庫ダンジョンには地下からの抜け道があるんだ」


「……君は色々と詳しいね、クーガー君」


「こう見えても俺は校長に気に入られているのさ。ほら、今おんぼろ寮を改装工事してるのも俺がお願いしたからで、つまりまあ、そういうことだ」


「……なるほど」


 ――嘘かどうか際どい所である。

 全部嘘ではないが、普通に聞いていたら、まるでクーガーは校長とコネクションがあるように誤解されそうな口ぶりである。

 実態はコネなどないのだが、まあ嘘も方便である。


「まあ倉庫ダンジョンの地下の抜け道をどうして俺が知ってるのかという話はさておいて、だ」


 クーガーはそのまま本題へと続けた。


「地下倉庫ダンジョンから抜け出すには、さっきの道を戻るか、秘密の抜け道を通って『問いかけの試練』を乗り越えなくちゃいけない。つまりゴーレムたちと死闘を繰り広げるか、精神力を試されるかの二択だ」






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「クーガー、私たちは地下に逃げ込んで正解だったのでしょうか?」


「ん、ビルキリス殿下ですか。――そうですね、正解だと思われます。何せ倉庫ダンジョンをまともに突破しようとするとほぼ無限にゴーレムたちと戦わなくてはいけませんからね」


「……クーガーは一体どこからその知識を得ているのか、時々私は不思議に思うことがあります」


「秘密です。……私の兄にとても耳の広い吟遊詩人がいますので、まあ、色んな噂に色々と詳しくなれるんですよ」


「本当にそれだけでしょうか?」


「……さてね」


「……。まあいいでしょう。それよりも気がかりなのは『問いかけの試練』です。これは一体どんなものなのですか?」


「『問いかけの試練』は文字通り、門番からの問いかけに答えなくては門を潜ることができない、という試練です」


「精神力が試される、というのは?」


「……問いかけは、時に人間の精神を破壊します。死を懇願するほどの深い傷を人に与えることもあります。『問いかけの試練』とて楽ではありません」


「……。驚きました、精神力が試されるというのはそれほどの過酷さなのですね」


「はい、ビルキリス殿下」


「……。門番と門の数はどれほどですか? 強行突破は可能なのでしょうか?」


「門の数は……恐らく十は下らないでしょうね。つまり十以上の問いかけを乗り越えなくてはなりません。門番からの問いかけに答えられなかったり強行突破に及んだときは、当然罰則があります。……強行突破はおすすめしません」


「……ではクーガーはどちらの選択肢を取るべきだと考えてますか?」


「断然『問いかけの試練』です。上にいけば最悪誰かが死にます。私は誰にも命を落としてほしくないですから」


「……」


「?」


「……本当は、私とオットーが……。いえ、私が足手まといだから、上を選ばないのではないのですか」


「まさか、殿下を足手まといだなんて思ったことは一度もありませんよ」


「……クーガー、私は弱いことを自覚しています。ですから、それとない気配りに気付いてしまうのです。例えば迷宮第二階層に無理矢理ついていったときも、貴方は私が怪我しないように側にいましたし、この間の『野外実習』も私たちが怪我をしないように狩りを避けてましたね。ユースタスケルたちと戦ったときもそれとなく私を庇ってましたし、あのランジェリー同盟との勝負でも私たちはそっちのけでした。……私の考えすぎ、でしょうか」


「いえ、殿下がいなかったら勝てませんでしたよ」


「『王国宝石展まじかるじゅえる』がなければ、ですよ」


「いえ、本当に殿下がいなかったら勝てませんでした。殿下がいたからこそ私は全力を発揮できたのです」


「……優しいですね。でももしかしたら、私たちがいるから上を選べなくて・・・・・、下の残酷な試練に挑むしかなくなっているのでは、と思うのです」


「……あー、いえ、実はそうではなくて上に行くと『倉庫殺人事件イベント』が発生する可能性があって」


「もし、私たちが本当に強ければ……もし私たちが本当に『信頼』されていれば、クーガーはランジェリー同盟の事件の時に、自分の実の兄がランジェリー同盟の一員だったという秘密を告白してくれたはずです」


「……あー、それは違います。殿下はとても心強いですし、信頼してますけど、その、身内の恥というか」


「なら、私を危険から遠ざける理由は何なのですか?」


「……」


「……」


「……それは」


「……ごめんなさい、言い過ぎました」


「私の推しキャラがクリスマス用どすけべサンタ服装備のSSRビルキリス殿下(首輪)だからですよ」


「」


「イベントの度に無理矢理ひんむかれるビルキリス殿下ですが、特にお花見酒乱ビルキリス殿下と温泉浴衣ビルキリス殿下(目隠し)にならんで、クリスマス用どすけべサンタ服のビルキリス殿下は恐ろしくエロいですよ」


「」


「ビルキリス殿下?」


「……あんまりのことで記憶が飛んでしまいました。とりあえず一行で」


「ビルキリス殿下にどすけべサンタ服を着せるまでは死んでも死にきれない」


「」






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