石鹸の改良に着手しつつ、新しい避妊具を考案しつつ、ちょっとアダルトな大衆浴場の経営をぼんやりと考える
魔物を狩るなら、ついでにその肉を食べ物にしてしまえばいい。そうすれば、村を魔物から守ることが、食料の獲得にもつながって一石二鳥である。
実のところ、ザッケハルト伯爵領地は魔物の住む領土と面していることもあって、魔物食の文化が盛んである。
作物も食べるが肉も食べる。むしろ両方食べないと余裕がない。畜産文化はまだ未熟だが、狩猟はそれなりに細々と続いている。魔物の肉だから食べられない、という我が儘は言ってられないのである。
それはまだいい、とクーガーは思っている。魔物を食べるのは大いに結構である。
無論、野生の魔物の肉なので、妙な病気や寄生虫を持っていないかは恐いが、幸い火を通す文化はあるのであまり心配はしていない。
それよりも、久我先の意識は別のところにあった。
(石鹸文化をもっと広めたい)
――石鹸。
それは伝染病も皮膚病も減る素晴らしい文明の利器である。説明すると、石鹸は、洗濯や織物を洗浄する用途ばかりではなく、医療用としても使い出のある便利な道具である。
滅菌するという行為は生きる上で大事なことなのだ。
人間は、想像以上に不潔であることに弱い。
だからこそ、石鹸文化をもっと広めたいとクーガーは感じていた。
(この世界の石鹸は、魔物の狩猟文化が根付いているからなのか、その保存食を作る際に出てくる動物性脂を使ったものが一般的だ。だけど、動物性脂を使った石鹸は――とても臭い)
この石鹸の匂いこそが、大衆化に際してのハードルであった。
臭いもので体を洗いたい人間はいない。動物性脂を使っているからなのか、この世界の石鹸にはあの獣独特の匂いが残っているのだ。
もちろん、製造の過程(動物の脂、水、塩を混ぜて煮込み、上澄みを掬いとって精製していくと、匂いが緩和される)で匂いはある程度とれるのだが、それでもあまり気乗りしない程度には匂う。
なのでクーガーは、匂いがあまりしない石鹸の作り方を模索しているのだった。
(匂いの原因は油だ。つまり油の匂いが酷くないもの――オリーブオイルなどを使って石鹸を作れば、あるいは匂いが抑えられた石鹸ができるはず)
幸い、クーガーには資金がある。何度も方法を模索すれば、あまり匂いが酷くない石鹸を作ることも可能であろう。
それに、国王によって製造法が制定されていないのもクーガーにとっては幸運であった。なるべく商売敵がいないうちに、この分野は押さえておきたい。需要が莫大なのは自明である。
もし、この匂いの抑えられた石鹸が製造できるようになれば、このザッケハルト伯爵領地の経営も少しは改善されるはずだ――とクーガーは睨んでいた。
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唐棹と千歯扱きの製作、発酵食品の模索、ジャガイモなどのイモ類の栽培法の模索と品種改良、副業推奨政策、植物性油をつかった石鹸の製造の模索――クーガーの打つ手はどれも遠大な計画のように思われた。
農具の作成法は、まあ金属の質に目をつぶればすぐにでも試せるが、それ以外はすぐに効果が出るようなものではない。
しかし何故か、クーガーの資金は唸るようにある。
使用人たちや雇われ職人たちは、変人のバカ四男坊の
やがて、作業をしながらも一部の職人たちははたと気付く。
もしかしてこの四男坊は本気でこの夢を実現させようとしているのではないかと。
どれもこれも本当になれば途方もなく素晴らしい政策だが、まさか本気でそれに取り組んでいるのではないかと。
ザッケハルト伯爵の四男坊といえば、頓珍漢の愚物として有名であったが、もしかしたらそれは嘘なのかもしれない――。
まさか、あれは夢を見ているだけだよと笑う連中もいる。
金にあかせて一発逆転を狙っているだけだと失笑する連中もいる。
優秀な兄弟たちに触発されて、単に内政の真似事をしているだけだよと蔑む連中もいる。
噂はいつも適当である。真相は、四男坊のクーガー・ザッケハルト本人のみぞ知ることである。
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「クーガー、ちょっといいだろうか。最近のお前について色々と言いたいことがあってね」
「何でしょうか、ウォーレン兄さん」
「いや何、資金の出所が分からないのに、それにばかり甘えていると恐いことになるぞ、という話だ」
「……なるほど、ウォーレン兄さんは私の資金の出所が、どこかの組織だと睨んでいるのですね。教会か、商会かだと」
「ああ。父さんや母さんはお前のことをそっと見守っているが、私は長男として、このザッケハルト家の次期領主になるという責任がある。だからこそ、お前が危ない橋を渡っているなら、例え弟であろうとも容赦はしない。教会からの賄賂だろうが商会からの賄賂だろうが、我が家の
「大丈夫です。全部、私個人の財産です。私は別に、誰か第三者に首に紐をつけられているわけでもありません」
「だが、どう見ても金貨一万枚は使っているだろ? こんなお金だれがポンと出せる。お前の個人の財力なんて、もう既に――」
「5000兆あります」
「5000兆」
「金貨5000兆枚です」
「金貨5000兆枚」
「なりませんか」
「何それ詳しく」
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久我崎こと四男坊クーガー・ザッケハルトは、ここのところめっきりと女遊びをしなくなった。
ここ最近は「病気に罹りたくないからね」ときっぱりしている。劇的な変化だともいえるだろう。
かつて、全く異性にモテない鬱憤を晴らすためか、時々お金の力に任せて女遊びをする悪童だったというのが嘘のようである。
もちろんそこには、内政改革に打ち込んでからそのせいで忙しくなっている、ということが理由としてあるのかもしれないが、それでも使用人たちからすると衝撃が走るほどであった。
「まあ、新しい石鹸が出来たら遊ぶかもね。ちょっと色気っぽい大衆浴場の経営も考えていたところだし。どれ私の浴場はいい具合かな、なんてお愉しみするぐらいにね」
(まあしないけどね。不治の病にかかるリスクを負ってまで性欲を発散させたい、なんて馬鹿らしい)
冗談めかして周囲には語るものの、クーガーはまったくもって冷静であった。悟りともいえる。このぽよぽよした体とウスノロっぽい顔では、女遊びしようという気にも中々なれないものである。
女にはきゃあきゃあ言ってほしいのだ。格好つけたがりとでも言うのだろうか。心底自分に惚れている女を抱くのなら、こちらも興が乗るというものだ。だが何が悲しくて、嫌々ながらも我慢しているという女を抱かなくてはならないのだろう。それも病気にかかるリスクを負ってまで。
とにかくクーガーは、嫌悪感をぶつけられたり泣かれたりして、そんな惨めな思いをしながらも女で遊ぶ、という気にはならないのである。
もちろん、少しだけ体を鍛える真似事はしている。食事もバランスよく食べるように工夫を凝らしている。それでも内政で忙しいからなのか、ダイエットの効果など即座に出るようなものではない。
鏡をみると少し顔色がよくなったかもしれない――という程度の変化はあるが、まあそんなものである。こちらも気を長くして取り組む必要がありそうであった。
「先は長いなあ。早くイケメンになりたいもんだ」
多分痩せたらいい感じにはなるはずである。兄たちの顔立ちは整っているので、クーガーも痩せればきっとそれなりの見てくれにはなるだろう。
そう思っているクーガーは、腕を組みながら、ふとあることを思いついた。
(避妊具。そうだ、避妊具だ。女遊びで思い出したが、避妊具がスポンジはちょっとまずい。今度あれも改良しよう――)
女遊びのはずが、いつの間にか内政の話へと発展している――残念なことにクーガーはそういう男であった。
さて、肝心の避妊具である。
この世界における避妊具は、海綿を乾燥させて作った天然スポンジが多く(へちまを乾燥させるスポンジは固すぎる)、そのスポンジにレモン汁を垂らして使用するものが多かった。
要するにレモンを吸ったスポンジを膣内に入れておけば、スポンジが精液を吸い、レモン汁でそれを殺してくれるというものだ。
ただし、避妊の成功確率が高いかというと、そこは微妙なところである。男の方からも何らか
(動物の皮や腸でソーセージを作っているんだから、皮や腸を避妊具状に加工するのも十分可能だろう。ちょうどいい。そうだよ、これが普及したら性病の蔓延の予防になるはずなんだから)
性病予防は領主の重要な仕事でもある。
割礼を施せば性病が抑えられる(よく洗えるし垢が溜まりにくくなるため)……だなどと不確実極まりない方法に頼るのはクーガーの好みではない。むしろそのせいで赤ん坊が死ぬこともあるのだから、割礼自体をもっと安全に行うべきである、とクーガーは考えている。ならば将来、割礼文化をなくしてもいいように、避妊の環境だけでも整えておくのは悪くないであろう。
それだけではない。クーガーには大衆浴場を経営するという計画もある。
更にはもしかすると、この避妊具は貴族相手の贈り物にできるかもしれない。こういう手軽な道具は喜ばれるはずである。何となればこのザッケハルト伯爵領地は魔物狩猟が盛んだから、魔物の薄くて丈夫な腸や皮を避妊具にしてもいいであろう。
(ゆくゆくは俺もお世話になるかもしれないからね。今のうちに改良に着手したっていいだろうさ。何、完成する頃にはきっと俺も少しは痩せて、今よりは女遊びもできるようになっているかもしれないしな)
クーガーとて男である。ただ妙なプライドがあるだけで、普通に欲はある。いずれ時が来れば――とクーガーは考えたが、果たしていつがその
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